第32話 選択の権
第八位階下位
ヨルムンガンド LV???
鑑定から得た情報によると、オリ白蛇君はおおよそレベル900を超えていると推測出来る。
種族名が表示されている事から、ざっと900と少々程度だと思われる。
ただし、純粋なレベル900では無い。
無数の魂が折り重なる様に積み上がっている、歪ながらも安定した魂魄を持つが故だ。
レベル限界が高いのはそれを保持できる演算力を持つから。
その演算力を担う魂魄が幾らか剥がされた今、オリ白蛇君の脅威度はその分だけ低下している。
その逆に、魂魄を吸収支配した白蛇君は力を増大させている。
何せ、白蛇君はあの蜃を支配しているし、オリ白蛇君の魂魄を喰らった今や、蜃を3度殺せる力を保有している。
まぁ、それらは皆が皆疲弊しているし、オリ白蛇君程強く支配している訳では無いので保有戦力と固有戦力がイコールになっていないが、それでも十分だ。
全体の単純な魔力保持容量は、それぞれの竜角、龍角、竜玉、亜竜玉、魔石、及び肉体から、おおよそ星珠4つ分に届き得る。
イェガやクリカに並ぶエネルギー保持者だ。
その総合演算力は、快方時なら……2〜3つ分と言った所。瞬発力はそれにまぁまぁ劣る。
今のエネルギー量と演算力は精々星珠1個分くらいか。
それにキッドの援護を加えれば……少し弱体化したオリ白蛇君と互角くらいになるだろうと僕は予測している。
と言う訳で、だ。
僕はオリ白蛇君を見上げた。
光の双角を失い、残滓しか無い今は小さな双角が申し訳程度に生えている。
体の幾らかを奪われ、サイズも少し縮んでいる。
牙を剥き今まさに襲い掛かって来たそれを無視し、白蛇君を見下ろした。
何? と此方を見る白蛇君。僕はそんな惚けた白蛇君に微笑み掛け、キッドにゴーサインを出す。
——光が爆発した。
◇
エインガナ LV861MAX
虹の輝きを纏う巨大な蛇。
支配した全ての眷属の肉体と魂を使い、キッドに構築を手伝って貰った、白蛇君がいつか辿り着きたいと願う領域の顕現。
言わば魂合。僕と配下が合体したメロユキやウルユキの様な状態である。
今こそ、彼等に名を与えよう。
飛び掛かりを急遽止め、此方を威嚇するオリ白蛇君は無視して、巨大化した白蛇君の頭を撫でる。
『君はラニだ。ラニ、頑張って』
微笑み掛けると白蛇君改めラニはオリ白蛇君へ向き合った。
ま、危なそうだったら手を貸すからさ、ぜひ打ち勝って見せて欲しいな。
さっさと距離を取り、威嚇しあう2人を見ていると黒蛇君がチロチロと僕を舐める。
大丈夫。ちゃんと考えてあるから。
ラニと同様頭を撫で、微笑み掛ける。
『君はジオだ。これからもよろしくね』
懐いて来るジオを撫で回した。
さて、戦いの趨勢を見守ろうじゃないか。
威嚇しあう2人。最初に動いたのは、一応格下であるラニ。
神気を行使したラニは、短期決戦狙いで即座にヨルムンガンドへ突撃した。
双角から虹の閃光を放ち、それを目眩しに首筋へ食らい付きつつ、双角を行使した光をこれでもかと浴びせ掛け、絡み付く。
魂魄の接触面から攻勢意思を流し込み、出来得る限りを尽くして一気にダメージを与えている。
一方先手を打たれたヨルムンガンドは、ラニから一手遅れて攻勢意思を発し、体表から強力な毒属性魔力を振り撒いてラニを苦しめる。
——完全に泥試合である。
両者共に魂魄での戦いに不慣れなのが原因だ。
お互い絡み合い、締め上げる力は互角。
ラニの放つ虹光で削れる分とヨルムンガンドが全身から発する毒で削られる分も大体同じ。
牙を突き立てているラニが一歩リードしていた。
彼等は地上で戦ってもこんな感じになるだろう。
その場合は、ヨルムンガンドの毒で辺り一帯が死滅するし、2人が暴れた余波で地上はめちゃくちゃになるが。
地上での戦いと魂魄での戦いの最たる違いは、攻勢意思のぶつかり合いだ。
これは、修行を付けたラニよりも長い時を生きたヨルムンガンドの方が上の様だ。
まるで鏡写しの様な2人は、攻撃すると同時にお互いの支配権を争い、熾烈な奪い合いを繰り広げている。
激闘を制するのは果たして——
◇◆◇
じわじわと真綿で絞める様に包囲が狭まって行く。
彼は後悔していた。
——力を求めた事に?
否。力なくして生きる事は出来ない。
——アレを野放しにした事を?
否。分かたれなければ全てが終わっていた。
——争う道を選んだ事?
……是。
災禍の化身。終末の使者。終の権化。
アレを打ち倒し消し去るには、只人が幾万集おうと足りない。
——たった一人。
幾億の屍の上に立ち。
——ただ一人。
遥かなる高みに立つ孤独の王。
それだけが唯一、アレを消し去る事が出来ると、そう……信じた。
勝たねばならぬ。
——終の王に。
昇らねばならぬ。
——屍の塔に。
奪わねばならぬ。
——幾億の凡夫から。
それが唯一、あの力に魅入られ終末を呼び寄せてしまった己の贖罪。
もう少し……。
もう少しで、あの竜共を喰らえる筈だった。
あと少し。
あと少しで、あの災厄を打ち倒す力が手に入る筈だった。
邪神を打ち倒した偉大な神獣の力が。
頂きにも近しい竜共の力が。
蹂躙は一瞬だった。
包囲が狭まる。巨大な手が包み込む様に。
もはや退路はない。抗う以外に道はない。
目前に立つのは、鏡写しの様な己の姿。
鏡の竜が作り出した贋物では無い。まごう事なき本物。
その後ろに立つのは、人の幼体の姿をした何か。
平然と強大な竜共を蹂躙し、易々と分身達を駆逐し、微笑みながら己さえも喰らい尽くさんとする捕食者。
彼は自問する。
——この戦いに意味はあるのか?
意思を磨き、魂を精錬し、屍の塔を築いて来た己と互角に渡り合う龍。
それを瞬く間に産み落とし、締め上げる様に両の手を狭める龍の母。
敗北の決まった戦い。否、蹂躙。
——この戦いに意義はあるのか?
ある。
生きなければ。贖罪の為に。
竜を喰らわねば。力を得る為に。
災禍を祓わなければ。アレを倒せるのは才ある己、だ、け……。
——龍母の手が迫る。
災禍を祓わなければ。龍母ならば容易いだろう。
竜を喰らわねば。己以上の才を前にして?
生きなければ。何が為に?
生きなければ。誰が為に?
生きなければ。……。
……生きなければ。生きなければ。生きなければ生きなければ生きなければ生きなければ生きなければ生きなければ生きなければ——
——死にたくない。
生きたいから喰った。生きたいから戦った。生きたいから逃げ出した。生きたいから力を求めた。生きたいから。生きたいから。生きたいから生きたいから——
彼は動きを止めた。
懺悔する様に、懇願する様に、救いを求める様に、幼き姿の神を見上げる。
神は微笑む。
その両の手は無慈悲に迫り——
あぁ、死——
——優しく、頭が撫でられた。
神は微笑む。
『もうおしまい? じゃあ——』
——僕の配下にならない?
神は微笑む。




