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魔刀の反逆者―最強と謳われた男の復讐譚―  作者: 黒肯倫理教団
謀略の魔国編

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55話 英雄と悪魔

 熱気に包まれた会場で、ラクサーシャは静かに対戦相手を見据える。

 英雄ヴァハ・ランエリス。

 アドゥーティス神話において最も有名な男。

 無論、本物であるはずはないのだが、相応に武に秀でているらしかった。


 ラクサーシャは感心したように息を吐いた。

 それは対戦相手も同じらしく、ヴァハは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「まさかこの地で魔刀の悪魔と相見えるとはね。わざわざ来た甲斐があるな」

「私とて、英雄と剣を交えられるとは思わなかった。その剣閃、堪能させてもらおう」

「言うじゃないか」


 楽しげに腰に手を当ててヴァハが笑う。

 ラクサーシャもこの熱気に当てられたのか、どうにも昂揚してしまう。

 命の取り合いではないのだから、今はこの時を存分に味わいたかった。


 華麗な所作で剣を引き抜き、ヴァハは長い髪を靡かせて剣を構えた。

 美しい装飾を施されたそれは、英雄の名に相応しい神々しさを放っていた。

 対するラクサーシャは抜刀せず、自然体のままで構えている。


「随分と余裕のようだけど、良いのかい?」

「構わん」


 悠然と佇むラクサーシャには、それだけで攻撃を躊躇わせるだけの威圧感があった。

 歴戦の戦士が纏う気配にヴァハは満足げに頷く。


 二人の準備が出来たことを確認すると、司会が声を上げる。


「さあさあ、どちらが勝つのでしょうか! 英雄が悪魔を打ち倒すのか、はたまたその前に屈するのか! 今大会でも屈指の実力者が、今、剣を交えるッ!」


 二人の視線が交差した時、開始の合図が響き渡る。

 ヴァハは地を蹴り、ラクサーシャに急接近する。

 銀閃がラクサーシャの喉元に迫り――静止した。


 いつの間にか抜刀されたラクサーシャの刀がヴァハの剣を受け止めていた。

 ぴたりと拮抗しているように見えたが、その実はラクサーシャが押し返さず受け止めているだけである。

 ヴァハは一瞬だけ驚いた様子を見せるも、すぐに距離を取る。

 抜刀の瞬間を認識出来ていなかった。


「驚いたよ。まさか、僕の一撃が受け止められるとはね」

「見事な一撃だった。素の身体能力であれほど早く剣を振るう者はそういないだろう」

「気付かれてたか」


 ヴァハは苦笑しつつ剣を構え直す。

 先ほどの一撃は様子見だ。

 武道大会を盛り上げるために、どこまでの実力があるかを確かめていた。


「これなら全力を出せそうだ。僕の本気を受け止めてくれよ?」

「いいだろう」


 ラクサーシャは刀を正眼に構える。

 ヴァハから銀の光が発せられていた。

 それが特殊な術式の身体強化であることに気付く頃には、既に眼前に迫っていた。

 ラクサーシャは身を逸らして躱すと、ヴァハの腕を絡め取る。


「しまっ――」


 言い切る前に、ヴァハの体が地面に叩きつけられる。

 石造りの舞台が陥没するほどの威力だったが、存外に丈夫なようだった。

 ヴァハは無理やりに身を跳ね起こして距離を取る。

 多少のダメージはあるようだったが、戦闘に支障は無いようだった。


 ヴァハは再び剣を構える。

 先ほどまでの余裕は無いようで、真剣な表情をしていた。


「なんて怪力なんだ。この闘技場は、大魔法で補強されているはずだけどね」

「思ったよりは丈夫だったが、それだけだ。むしろ良く耐えたほうだろう」

「あはは、言うね」


 ヴァハはラクサーシャを見据える。

 もし闘技場がもう少し脆ければ、自分は叩き付けられた時にそのまま埋まってしまったかもしれない。

 抵抗出来ぬままにもう一撃喰らえば、戦闘の継続は難しいだろう。


 体中に魔力を巡らせ、ヴァハの体が銀の光を纏う。

 先ほどの一撃は見切られた。

 ならば、それよりも速い一撃を放てばいい。

 彼は自分の剣閃は誰にも見切られないと自負していた。


 対するラクサーシャは、ヴァハの様子から全力の一撃を放つことを察する。

 魔法を放てば無力化出来るだろうが、そんな無粋な方法は取るべきではない。

 ラクサーシャは下段に刀を構え、迎え撃たんとする。


 ラクサーシャの様子に、ヴァハは苦笑する。


「その余裕。今に崩してあげよう」

「ほう」


 ヴァハの挑発に、ラクサーシャは愉しげに笑みを浮かべる。

 命のやり取りでもない、純粋な武の競い合い。

 それがこれほどまでに楽しいとは思ってもみなかった。

 武道大会という場であるのもその要因の一つだろう。


 ヴァハの魔力が最高潮に達し――その姿が掻き消えた。

 少なくとも、観客にはそう見えたことだろう。

 だが、ラクサーシャを翻弄するには足りなかった。


 銀閃がラクサーシャに迫るも、ヴァハは嫌な予感を感じていた。

 その表情を一瞥すると、それが確信へ至る。


 ラクサーシャは犬歯を剥き出しにして嗤う。


「――奥義・瞬魔」


 刹那、ラクサーシャの魔力が爆発的に高まる。

 ヴァハの剣が弾き飛ばされて宙を舞った。

 地に突き刺さった愛剣を見つめ、ヴァハは肩を竦める。


「あはは、降参だよ」


 手をひらひらと振ってヴァハが言うと、客席から歓声が上がった。

 割れんばかりの大歓声に、ラクサーシャは手を上げて応えた。


「これが、求めていたはずのものか」


 ぽつりと呟いた言葉は歓声に掻き消され、誰の耳に届くことも無かった。


 ヴァハは剣を拾って鞘に仕舞うと、ラクサーシャの元に歩み寄る。

 差し出された手を握り返し、ラクサーシャは頷く。


「見事な剣捌きだった」

「それでも、貴方には届かなかった。僕の剣はその程度さ」

「謙遜する必要は無い。その腕は、むしろ誇るべきだ」

「あはは。さすがは魔刀の悪魔ってところか」


 ヴァハは苦笑する。

 これだけの実力があり、さらには人格者。

 自分よりもラクサーシャの方が英雄に相応しいと思った。


 舞台から降りようとして、ヴァハは振り返る。


「ああ、そうだ。一つだけ言い忘れていたよ」


 振り返ったヴァハの顔は、先ほどとはまるで違う表情を浮かべていた。

 そこにいるのは、歪な表情をした一人の剣士。


「――次は魔国で会おう。今度は全力で行かせてもらうよ」


 ラクサーシャが再び抜刀するときには、既にその姿は消え去っていた。

 静かに刀を鞘に納めると、ラクサーシャは舞台から降りる。


 彼の名は剣聖アスラン。

 最強の呼び名を持つ冒険者にして、第一王子派の戦力の筆頭だった。

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