第43話 紅蓮獅子王vs.弄月の女帝
第八位階下位
「ぬん!」
拳を振るう。
サンディアは一切避ける素振りを見せず、それを頭で受けた。
力の余波は飛び散る血肉からサンディアの支配を引き剥がし、厄介な血操術を阻害する。しかし——
「流したか、やる!」
その身を犠牲に威力を受け流された。
この娘に肉体の破壊は無意味か。芯を捉えようにも体捌きがあまりに上手い。
肉体を容易く捨て駒にするその独特な戦い方。吸血鬼特有の再生力に頼った単純な捨て身とは訳が違う。
胴体を轢き潰さんと拳を振り下ろそうとした所で、背後に気配を感じ咄嗟に回し蹴りを放つ。
「ぜあ!」
何かを砕く確かな手応え。同時に胴体が放った貫手を横殴りに弾き飛ばし、死角から放たれた血の槍を硬化させた肉体で受け止める。
しかし——
「ぬ?」
軸足に影の牙が突き刺さっていた。
傷から流し込まれた血を、筋肉を膨張させる事で堰き止める。
引き戻した足で地面を粉砕し、影の呪縛から逃れた。
「むむ?」
気付くと、何かを蹴った足に牙の様な物が突き刺さっていた。
背に掛かる血、流し込まれた血、牙。その全てを気で打ち砕き、身を再生させる。
仕切り直しだ。
目の前に立つサンディアも、既に全身が再生されており、俺の気の影響も既に無い様に見える。
一度ならず二度粉砕したその顔は、未だ笑顔のまま。
「♪」
「くく、お前は何物をも楽しむか」
「ーー♪」
相変わらず何を言いたいのか分からぬが、悦んでいるのは見て分かる!
「行くぞ!」
「!」
次も先と同じ様に、大きく踏み込み拳を振るう。
サンディアは俺と同じ様に拳を振るった。
ぶつかり合う拳と拳。次の瞬間にはサンディアの拳が弾け飛んだ。
あまりに柔な手応え。その理由は直ぐに判明した。
サンディアの血肉が網の様に広がり、俺の腕に纏わり付く。
蹴り飛ばそうと足に意識を向ければ、地面から立ち上った影が足に牙を突き刺した所だった。
気を断つのが上手い。俺ですら直前まで分からぬとは……最早ユキの部下達は魔王に匹敵する強者揃いだな。
気付けば腕に纏わり付く血肉の網は根を張る様に棘を突き刺し、猛毒たる血を流し込んで来ている。
「この程度で俺は止められんぞ?」
気を纏って棘を退け、牙を砕く。
拳に再度気を込めて、捻りを加え、振り抜いた。刹那——
「っ!?」
——サンディアがバラバラに爆散した。
「なん——っ、これはっ」
咄嗟に息を止め、距離を取るべく前に飛ぶ。しかし——
「——ぐっ、がはっ」
まるで水中に引き込まれたかの様に、或いは重力が増したかの様に、思う様に前に進めなかった。
ほんの少し肺に入った血が刃となって、内部から体を破壊し、血を吐きながら膝を突く。
気を高める事でどうにか内部の毒を無効化するが、辺りは既に血煙に覆われている。
「っ!」
赤い線が走る。
微かな痛み、生じた僅かな傷。
血が、影が、闇が、この場に満ちる全てが、サンディアの刃だ。
この状況は怪物の腹の中に等しい。
「ふんっ」
気を拡散する様に拳を振るっても、少し煙が晴れるだけで直ぐに視界が覆われる。
そうこうしている間にも、体の至る所に刃が走り、毒が潜り込んで来る。
拳や蹴りではこれを消す事は難しい、か……。
「……ならばっ」
血を吸うリスクを犯し、空気を大きく吸い込む。
入念に気を纏っていたつもりだったが、体内で幾らか刃が閃めいた。
それに構わず、練り上げた気を込め——
「グルアァァァーーッッ!!」
——咆哮。
ビリビリと大気が震え、床や天井がひび割れる。
黒霧が都度再生させている為崩壊にまでは至らないが、通常であればこの施設が崩壊していた事だろう。
……気を宿した咆哮にこれだけの威力があるとはな。
辺りに立ち込めていた血の霧は既に晴れ、地面は文字通り血の海となっている。
ビシャリと音を立て、目を回したサンディアが墜落して来た。
やはり中々に梃子摺った。魔力こそ直ぐに補給されるが、精神の消耗は如何にもならない。
……そう言えばユキは精神疲労をある程度数値化出来る様にしておけと言っていたな……半分、いや、三分の一くらいか?
ともあれ、場所はもうバレているだろうし、直ぐに移動しよう。
トドメを刺すべく拳に気を練り上げ、目を回すサンディアへと振り下ろし——
「っ!?」
——刹那、一本の剣が俺の心臓に突き刺さった。
影から伸びる赤黒い剣。
影の奥に覗くのは、鼻や目、耳から血を流しながらも変わらぬ笑みを浮かべるサンディアの姿。
倒れていた偽物のサンディアが血の塊となって地面へ広がった。
……最初からずっと、影に潜んでいたか。
僅かに距離を取り、影から這い出て来たサンディアと視線を交わす。
「くくくっ。やはりお前は強いな」
「ーー♪」
見た所これは間違いなく本体。
これなら何時でも逃げる事は出来ただろう。それでもこの場に留まっていたと言う事は、サンディアもまた俺と同じと言う事だ。
サンディアは剣を構え、俺は拳を握り締めた。
「さぁ……行くぞっ!!」
「ーー!!」
拳と剣が交錯する。
ありえないの。初撃がフレンドリーファイアとかふざけてるの。激おこなの。
そんな事を考えつつ、戦場を見通す。
レーベの剛拳が大気を震わせ、唸りを上げて迫るそれを、先端まで神経の通った様なサンディアの剣技が受け流す。
噴き上がる様な紅蓮と光を呑み込む漆黒が激しくぶつかり合い、余波が鉄柱迷路を揺らしていた。
正に絶技の応酬なの。特に挑戦者サンディアが、部位欠損上等の戦術であの獅子王レーベと互角以上に渡り合っていますなの。
まぁ、どのみち無理してるからそう長くは保たないの。
魔力量が互角だったら……半分か6割は行けてたの? やっぱり強いのよ。
大丈夫そうだし、取り敢えずルカナ達を始末しに行くのよ。




