第29話 其れは誰の絵か
第八位階下位
一応急ぎではあるが、倒した敵の処理をしない事には先に進めない。
幸にして敵が動く気配もないので此処らで小休止を取る事にした。
賢者達も撤退せず、最後まで行きたい様だったので、ボスが動かないのは丁度良かった。
先ずやったのは、竜生九子の侵食。
敵の本体に近いからか抵抗も強かったが、構わず食べ切った。
サラフィーナは響咆竜と同じ様に処置し、他の竜達は自我が殆ど全く残されていない為完全侵食に留める。
唯一強靭な蜃は、じっくり炙る——じゃなくて、ゆっくりお話ししつつ侵食し、白蛇君の支配下に収めた。
迷宮侵食状況は、順調。
既に支配した各迷宮を起点に、各地に点在する分岐迷宮を侵食、配下の子達の大半が各迷宮の敵対因子を排除して回っている。
一部の余裕がある子は中央の迷宮支配に取り掛かっており、抵抗する雑魚の群れを駆逐している。
その雑魚は僕等を排除せんと奥へ進軍して来てもいるが、所詮はレベル300。そして大半は2桁が良い所の雑魚軍団。迷宮の補助で多少強化されているが、そんな物は焼け石に水だ。
我等がウルルが出動し、塵を掃く様に駆逐している。
爺様達の復活にはもう少し時間が掛かりそうなので、ポーション、マナポーション、エント水等々を飲ませて回復を早めつつ……僕は暇を潰す。
勿論、戦いに備えて力の温存が必要なので、あまり無用の事は出来ない。
ちょうど白蛇君が食べたそうに竜真珠を見ているので、先ずはこれらを加工してしまおう。
利用するのは、全12体の竜生九子に属する魔竜達。
彼等は、肉体を通じて魂までオリ白蛇君に侵食されていた為、その支配権を奪い去った今、言ってしまえば魂を宿す白蛇君の義体と言うべき存在だ。
これを利用しない手はない。
宝珠とほぼ同義のそれらを、空間拡張した竜真珠に封入、僕の拳大はあるそれを白蛇君のお口に押し込んだ。
後は、白蛇君とその魔眼のお仕事だ。
……おそらくだが、元々オリ白蛇君はそれを想定してこの様な仕込みをしていたのだと思う。
だから、これはそう時間を掛ける事なく完了する筈だ。
念には念を入れ、侵食の低い三体を調整したり、邪魔になる神気の傷を癒したり、白蛇君のお腹越しにアレコレやっている内に、爺様達の準備が整った。
調子を確かめる様に体を動かした後、僕の方に集まって来る。
「待たせた、もう動けるから行こう」
「……ん、ちょっと弓も引ける」
「本格的な休息は後で、今は奥へ進みましょう」
「流石に魔法は未だ使えないけど、先へ進もう」
はやる気持ちを抑えられないらしい賢者達に、僕は一つ頷くと、作業を切り上げ、改めて最深部へ繋がる大門の前に立った。
迷宮化の結果変質したらしき両開きの扉に手を掛け、押し開ける。
その先にあったのは——謁見の間。
半ばまで紫に侵食された透明な結晶に包まれる玉座に、1人の幼い少女が腰掛けていた。
「……うそ、だろ……?」
「そんな、まさか……」
ザイエとエイジュは言葉を失いそれを見上げ、爺様がポツリとその先を零した。
「……ミシュカ……?」
やはりミシュカ氏か。
長い髪は黒く、しかし先端部は緑に近い。目を瞑っている為瞳の色は分からないが、顔立ちは良く整っている。
僕と似ているのは精々髪の長さと背丈くらいだ。
「……奇跡?」
目を大きく開いてミシュカ氏を見るエルミェージュに一言断っておく。
「——必定だよ」
強者に取りこぼしは無い。力の衝突に偶然は無い。たかが可能性の収束点、奇跡と称されるそれで救われる程、世界は甘く出来ていない。
僕は心器を抜き放ち、牙剥く魂の蛇龍と切り結んだ。
バチっと光が弾け、蛇龍の魂が即座に逃げ出す。
蛇龍が逃げた先は広間の天井。
見上げたそこにあったのは、大きく顎門を開き、ミシュカ氏へ喰らい付かんとする蛇龍の頭部。
長く伸びた白い角の先端が結晶を突き破り、僅かに外に露出している。
これは後から伸びたのだろう、蛇龍を縛る結晶には、小さな罅が幾つも走っていた。
蛇龍は巨大な緑の瞳を此方に向け、奇襲を防いだ僕を観察する様に見詰めて来る。
その視線はゆっくりスライドし、僕の右手に絡み付いている白蛇君を見て停止した。
白蛇君とオリ白蛇君が見詰め合い、白蛇君は盛んに舌をしゅるしゅるさせている。
さぁ、今の内に状況を整理しよう。
先ずミシュカ氏だが、首が斜めに傾ぎ、眠る様に目を瞑っている。そんな彼女を守る結晶は他よりも一段と強固らしい。
オリ白蛇君の侵食を打ち払い、紫色化はしていない。
しかしよく見ると、結晶全体の質がオリ白蛇君のそれと似通っており、長きに渡って少しずつ、少しずつ耐性と同時に適性を得てしまったのだろうと推測される。
よって仮にミシュカ氏を助けられたとしても、以前と全く同じと言う事は無い。
肝心のミシュカ氏自体の状況は、強固な封印により僕の目を持ってしても見抜けない。
頑張れば出来るかもしれないが、今は警戒が第一だ。
彼女が座っている椅子はコックピットの様な何かであるらしく、幾つかのギミックが仕込まれているのが分かる。その中でも特に目を引くのが、肘掛けの様な部分に埋め込まれた光る何か。
ミシュカ氏の手が乗っている為良く見えないが、指の隙間から見える物から判断するに…………玄帝玉を結晶型の機構で包んだ……ハンドル? ボタン? 取り敢えずイヴが玄帝玉を利用して何かを操作しようとしていた事は分かる。
封印結晶の範囲や傍目から見て分かる侵食度合いの変化から、結晶化の発生源は玄帝玉だろう。
神獣の魂をも封印し得る結晶封印術を解読し、敵諸共全てを長い眠りに着かせた、か。
……そう言えば、この結晶化魔術には覚えがある。かつての妖精女王、ルェルァ・ローシェを眠らせていた結晶だ。
時系列が判然としないから何とも言えないが……かつての科学者達がもし意図してそれを行えていたのだとすると…………一応“人間”の警戒ランクを一段上げておいた方が良いだろう。
まぁ、それは戻ってからだ。今は此方を最優先で進めよう。
さて、これらの情報を元に過去の戦闘から今に至るまでを考察するに……この浮遊島をオリ白蛇君が襲い、それにイヴとその庇護を受けるミシュカ氏が戦い、過剰な演算力の行使でミシュカ氏が死亡ないし気絶、その後オリ白蛇君がミシュカ氏に喰らい付かんと迫り、イヴの結晶化封印を受けた。
オリ白蛇君はそれに抗う為急遽迷宮化を発動し、一気に空間拡張と支配、変革を行うも間に合わず、眠りに付く事となった。
それから暫く経ち、オリ白蛇君が角を伸ばして結晶を破壊、外部にチャンネルを繋ぎ、結晶の侵食と浮遊島、迷宮の侵食を進め、そうこうしてる内に竜達が来て住み着き、それと戦うハメになったと。
——分からない点は3つ。
何故、オリ白蛇君がこの浮遊島に目を付けたのか。
何故、イヴがミシュカを庇護下に置いたのか。
何故、竜達が此処に玄帝玉があると知れたのか。
2つ目に関しては、ミシュカ氏が美澄珠夏であるなら納得が行く。
イヴに入力された最重要命令は、新生児達の安全。
美澄珠夏を守りその為に戦うのは、イヴにとって当たり前の事なのだ。
戦いを避けなかったのは、大前提としてイヴ含む機械達が人に逆らえない様に作られているからだろう。
……神化したイヴならそれに抗う事は容易いと思うけどね。
2番目の真相はミシュカ氏を調べれば直ぐに分かる筈だ。
問題は前者と後者である。
玄帝玉と言う美味しい餌があればオリ白蛇君は当然食い付くだろうが、それに気付くには距離を近付かなければならない。
偶々偶然オリ白蛇君が潜伏している場所をイヴが通ったと言うには、偶然が出来過ぎている。
竜達が玄帝玉の在処を知ったのは、神獣フラトニルスからの御告げと聞くが、その神獣が下級神くらいだったとしても、下級神のイヴが施した神獣の魂をも封印する結晶術の中心である玄帝玉を見付けられるとは思わない。
つまり……“元々知っていた”か、もしくは“知っている者に教えられた“のどちらかだ。
その何者かが、オリ白蛇君を誘導し、玄帝玉に食い付いてから竜達へ情報をリークした。僕にはそう思えてならない。
——何か、大きな意思の介入を感じる。
取り敢えずミシュカ氏は封印術が効いているから大丈夫そうだし、オリ白蛇君も罅割れているが動き出せる程では無い。
さっさと魂の殴り合いを始めようじゃないか。
僕は今度こそ、星珠を起動した。




