第4話 開戦
第八位階下位
ふわりと空を舞う。
それへ近付くにつれ、風は吹き付ける様に強くなる。
遠目には分かりづらいが、巨大な積乱雲はその形を保ったままゆっくりと回転していた。
時折巻き込んだただの雲を吐き出すので、上手い事ただの雲に擬態出来ている。
その上、じっと注視しないとそれが幻惑と隠密の気を宿している事に気付けない。
並大抵の目ではただの積乱雲にしか見えないだろう。
それは一種の結界だった。
「それじゃあ、手筈通りに」
雲で隔たれた状態の敵の気配察知範囲がどれほどか分からないが、用心して気配を絶ち、賢者3人と聖賢1人を向かわせる。
後のメンバーは、余波や戦闘そのものを隠す為に設置した浮遊隠蔽拠点イェガで待機。必要とあらば順次戦場へ派遣される。
「うしっ、気合い入れて行くぞ!」
天遊核を用いて作った足輪でふわふわと飛翔するザイエが、その様相とは打って変わって闘志を漲らせた両拳を打ち鳴らす。
エルミェージュは弓を構え、爺様もといデュナークとエイジュが杖を持って積乱雲を見据えた。
「私もエルもいつでも行けますよ」
「……そんな事言ってない」
「……じゃあ行こうか」
なんだかんだで愛されスルーなエルミェージュ。
デュナークとエイジュの2人は、穏やかに戦意を宿した笑みを浮かべ、用意していた呪文を唱えた。
放たれたのは火炎と突風。
生じた火炎竜巻が厚く垂れ込める雲の壁とぶつかり合い、ごうごうと音を立てて雲を飲み込んで行く。
しかし、流石は長きに渡って強者達を隠し続けた雲。火炎竜巻は雲を吸い込む度にその威力を減衰させて行く。
ここで2人は詰めの術式を展開した。
災禍を撒き散らす火炎は球体へ、風はそれを覆う様に円を描く。
並大抵の魔術師数千人分の演算が瞬く間に行われ、極大の魔法が編まれて行く。
そしてそれは放たれた。
閃光——轟音。
空間を歪める程の大魔術は、その威力の全てをコントロールされ、雲の内側へと火を噴いた。
地上で起きたら山の一つや二つ優に吹き飛ぶ大爆発。
勿論陸側からは景色も音も遮断しているのでバレない。
……水中もカバーしているが、流石に温度までは面倒なので操作していない為……海に潜ってる人がいたら何かしら違和感を感じるだろう。
さぁ、戦いの火蓋は切られた。
薄くなった結界の先で、複数の大きな力が動くのを感じる。
一体何体釣れるかな?
ワクワクしながら見ていると、三体の大きな気配が雲の間際まで接近してきた。
そうと思ったのも束の間、内一体が物凄い勢いで厚い雲を貫き、デュナークとエイジュへ飛び掛かった。
迅風竜・オリウス・デクス・アルバリア LV622MAX
鑑定によると、種族はエルダーテンペンストドラゴン・亜種。状態は至って健康。
そして名前からどう見てもアルバ大陸の神獣である所のアルバンシアの眷属。
……神獣は経験値的にも報酬的にも美味しそうだよね?
何のつもりで2人に飛び掛かったかは知らないが、幾ら2人が魔法士で後衛タイプとは言え、格下1体に負ける道理はない。
同時に放たれた風のブレスとぶちかましタックルを、魔法盾で弾き樹木を増大させた杖で叩き伏せた。
シャープで身軽そうな形をした迅風竜は、そこは流石に竜種としての強大な魔力と防御力でダメージを抑えた様である。
海面スレスレまで落ちながらも態勢を整え、大きく回り込む様にして滑空する。
……上手いこと前後で挟まれたと見るべきか、ちょっとびびって後方に逃げたと見るべきか……レベル限界から見るに僕の配下と同程度の精神力を保有しているので、おそらくは警戒して少し距離を取ると同時に挟み撃ちにしたつもりだろう。
狙われた2人とともにエルミェージュは背後の迅風竜へ視線を向け、そこに隙を見出したらしい大きな気配がもう一体雲から飛び出した。
氷鵬竜・ネリア・ネムネ・シャズマリア LV620MAX
種族はエルダーアイシクルルナマキア。状態は警戒《小》。
竜と鳥が混ざった様な姿をしている。ルナマキアは鳥の亜竜が竜変化した竜種なのだろう。
ラストネームから見て、東大陸の神獣の眷属だ。
エルミェージュはそれに気付いていないフリをしつつ、聖弓の力を用いて二張りの弓を操り、背を向けたまま氷鵬竜の両眼へと矢を放つ。
敵も愚かではない様で、飛来する矢の脅威を察したか慌てて身を捻り旋回、僅かな傷を負いながらもエルミェージュの攻撃を避け切った。
尚、エルミェージュの矢は雲を貫き、結界によって僅かに減衰しながらもそれを突破、その先で何者かに撃墜された様だ。
迅風竜と氷鵬竜は矢と魔法の追撃を避けて飛び回り、3人はそれを追い詰める様にジャブ程度の攻撃をばら撒く。
一方ザイエは、それらの戦闘へ見向きもせず、目を瞑り、静かに闘気を練り上げていた。
3体目は雲に混じって気配を隠し、此方の隙を伺っている様である。
僕の能力を持ってすればその程度容易く見透かす事が出来るが、ザイエでは何かが機を伺っている事は分かってもその正確な位置は掴めないだろう。
それ故の全力警戒だ。
氷と風、魔法と矢の応酬は、人側が圧倒的に優勢。
僅か数秒の間に、2体の竜は防御と回避で魔力の消耗を余儀なくされ、妙技にて放たれる見事な一矢で手傷を増やされている。
その状況に、3体目は慌てた様に魔力を練り上げ、迷いを捨てて、最も強いと見たらしいザイエへ牙を向いた。
雷閃竜・ボルガ・デクス・アルバリア LV 654MAX
種族はエルダーサンダードラゴン・亜種。形状は迅風竜に似ているが、一回り程大きい。
名前からして迅風竜の親族だろうか?
雷閃竜は一筋の雷光となってザイエへ襲い掛かり、ザイエは練り上げた気を拳へ宿した。
——衝突。
凄まじい光と轟音の衝突は、ザイエが吹き飛ばされ、雷閃竜が血を吹きながら墜落した事で終わる。
まぁザイエはくるくる回転しながらも天遊核を操作して戦域に戻って来たし、雷閃竜も海に落ちる前に持ち直したので、大勢に影響は殆どない。
如何に竜と言えども相手は格上4人。このままでは3体とも狩られるだけ。
どう出るか観察していると、ふいに雲が動いた。
凄まじい魔力の流動。一種の魔力の腕。それを雲を媒体に作っている。
鋭い爪を持つ竜の腕が形成され、次の瞬間——それをエルミェージュがぶち抜いた。
暴風を纏う矢は竜腕を吹き散らし、雲の結界を捻り込む様にして貫き、その先が微かに覗いた。
……皆大丈夫っぽいしね。転送も戦場管理も黒霧がやるからね。
僕はこれ幸いと、隙間からその中へと滑り込む。
「ふむ……」
そこには、僕が保有する浮遊都市の3倍はある巨大な島が浮いていた。
神様が私達を置いて行ってしまいました。
その気配は希薄なれど、私が神様を見失う等あり得ません。
空を優美に舞う神様、陽光を浴びてキラリと白く光る神様のおみあし。
「はぁ……」
オムニメイガスの女生徒制服も、神様がお召しになれば天上の衣。膝より上の短めなスカートから覗く白いおみあしと……。
「……」
「シャルロッテ、鼻血を拭きなさい。ユキが睨んでいますよ」
アトラがうるさいので片手間に流水を操り血を洗い流す。
「エヴァはフェティシズムには呪物への崇拝と言う意味もあると習いました」
「成る程。道理ですね」
「その発言。神様への侮辱でしょうか?」
「シャルロッテへの侮辱だと釈明します」
ならば良しです。
さて、一頻り神様のお姿を堪能したので、しっかり勤めを果たすとしましょう。
「エヴァ、行きますよ?」
「エヴァはここで仕事をします」
「……まぁ良いでしょう」
竜への警戒はエヴァに任せましょうか。
「アトラは南西を警戒してください。私は北を」
◇◆◇
「……暗号の解読。完了。救難信号であると断定します」
「……はい。間違いありません。ただし強度から予測して絶対数が少ない、もしくは弱体化しています」
「……はい。エヴァは必要であると判断します内容は……S O S。コード侵略。外敵名称——」
——準神級魔獣・世界蛇。




