60話 対等に戦えるか
地下にある書斎で、ウィルハルトは書類と向き合っていた。
ヴァルマンは帝国での諜報活動に専念することになったため、魔国の情報はウィルハルト自身で調べなければならない。
読み終えるよりも早く積み上がっていく書類に苦笑しつつ、情報を頭に叩き込んでいた。
第一王子派の動きがおかしい。
書類を眺めながら、ウィルハルトは漠然とそんなことを考えていた。
彼の持つ諜報能力では限界があるものの、多少なりと第一王子派の動きは掴めている。
別段目立った変化があるわけではない。
無いはずなのだが、どうしてか違和感があった。
第一王子派で何かあったのではないか。
そんなことを考えながら、ウィルハルトは書類に目を通していた。
その様子をちらりと窺い、レーガンは大きく息を吐いた。
「かぁーっ、王子ってのも大変なモンだなあ。オレはてっきり、美味いモンでも食ってりゃ良いと思ってたぜ」
「人によりけりだろう。恥ずべきことだが、俺も王位継承争いが始まるまでは堕落した生活を送っていたものだ」
「なるほどなあ」
レーガンはウィルハルトが読み終えた書類を手に取る。
文字がびっしりと書き記されているのを見て、レーガンはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。
ウィルハルトの傍らで書類を読み漁り、一時間程が経過するとレーガンは疲れたように椅子にもたれかかる。
彼はウィルハルトが感じていた不自然さに気付いた。
「……なあ、ウィルハルト王子」
「どうかしたのか」
「相手さんは、もうやる気がねぇみたいだ」
レーガンは真剣な表情で呟く。
普段の能天気な彼とは全く違う様子にウィルハルトは困惑する。
「やる気が無いというのは、兄上が俺の相手をすることを面倒に思っているということか?」
「それならまだマシだっての。前と比べて、第一王子派の動きに鋭さがねぇ。オレたちを潰しにかかって来てねぇんだ」
「確かに、最近は兄上も手を緩めたようだが……。こちらに割ける人員がいないということではないのか」
「さあな、そこまではオレにもわからねぇ。けどよお、明らかに生温いぜ、今の状況は。マジメに王位継承争いなんてしてたら、そろそろここもバレてそうなもんだってのになあ」
そう言われて、ウィルハルトはなるほどと頷く。
彼はこの手のことについては初歩的な知識しかないが、言われてみれば確かにおかしい。
この場所も人目に付かない路地を通り、さらに地下にあるのだから見つかりにくい。
とはいえ、ここまで何も起きないというのは明らかに不自然だった。
「それが事実だとして、兄上は何を考えているのか」
「ラクサーシャの言ってたアウロイって奴が気になるんだよなあ。もしかしたら、第一王子はとっくにくたばってんのかもな」
「そうは思えないが……。しかし、何らかの事情がありそうだ」
腕を組んで唸るも、この場にいるだけでは分かる事にも限りがある。
新たな情報を得られなければ答えに辿り着くことは出来ないだろう。
答えに繋がるような情報が無いか、二人は再び書類の山に向かう。
そうしてしばらく書類を読んでいると、ラクサーシャたちが帰還した。
ウィルハルトは出迎えようとして、見知らぬ顔が二人いることに気付いた。
「リィンスレイ将軍。と、そちらの方々は……」
エルフの少女と女騎士。
その様子から味方である事は分かった。
セレスはウィルハルトの前に来ると恭しく跪く。
「お初にお目にかかります、ウィルハルト殿下。私はセレス・アルトレーア。エイルディーン王国の近衛騎士団長をやっております」
「あたしはエルシア・フラウ・ヘンゼよ」
二人の名乗りを聞くと、ウィルハルトは期待に満ちた表情でラクサーシャに顔を向ける。
近衛騎士団長セレス・アルトレーア。
その名を聞いて、ラクサーシャの成果に気付かぬわけがない。
ウィルハルトの視線を受け、ラクサーシャは頷いた。
「王国は第二王子派に付くと決めた。これで、第一王子派とも対等に戦えるだろう」
「ついに、戦力が揃ったのか。兄上に立ち向かえるだけの戦力が」
ウィルハルトは感激したように言う。
これまで劣勢だった第二王子派が、ついに対等に戦えるだけの戦力を得たのだ。
「いや、対等じゃない。それ以上だ」
クロウが首を振った。
王国が味方に付いたことがどれだけ重要なのか理解していた。
「王国が味方に付いたんだ、魔国内の貴族たちも寝返る奴が出てくるだろうさ。第一王子派が勝利したって、王国を敵に回しちゃあ仕方ないからな」
「となれば、魔国内に情報を拡散する必要があるか。後でレッソフォンド卿に伝えておこう」
ウィルハルトは召使いを呼ぶと、レッソフォンドへの託を伝えた。
召使いの背を見送ると話を再開する。
「それで、しばらく時間が出来るわけだが。リィンスレイ将軍はどうする?」
「魔国に後一つ遺跡があっただろう。そこを調べに行く」
「分かった。俺はその間、戦争の準備をしよう」
「うむ、任せた」
ラクサーシャは仲間たちを振り返る。
ウィルハルトの護衛として、誰かしら残していく必要があるだろう。
「ふむ、ならば儂が残るかのう。最近は移動続きで、情けないことじゃが老体が悲鳴を上げてしまってのう」
「そうか。ならば、ウィルハルトのことは任せた」
「ほっほ、任せよ」
シュトルセランは力強く頷く。
彼に任せておけば、ウィルハルトの身が危険に晒される事は無いだろう。
ラクサーシャは他の皆に振り返る。
遺跡に出向くのはラクサーシャとクロウ、ベル、レーガン、セレス、エルシアの六人だ。
大所帯ではあるが、遺跡でアウロイと遭遇する可能性を考えればこれだけの人数は必要だろう。
「出発は明日だ。各自、体を休めてくれ」
ラクサーシャの言葉に皆が頷く。
翌日からは再び遺跡へ向かうことになるのだ。
王国からの旅路の疲れもまだ癒えぬが、様々な不確定要素がある中でじっと待つことは出来なかった。
アウロイの思惑を知る。
それが出来なければ、何か重大な失態を犯してしまうような気がしていた。




