第3話 町に潜む者
第八位階下位
港町は、正式名称をラグートと言う。
規模は王都に近い港、即ち王都の玄関口と言うだけあって広く、海には石を組み合わせた幾つかの防波堤、波対策らしき木の杭等が目に入る。
港に程近い倉庫や、そこから然程離れていない市場、市場に隣接して立ち並ぶ無数の民家や宿。
そこには大きな発展の跡があった。
昔栄えたであろうその多くの場所で、今は閑古鳥が鳴き、徐々に寂れゆく街並みが哀愁を漂わせる。
フジツボが蔓延る防波堤に押しては引く波が打ちつけ、砕けた白が虚空に消えゆく様は、この港町の未来を暗示しているかの様だ。
人の営みは最低限の貿易と少しの漁で賄われ……奇跡的に現状が維持されているのではなく、何者かが意図して人材を残した、即ち優れたカリスマと頭脳を持つ者がいるのだ、と……最初の報告で僕はそう思った。
しかし、どうやらそうじゃないらしい。
その真実を僕自ら確かめるべく、足を運んだ訳だ。
『と言う事で、レイーニャ、分かるね?』
『レイーナ、分かってますね?』
『分かるから寄って来るにゃ』
寄って来いとの事なので、ピタッとくっ付く。
現在、僕は猫になっている。
銀毛に青い瞳の僕にゃんこだ。
これが、移動中に作成した特別な義体である。
そんな僕にゃんこと行動を共にするのは、ミニサイズウルルとレイーニャ。
『鬱陶しいにゃ』
『もっと欲しいにゃ?』
『嬉しいですか?』
『……仕方にゃいにゃ』
仕方にゃいにゃ。
暫し子猫の様に戯れた。
◇
今は誰も使わない、古くしかし頑丈な倉庫の小窓を抜け、商店街広場に飾られたちょっとした逸話のある漁船像の周りを3周し、かつての防壁跡と目される苔生した小さな石壁の隙間を縫って、路地裏に隠される様に存在する狭い階段を降りた。
多重に張られた強固で緻密な術式だ。
空間魔術の拡張。幻術による複数の認証装置と結界術の気配遮断。
詰まるところ、特定のルートを通らないと目的地に辿り着けない様になっている。
ゴールこそ同じだが、スタート地点やチェックポイントが異なり、幾つかのミスリードも存在している為、普通の人間が迷い込む様な事はそうそうないだろう。
先ず持ってそれに気付きそうな魔術師はしかし、幻術による認識阻害で気付かず、それに気付けた少し高位の魔術師は幾つかのミスリードに欺かれて正解へ辿り着けない。
これが例えば……マヤくらいの術師だとギリギリ何かある事に気付くレベル。シロだとミスリードに導かれてムキになるレベル。白夜は正解ルートを見抜けるレベルで、ルカナはその奥にいる何かの気配が分かるレベル。
僕くらいになるともう9割9分9厘、精々魂の深部が見えないくらいだ。
そんな訳で、階段を降った先にある古びた扉、その下に付いているペットドアから、隠されたその場所へ入る。
果たして、中は広い酒場の様な場所だった。
おそらくだが、昔使われていた冒険者ギルドのホールか何かだろう。
地下にしては閉塞感はなく、採光窓から差し込む光が少しの埃を照らしてノスタルジーな雰囲気を醸している。
ギルド受付らしき場所の奥には本の詰まった古びた棚があり、酒場受付らしき場所の奥には吊るされた薬草や小瓶、鍋が所狭しと置かれていた。
受付を回り込んだ奥には空間拡張された庭等もあり、瑞々しい薬草が育てられている一方で古びた的や巻藁が放置されていた。
そんな広い空間に……猫がいっぱい居た。
そう、港町猫軍団の本拠地である。
右を見れば無数の布の上に光る無数の瞳。正面は採光窓から降り注ぐ光を受けて日向ぼっこする猫の行列。酒場カウンターには大きなクッションの上に座る大きな老猫。
幾つかの視線が集まった所で、ギルドカウンターの上で本を読んでいた白猫が声をかけてきた。
「にゃ? レイーナ、また来たのね!」
「にゃ、来たにゃ」
嬉しそうに二足で歩いて来た白猫は、僕を見てピタッと止まる。
少しの硬直を経て四足で僕の近くまで来ると、ウルル共々値踏みする様に一周した。
「……ふーん。レイーナ、お友達を連れてきたのね!」
「お友達……かにゃー?」
「素敵! 綺麗な毛並みね、レイーナのお友達なら大歓迎よ! 喋れるかしら? こんにちは! みゃーお?」
「喋れるよ」
「喋れます」
元気いっぱいのこの白にゃんこ、そこそこに高位のにゃんこである。
ルリーナ LV188
真っ白な毛に赤い瞳の可愛らしいにゃんこだ。
「にゃにゃ、今日は歓迎会ね! 泊まっていくんでしょう? お部屋はいるかしら? 賢者様もいらっしゃるの?」
「にゃー……はにゃすととてもにゃがくにゃるにゃ」
「あら? やっぱりそっちでも色々あったのね……この前嵐があったじゃない? アレで道が3つも壊れちゃって……1つは剣か何かで斬られたみたいに真っ二つ、修復不可能だわ」
長くなるなら先に歓迎の用意をしないと等と言って、ルリーナは少しレベルの高い猫達を漁に送り込んだ。付近の岩場で潮が引いて閉じ込められた魚を狙うらしい。
更に、とっておきのを出さなくっちゃと言い何処ぞから干し肉やら魚やら調味料やらを取り出して来る。
そんな中、鼻ちょうちんを膨らませていた老猫が、パチリと目を覚ました。
「ふが……昼飯は食ったんじゃが……」
「あらお爺ちゃん、聞いて、レイーナがお友達を連れてきたのよ!」
ルリーナは何の事も無く老猫に話し掛けているが、件の老猫は僕達を見て固まっている。
「な、なん……お、おぉぉ……!!」
「にゃ、お爺ちゃん……」
「なんとっ、何と言う事かっ……!!?」
大きく目を見開き、此方を見る老猫。その正体は——
ラガーナ・ルヘーテ LV582MAX
——ルヘーテに連なる者。
それも、1,000年以上前と目されるベルツ大陸の南西、エルデホート港公国に住んでいたラガーナ君だ。
ラガーナは老体をワナワナ震わせ、此方を凝視している。
「其方は……銀の巫女か……」
「ごめんねぇ、お爺ちゃん白い子を見るといつもこうなんだぁ。ほら、お爺ちゃーん、ご飯食べて寝ようねー」
ルリーナは何かを喋ろうとするラガーナの口に何かの干し切り身を突っ込んでむがむがさせている。
……それにしても、銀の巫女、ね……。
「……にゃにか知ってるにゃ?」
「だろうね」
増してや魔皇ルヘーテが生きていた時代の者だ、言い伝えとかじゃなくて、直接何かを聞いていてもおかしくはない。
問題はボケている可能性がある点だが……こんな結界を張れる奴がボケている筈がないから大丈夫。
おそらくだが、彼自身は銀の力の何たるかを知らないのだと考えられる。故に銀色っぽい者達にカマを掛けているのだろう。
今もボケた様な振りをしてフガフガ咀嚼しているが、魂魄が活性化してじっと此方を観察しているから、相応に警戒していると言える。
それとは別に、肉体の方が少し……結構衰えているので、そこら辺改善させた方が良いだろう。
近場まで来て観察したが、特に敵意もなければ敵対行動を行う事もなさそうだ。
さっさと話を付けてしまおう。
「あ! 準備まで少し時間が掛かるから、レイーナには色々手伝って欲しいの!」
「にゃ、任せるにゃ」
「ああ!? まだ名前聞いてなか……名乗ってなかったわ!」
ルリーナはシュタタッと僕の前まで来て、微笑んだ。
「私はルリーナ。レイーナの姉みたいな物よ! 貴方は?」
「僕はユキ」
「ウルルです」
「ふふ、よろしくね!」
よしよし、先ずは魔力操作訓練からだね。




