第13話 後の祭り
第七位階上位
ディルヴァに頼まれたら断れないケロ。
いつも魔法式についてあれこれ教えて貰っているし、一見してユキと遜色ないレベルの念動力を使える師匠だから。
相手は雲を操る竜。ユキから伝えられた情報によれば、かつての神獣の眷属らしい。
それと戦っているのが、ミスティちゃんケロね。
一見してミスティちゃんの能力と雲の竜の能力は似た物ケロ。
そして明らかに雲の竜の方が強い。
水の循環、風の流れ……雲郭竜ニベルにはオーブの様な演算補助装置が付いてるっぽいケロ。
ミスティちゃんは1人だから押し負けるのも仕方ないケロね。
「これ、どこまで介入していいのか……」
『レイエル……気の向くまま』
「うーん……」
あくまでもミスティちゃんのスキルアップが目的ケロ? それならあんまり手を尽くすのも良くないし……ミスティちゃんの援護をしつつ異なる分野を封殺すれば良いケロ?
取り敢えず吹き飛ばして様子を見て、必要とあれば本体に攻撃してみるケロ。
「『水の波動』」
発動したのはコスパの良い高範囲魔法。
そもそもミスト系の術は難しい反面発動のコストは低く、維持は通常より演算力を用いるけど無差別に行使するのなら大した手間はない。
高空や一部閉鎖空間では雲や霧はコスパ最高ケロ。
つまり一々大きな魔法を発動していたら消耗を強いられキリがない。
幸にして空間毎の固有属性は薄いから、簡単な属性波を乱発するだけで大きくその動きを阻害出来る。実体を伴っていれば言わずもがなケロ。
次々と発生、消滅する幻想と実体、水を浴びて消滅する雲。念動力の交錯。
ここまでやれば、後はお互いの切り札を切るのみ。
最初に動いたのは、ミスティ。
ミスティの支配した雲から、吸収した竜の力を再利用した雲の竜が一気呵成に放たれる。
ディルヴァの血と太古の鼓動や大海の循環等の生体ジェルを使って作られた雲竜は、それぞれが雲の魔術を行使し雲郭竜ニベルの雲を蹂躙する。
ほぼ一瞬でこれ程の生命を生み出すなんて……流石はディルヴァとミスティちゃんケロね。
雲の竜は雲郭竜の雲を侵食し、それらを操って雲郭竜本体へ攻撃をする。
さしたるダメージでなくとも確かなダメージ。
幾ら帝級の竜でもこのままでは時間の問題だろう。
それでも何かしら手を打ってくる筈。そう身構えていると——
『……備えよ』
「ケロ?」
『?!!』
刹那、数十はいた雲竜が雲に飲み込まれた。
瞬きの一瞬で肥大化した雲郭竜の魔力が雲竜を襲い、雲に飲み込まれた次の瞬間にはその生命力がすり潰される。
一気に早まる侵食に、ミスティは全力で抗っていた。
「いきなり強くなり過ぎケロー!」
『援護を』
次々と襲いくる雲の竜爪を打ち払い、冷静にそう返すディルヴァ。
思えばディルヴァの血を混ぜた竜を殺したのだから、侵食を受けて相応の消耗がある筈ケロ。
つまり、敵はこれで決めるつもりの筈。
ここを耐え切れれば此方の勝ち、呑み込まれれば相手の勝ち……でも見た感じミスティちゃん敗色濃厚ケロね。
それなら——
「『大海流』」
本来であれば水を発生させる事から始めないと駄目だけど、ここは空だが海の上でもある。
既にある水を再利用すれば、消耗少なく術を行使できる。
大海流は大量の水を発生させてそれを一気に叩き付ける高等魔術。だけど今回は発生させる工程を省き、代わりに念動、操魔術の応用で持ち上げた海の水を使った。だから厳密には大海流ではないケロ?
本来術式は念操作や魔力変換の工程を簡略化する為の物だから、単なる操魔術には相応の消耗があるけど、これくらいなら大した消耗じゃないケロ。
吸い上げた海を幾百の水球に加工。それを維持する術式を構築。大海流の射出術式を利用して水球を自在に操り、雲の破壊と吸収を行う。
さぁ、後は——
『ミスティが神権を行使しました。只今より霧の神権は使用不可となります』
——ミスティちゃんの力量次第ケロ。
◇◆◇
厚く垂れ込める雲。
そこはミスティのステージ。
かつて共闘した事のある相手との戦いは楽勝……の筈だった。
実際に相対し、力をぶつけ合わせて見て、理解する。
ニベルが今の己の倍くらい強い事に。
戦っているからこそ分かる。
緻密な操魔力は此方の方が上、局所的には勝利出来得る。
ただし、魔力総量や基本の質、術の展開範囲で劣っている。
仲間の補助を受けてようやくまともに戦えている。自らの至らなさに、ミスティはディルヴァの頭部に乗る本体の唇を尖らせた。
折角協力して作った最高傑作のおもちゃ、霧の竜もあっさり壊され、更にニベルは突然強くなって襲い掛かって来た。
質がグンと増した操魔力は気合を入れないと押し返せない。
致し方なしと、ミスティは神権を行使した。
『ミスティが神権を行使しました。只今より霧の神権は使用不可となります』
爆発的に魔力質が向上する。
神気を混ぜた魔力を宿す霧は、ニベルの雲と拮抗しながらも存外容易く打ち払う。
質で勝れば後は簡単だ。
先と同じ事をして侵食し、霧の竜が消し潰されたのと同じ事をしてやれば良い。
お気に入りのおもちゃを壊されたミスティは静かにキレていた。
ただし、ミスティは知っている。
神権の行使、神気の操作が、凄まじい精神力の消耗をもたらす事を。
——長くは持たない。
一方、ニベルもまた、焦っていた。
最強の一角を担う自分が、複数体の侵略者達の中のたった3体しか抑えられない事。
その3体のうち2体が明らかに手を抜いている事。
同胞にして自分と同じ立場のガルナが討たれた事。
見知った同胞達が次々と殺されている事。
怒りが、憎しみが。
焦りが、恐怖が。
——彼を急かし、追い詰める。
神術を行使した。来る時に備え、蓄え続けた力を解放する決断を下した。
極大化された力は容易く敵を払った。
しかし次の刹那、敵は己を上回った。
この段になって、ようやくニベルは自分の死を明確に悟った。
膨れ上がる気。
それは正しく——雲の魔神。
多くの同胞が死に絶えるだろう。
かつての主を殺した邪悪も、奴等ならば容易く乗り越えられるのやもしれない。
強敵であると悟った時点で、手を取り合う選択をしていれば。
——ニベルは悔いた。
竜の揺り籠たる浮遊島。その第一守護者である己が、己だけがその選択を取る事が出来た筈だと。
雲の魔神は此方を包み込む様に肥大化を続ける。
もはやここまで。
最後の瞬間、生真面目なニベルは、かつての主や世界、邪神の事ではなく、ある年若き竜を想う。
若輩者が、旦那様などと己を慕い、付き纏う。
鬱陶しい奴。騒がしい奴。そうと思いながらも、ひたむきに己の術を学び、真っ直ぐに向けられる意思に、いつの間にか絆されていた。
……あぁ、少しは相手をしてやれば良かったか。
遠ざかる世界。
ニベルは悔いに沈み、無念の中、重い疲労感に促されて意識を手放した——
——あぁぁぁっ……!! 姉様っ! 旦那様っ!! よくも、よくもっ……!! ゆる、さないっ!!!
水を操る鵬竜は咆哮し、怒りのままに神権を行使した。
しかし、その仇討ち、遂げる事能わず。
立ち塞がる対の氷神に封じられ、彼女は氷の眠りに付いた。
終の日が唐突に訪れるなど、想像だにしていなかった彼等の胸中を満たすのは、ただただ果てなき後悔のみ。
生粋の強者たる己等の敗北は、即ち努力の不足。
日々の喜悦、娯楽、休息、その全てが修行であったなら、そうであればこの様な事にはならなかった筈。
好きな人、無二の肉親、それ等を目の前で失い、自らも死に瀕して、ニム・ネムネは日々のおサボりを激しく後悔した。




