第16話 冥界の女王は斯く歌う
第七位階上位
ペルセポネは、待つ。
信仰を呼びながら……。
『お嬢、お嬢っ! もう直ぐ出番だよ!』
『ペルセポネ様。準備は万端に御座います』
ペルセポネは、もう少し掛かる。
『ペルセポネ、出撃を許可します』
黒霧の許可。
まだだけど、もう行く。
『ペルセポネは……行く』
『よーし、たくさん倒すぞー!』
『大物を3体は仕留めたい所ですな』
『グォォー!』
『ゴァー!』
ペルセポネも、3体やる。
……違う?
◇◆◇
術者が討たれ、晴れ始めた雲間を突き抜け、ペルセポネは飛翔する。
黒翼を羽ばたかせ空を舞い、その赤き瞳で獲物を見定める。
暫しの観察を得て、白の少女は小さく頷いた。
『大物、いない』
先行した同胞に粗方狩られてしまったらしい。
超大物の土の竜も、ニュイゼと戦っており、毒を持つ剣の竜は桃花とツァールムが追い詰めている。
他の竜達も次々と駆逐されており、前線は宛ら残党狩りの様相だ。
ペルセポネは雲の先に沢山の大物がいると思っていただけに、少しがっかりした。
ペルセポネが3匹。ナリファンが3匹。ベルゴが3匹。コレーとクーロスで1匹。これで合計10匹。
そんな企みは水泡に帰し、仕方ないので島の奥へと意識を向ける。
ペルセポネは赤い瞳を光らせた。
1、2……合計4匹。
湖にいる大きな気配を見抜き、ペルセポネはご満悦だ。
『ペルセポネは、4匹狩る』
『4匹? うーん……まぁいっか!』
『雑魚も何匹かいますな。少々荷が重いのでは?』
魂の部下。ソウルメイト達の助言を受け、ペルセポネは思い直したらしい。
手持ち無沙汰に残党狩りをしていた蛙をすれ違い様に掻っ攫う。
「ケロッ!??」
『ペルセポネは、竜を狩る』
「え、て、手伝いケロ?」
『そう』
その様、鷹に攫われる小動物が如し。
言葉少なの会話も一を聞いて十を知る。レイエルは比較的常識的な思考回路を持った苦労人だった。
暫しの飛翔を経て、広域の沼地上空でペルセポネは停止した。
『レイエルは、竜を狩る』
「あれと戦えば良いケロ? ……水属性だけなら……なんとか、大丈夫そうケロ」
地上をゆっくりと進む巨大な蛙の竜。
それは緩慢な動作でペルセポネ達を見上げた。
ペルセポネはポイっとレイエルを投げ捨て、さっさと次へ進む。
酷いケロー! と悲鳴をあげるレイエルを振り返り、巨大蛙の柔らかな胴体でバウンドするのを見届けてから改めて翼を羽ばたかせた。
程なくして到着した湖。
ペルセポネは高度を落とし、その竜達の前で滞空する。
目前に現れた白き侵略者を前に、その竜。深海竜・マリエナ・ペーリアンティエは牙を剥く。
『よもや私の前に1人で現れるなど、笑止千万っ、討ち滅ぼしてくれるっ!』
既に血を分けた姉妹が討たれた事を知るマリエナは、憎しみを込めた意思を叩き付ける。
それに対し、ペルセポネは首を傾げて見せた。
『ペルセポネは、1人じゃない』
『はっ、この場の何処に貴様の仲間がいるっ! 我等は滅ぶだろうが、せめて貴様だけでも道連れに——』
『——ペルセポネは、30万』
『っっ!!??』
——刹那、地獄の門は開かれた。
そこにはあるのは小さな体。しかし、その深淵から覗くのは……幾万の赤い瞳。
無数の何かが此方へ手招きしている。早く此方へ来いと手ぐすねを引いている。
竜達とマリエナは身を震わせて後退った。
——コレは化け物だ。敵対してはいけない怪物だ。
刹那の交錯でそう理解した。否が応でも理解させられた。しかし……そうと気付いてももう遅い。
白の少女は両手を翳す。闇が吹き上がる様にして、地獄の門より2つの化け物が這い出て来た。
方や漆黒の竜。方や山羊頭の悪魔。
どちらも並大抵の竜では肉壁にすらならない強者であると分かる。
そして、状況は悪化の一途を辿る。
言葉なく震え竦み上がる竜達に、追い打ちをかける様に、それは起きた。
『神話降臨・冥界の女王』
広がる黒。
抵抗を許さぬ神代の闇。
穏やかな陽光も、清らかな水も、等しく暗闇に呑まれ、冥府に沈む。
周辺一帯を覆うそれは、まごう事なき黄泉の神気。
——世界は一変した。
『ペルセポネは、竜を狩る』
ただ一言。
少女がそう呟いただけで、世界がずしりと重くなる。
黒に澱む湖から、世を覆う闇の奥底から、幾万の赤が覗き込む。
『神話降誕・冥界の女王』
ペルセポネは歌う。
それは宛ら生誕の産声。
膨れ上がる様に肥大化する気、漏れ溢れるは闇のオーラ。
『神話創造・冥界の女王』
鋭い牙、黒く光る甲殻、または触腕。
次々と闇の底から赤い瞳の異形が立ち上がる。
竜達は理解した。此処こそが、地獄の底であると。
マリエナはただ唖然と、それを見上げた。
神権に通じ、神獣を知るからこそ、彼女はその本質を理解する。してしまった。
『まさか……奴は、神だとでも言うのか……』
ペルセポネは歌う——
『ペルセポネは……竜を狩る』
——ちょっとやり過ぎかなと思いつつ。
万魔の宴は始まったばかり。




