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彼女の笑顔を見つめ続けているのが、今だけは、なんだか辛いことのように思えた。
けれど彼女はきっと、この話をするのに勇気を要しているはずなのだから、聞く側の俺が目を逸らしてはいけないと思う。
目を逸らさずに、まっすぐに、コノちゃんの目を見て話を聞く。
「中学生の頃、コノは虐められてたんだ。といっても、ひどい暴力があったとか、そういうほどじゃないよ? 無視をされたり、持ち物を隠されたり、お金を取られたり、それくらいのことだから……」
それくらい、彼女はそう言って流そうとするけれど、本当にそういうほどじゃないのだろうか?
本人はそう言っているものの、かなりの虐めなのではないだろうか。
無視や暴言くらいならば、俺だって何度もあったけれど、コノちゃんのそれは実際に被害を被っているじゃないか。どうしよう。
①触れる ②呑み込む ③目を逸らす
ーここは②を選ばざるを得ないのですー
だけど、彼女が笑ってくれているんだ。俺が暗い顔をするわけにもいかないし、俺が暗い顔をさせるわけにもいかない。
黙って頷くしかないのだろう。
「当時は辛かった。もう死んでしまっても良い、そう思って、自殺を図ろうとしたことも何度もあった。二次元だけを頼りに生きてきたよ。アニメやゲームに日々耽り、自分でもイラストを描いたり同人誌を描いたりして、そうすることで、生きる意味を見つけようとした。それに、ネットにイラストを投稿すれば、褒めてくれる人がいくらかいたから。まだ必要とされていると思って、……嬉しかったよ」
同人誌とかも描くんだ。今度見せてもらいたいな。
この場面でそのようなこと、さすがに言いはしないけれどね。
彼女と同じくらい、明るい表情をするのなら、それくらいのことを考える余裕を持っておかないとね。
「当然、中学では美術部だったんだ。先生は褒めてくれたよ。すごいって、言ってくれたよ。でも彼女はそれが気に入らなかったみたい」
コノちゃんの言う”彼女”というのが、だれであるのかはわからない。
きっとこれから話しているうちに、説明をしてくれることだろう。
「彼女はね、絵を描くことが好きだったんだ。たぶん、純粋に絵が好きで、美術部に入ったんだと思うよ。だけれど、絵って、努力で補えないものがあるじゃないの。自分に才能があると言いたいわけではないけれど、絵というのは、生まれ持っての才能がなければ上手く描けやしないわ」
微笑んでいた彼女の表情が、一瞬だけ、冷たい笑みに変わったのを感じた。
それが何を表しているのかは、わからないのだけれども、彼女が美術部に入らなかった理由は、その女性にあることは間違えないのだろう。どうしよう。
①話を催促する ②ゆっくりと待つ ③耳を塞ぐ
ーここも②を選びますよ、もちろんー
話したくないというよりは、どう話したらよいかわからないといった感じで、コノちゃんはしばらく口を閉ざしていた。
俺は出来るだけ彼女に嫌な想いをさせたくなかったので、彼女が話せるようになるまで、目を逸らさずにまっすぐ、自分が浮かべ得る限り全力で微笑みを浮かべる。
それは俺がするべきことだし、俺にはそうすることしか出来ないと思ったから。
「下手の横好きとでも言えば良いのかな。一生懸命に描いているのはわかるんだけど、とてもとても、お世辞にも上手いとは言えないような絵を彼女は描いていた。そして本人だって、自分に絵の才能がないことを理解していた。好きだから、描いている、ただそれだけのことだったんでしょ。描きたいものを上手く表現出来ないことを、なんだかコンプレックスにも感じていたみたい。そんなときにね、同じく美術部であるコノが、クラスで孤立していることを知ったの。周りにはコノよりも絵が上手な人がいたけれど、一番、標的にしやすかったのかな。とにかく、始まりは彼女の嫉妬心」
馬鹿にしているようだった。
コノちゃんの絵は上手であり、いつもは自信がなさげなコノちゃんも、そのことは自信を持って言えることなのだろう。
もしかしたら、コノちゃんの言う”彼女”の嫉妬心が、反対にコノちゃんに自信を付けさせる結果になったのかもしれない。
いくら褒められたとしても、ネガティブなコノちゃんが、自信を持つことに繋がるとは考えにくい。
「最初は本当に小さなもの。部活中に、みんなの前にコノの絵を出して、大声で批判して破り捨てる。その程度のことだった。どうしてそんなことをするのか、不思議には思ったけれど、もちろん良い気はしなかったけれど、特別辛いこととも思わなかったよ。彼女はそんなコノの態度が気に障ったのかな。どんどん、行為はエスカレートしていった」
具体例を出されていることにより、嫌でもイメージが湧いてしまい、それを本当に小さなものだと言える彼女は、強いというよりも傷付くことに慣れ過ぎていると思った。
強いんじゃなくて、強くさせられてしまったんだ、そう思った。
「美術室に行くと、置いてあったはずのコノの筆や絵の具がなくなっていたり、下書きがぐちゃぐちゃでごみ箱に捨てられていたり。盗作というのもあったわ。コノが描いた絵を、彼女は自分の絵として提出していたの。あれは傷付きもしたけれど、それよりももっと嬉しかったな。だって彼女、絵が上手いふりをしたくて、自分の絵じゃなくてコノの絵を出したんでしょ? 自分よりもコノの方が上手いと認め、コノを称えているようなものじゃない」
あぁ、本当に強い。コノちゃんは強い。あまりに強いよ。
迂闊に俺が守るなどと、言うことが出来ないほどに、彼女は強いのであった。
強くさせられてしまった彼女が、自覚がないだけに、悲劇のヒロインよりもずっと悲しい存在のように思えた。
嫌がらせに傷付きよりも嬉しさを感じてしまうほどに、普段の彼女は苦しんでいたんだ。どうしよう。
①慰める ②目を逸らす ③声を掛ける
ーここは①を選びましょうー
上から目線になってしまうかもしれないけれど、今は黙っていることなんて出来なかった。何も言わずに、これさえも流してしまったなら、相づちも打たない俺は、ただ隣にいるだけになってしまう。
俺は彼女のことを知れるし、彼女は話を出来て、少しは楽になれるのかもしれない。
けれどただ話すだけならば、人形でも十分だ。余計なことかもしれないけれど、笑顔で話す彼女の辛い過去に、全てを笑顔で受け入れることなど出来なかった。
笑顔で受け入れることは出来なくても、受け止めてあげることはしなければいけない。そう思った。
「……これからは大丈夫だから。もう苦しいことなんてないから、コノちゃん」
「うん、ありがとう。わかっているよ。コノはアナタなら、コノを守ってくれるって、知っているからね」
笑って返してくれる彼女の姿に、無理をしているような様子は、ほんの少しだって感じられなかった。
本当に心から、俺を信じてくれているのだということがわかった。




