第3話 禅鬼
第八位階下位
竜達の処遇は竜達の回復を待ってから決める。
竜寝殿の支配も終わったので、早速新たに出来たタスクの方を処理しよう。
◇
「待ったかな?」
「……待ってねぇけど」
にこやかに微笑み挨拶すると、相手はぶっきらぼうに応えた。
場所はインヴェルノ。東の海上がよく見える城のテラス。
広域に隠蔽を施していたので戦いは見えない筈だが、黒霧がいるので如何とでも出来ただろう。
その相手、禅鬼は、椅子に腰掛け、何処かバツが悪そうにそっぽを向いていた。
「それじゃあ早速始めようか?」
僕は微笑んだまま、拳に神気を渡らせる。
「…………それ」
「なにかな?」
禅鬼は唇を尖らせ、チラッと僕の方を見る。
「……それ、教えてくれよ。配下でもなんでもなるからさー」
「まぁ、そう言う事なら良いけどね。でも、実力差が知りたいんでしょ?」
渋々と言った様子で師事を希うゼンキに僕は首を傾げて見せる。
するとゼンキは、プイッと海へ視線を向けた。
「いーよ、どうせ勝てないし……」
ぷくっと頬を膨らませる。
……この手の戦闘狂にしては珍しく、素直に敗北を認めている。
やはり霊験門を開いているだけあると言ったところか。
半端に神域を覗き込んでいるから、底知れない神気の力を感じられているのだろう。
ゼンキは、チラチラと親の顔色を伺う様に、僕へ視線を向けてくる。
僕はにこりと微笑んだ。
「じゃあ、高みだけ見ておこっか?」
そう言うや、僕はゼンキの手を取り、その魂へと飛び込んだ。
◇
そこは、鮮やかな赤の世界だった。
闘気が混じるその色は、強いて言うなら緋色と言うべきだろうか?
戦闘狂は赤色になりやすい傾向がある様だね。赤がそう言う概念を保有しているのだろう。
「な、なんだこれ!?」
僕が引き込んだ事で、自分の魂魄表層に初めて降り立ったゼンキは、動揺して当たりを見回している。
「口で説明するよりも体験した方が早いだろう」
そんな事を言いつつ、軽く侵食を掛けてみる。
じわりじわりと、緋色へ蒼銀が襲い掛かり、その色を喰らって行く。
「お、あ……な、なんかじくじくする……?」
「抵抗してみて」
「う? ん……むむむぅ!」
ググッと手に力を込めるゼンキ。
すると緋色は勢い付いて、蒼銀を追い返し始めた。
「もっと闘うつもりで」
「う、らぁぁ!」
気合い一閃。
緋色の奥からぞろぞろと現れたのは、より濃い赤色をした、猿の様な人型の影。
やっぱり、ヨルムンガンドへ至ったマレの意思や神気操作と比べると曖昧だな。
赤猿の群れは牙を剥き、蒼銀の霧へと食らい付く。
そこで蒼銀はじわりと変質し、二頭身デフォルメ僕になった。
デフォルメ僕の軍勢は心器の様な物を生成し、槍や剣、盾を持って次々と赤猿を惨殺、それにも飽き足らず緋の領域へと攻め込み、世界を蒼銀へと変えて行く。
「な、な、な、なになになにこれ!?」
「分かりやすいかなって思って。それより痛くないの?」
「え? あ、なんかヒリヒリ、いやビリビリする!?」
「死んじゃうかも?」
「っ!?」
別に形を取る必要は無いが、形を取る方がより攻撃意思が浸透しやすく、また相手にも分かりやすくダメージが通って行く。そして何より丁寧だ。
実際は二色の霧、お互いの魂魄がぶつかり合わせているだけで、形を取ると言う事は即ち、攻勢意思一粒一粒にしっかり意識を通している証である。
この空間はお互いの魂魄であると同時に意思であり、そして神格でもある。
本来であれば、これの上に生身でのぶつかり合いも展開されているのだが、今は僕の意識に合わせて相手も加速させているので、肉弾戦は起きていない。
あくまでもミクロの領域をより正確に知覚しているに過ぎない訳で、まともに戦闘するならこんな悠長な事はしていられない。
やるとしたら、天帝竜やヨルムンガンドの時の様に相手が動けない時か修行の時。もしくは慎重を要する治療や改造の時くらいである。
「ぐぬぬぬぬ」
ゼンキが侵食されている腕に力を込め、次々と赤猿の群れが現れるも、僕が1匹1匹丁寧に見ているこの戦場では、赤猿達はちび僕の群れに一撃すら入れる事は出来ない。
「そうだな……もっと力を溜めて闘志を練り込んでから、丁寧にその動きをコントロールして……後はやっぱり本気度かな? 殺気を込めて」
「こ、の……やろぉぉっ!!」
「良い感じ」
現れたのは、よりゼンキに近付いた赤い影と赤猿の大群。
それへちび僕達が殴り込み、次々と切り捨てて行く。
ゼンキの影は中々強く、ちび僕数匹と何度か打ち合うも、周囲の赤猿が瞬く間に殲滅された為、囲まれて虐められている。
「ちっ、くっ、しょぉーっ!!」
ようやく本気を出したか、或いは慣れて来たのか、気合いの咆哮と共にゼンキの影がぞろぞろ現れた。
ちび僕は安全第一で防御しつつ、赤猿を屠って後退して行く。
「じゃあ僕もちょっと攻めようかな」
さらっとそんな事を言うと、ちび僕数十匹が集まり、合体して僕になった。
僕は心器を槍に変化させ、ゼンキの影をばったばったと薙ぎ払う。
わーっとちび僕達がそれに続き、一気に攻勢へ出る。
「本当はこの上で今ここにいる僕とゼンキが戦うんだよ?」
「マジでか……集中力保たないぞ……」
「まぁ、それは神気操作の先の先の話だから、ゆっくり強くなれば良いよ」
座り込んだゼンキの横に屈む。
その横顔は、随分疲れ切った様子で、本来必要のない汗をかいている。
「あたし、全然ダメダメだ……」
「まぁ、理屈が分かって使える様になれば、後は慣れだね。ザイエもそうだけど、慣れれば直ぐに強くなると思うよ」
「……そっかな」
「寧ろ、武技はともかく神気操作に掛けては、人から始まったザイエよりも獣から始まったゼンキの方が才があると思うね」
「そ、そっかな?」
心なしかピンク味が強まった様なゼンキの世界で、敵を殲滅したちび僕達が勝鬨を上げ、わらわらと撤収して行く。
「暫く右手がピリピリするだろうけど、気にしないでね?」
「お、おう」
すり潰して回収していたゼンキの魂魄を押し戻し、少し手を加えて再生しつつ、魂の世界から撤収した。
◇
意識が戻ると、ゼンキはズルズルと椅子に座り込んだ。
「ふぅぅ〜……疲れた……」
「お疲れ様。強くなれそうかな?」
答えの決まりきった問いに対し、ゼンキは半目で応える。
「……まぁ、そうだな」
「じゃあ、言う事があるよね?」
「言う事ぉ?」
訝しげに此方を見上げるゼンキにニコッと微笑む。
「例えば、下僕にしてください。とか?」
「ふぐぅ……こ、こいつ……」
「ああ、いや? じゃあ帰ろっかな。暇じゃないし。黒霧」
「ま、待て待て、待って!」
これ見よがしに転移魔法陣を展開すると、ゼンキは疲れた体に鞭打って僕を引き留める。
「なぁに?」
「う、その……げ、げ……」
「ああ、言い辛かったらペットでも良いよ?」
「ぺっ!? こ、このぉ……!」
3食昼寝付きだよお猿さん。
まぁ、それは冗談として、大事なのはプライドを捨てる事だ。
レベル700に至ったゼンキなら、必要とあらばプライドなんてゴミクズの様に捨てられるだろう。
誇り高くある事。その誇りを容易く捨てられる意思。それくらいの精神力が無ければ霊験門は開かない。
視線をうろうろさせ、両手をにぎにぎ合わせるゼンキに、一応助け舟を出す。
「……ゼンキ、覚悟を持って選ぶんだよ。僕に恭順するか、それとも……まぁ、友軍と言う手もあるね」
薄く笑い牙を見せる僕に、ゼンキは息を飲む。
すっと目を瞑り、開いた時、そこに迷いは無かった。
「……あたしを、ユキの下僕にしてくれ……!」
ゼンキの頭を抱きしめ、撫で回してやった。
一瞬に掛ける熱量。コレ、大事。




