51話 思惑の断片
一同は通路を進んでいく。
ラズリスの魔石鉱で発見された遺跡とは規模が違い、改めてガーデン教の建築技術を思い知らされる。
先にエルシアが調査をしていたためか、魔物の数は少ない。
しばらく歩き、エルシアが立ち止まった。
「ここよ」
視線の先にあるのは小さな部屋だった。
中は薄暗く、灯りがない。
魔道具が壊れているようだった。
「――灯火」
ベルがメイスを翳すと部屋の中を光玉が照らす。
部屋の中は本が散乱しており、足の踏み場もないほどだった。
「ふむ、この本は全て魔道書のようじゃのう」
「そうなのか?」
「質に差はあるようじゃが……ふむ」
シュトルセランは足元の一冊を手に取る。
魔力を込めると本が開き、魔力光を放ち始めた。
術式を確認するようにゆっくりと魔力を流していき、魔道具と体内とで魔力を循環させる。
「あの、何をやっているんですか?」
「術式を読み取っておるのじゃ。神代の魔術ならば、儂の知らぬ術式があるかもしれぬのう」
「そうなんですか」
ベルはシュトルセランに倣い、見様見真似で魔力を流し込む。
輪を描くように体内と魔道書とを魔力で繋げ、循環させていく。
術式に詳しいわけでもないベルだったが、不思議とその効果を理解できた。
「これ、魔法障壁ですね。私が見たものとは質が違うようですけど」
「ほほう、見せてくれんかのう」
「分かりました」
魔道書を手に取ると、シュトルセランは魔力を循環させる。
「ふむ、これはまた複雑な術式じゃのう。お嬢さんは良くこれが魔法障壁だと分かったのう」
「なんとなくですけど、そんな感じがしたんです」
「それは中々に凄い事じゃぞ。初めてでここまで読み取れることなど、余程の才が無い限りは難しいからのう」
シュトルセランは誇張無しにベルを褒める。
これが出来る者は、彼が知る限りでは自分とごく少数しかいない。
それを初めてでやってのけたのだから、驚くのも当然だろう。
「お嬢さんは魔術はどこで習ったのかのう?」
「私はお父さんに教えてもらいました」
「ふむ、なるほどのう」
シュトルセランは感心したように頷く。
ベルの年齢でここまで魔力を自在に動かせる者はそう多くはない。
その上、ベルは神聖魔法を習得している。
魔術師になるべくして生まれたような存在だった。
その後、魔道書を粗方調べ終えると、最後の一冊に視線を向けた。
机の上に乗せられたソレは、他のものとは異なる気配を感じる。
「これは、魔道具かしら?」
「そのようじゃのう」
シュトルセランは臆することも無く手に取ると、それを起動させる。
すると、本の中から無数の魔方陣が生成され始めた。
その全てが複雑な術式によって編まれたものだ。
シュトルセランの周囲に次々と浮かび上がっていく。
「……これは拙いのう。リィンスレイ殿」
「うむ」
ラクサーシャは周囲に魔法障壁を張り巡らせて衝撃に備える。
シュトルセランの魔力が枯渇するほどの魔力を吸い上げ、魔方陣は強く輝く。
膨大な数の大魔法が同時に行使され、部屋を多い尽くした。
本来、シュトルセランの魔力量では扱えないような大魔法がそこに含まれていた。
魔道書自体に魔力が込められているわけでもない。
魔力で無いなら何が代償となっているのか。
ラクサーシャは考えるも答えは浮かばなかった。
全てを受け止めきると、ラクサーシャははっとなる。
「ここは、アウロイの書斎か」
次々に浮かび上がる魔方陣は、アウロイの手にしていた自律魔道書を想起させた。
遺跡で見たものより数は多いが、その代わりに制御が出来ないようだった。
ラクサーシャは魔道書を手に取る。
「おそらく、これは自律魔道書の試作型といったところだろう」
「こんな恐ろしいものがあるのかよ……」
クロウはあまりの迫力に腰を抜かしてしまったらしく、机に手を置いて体を支えていた。
エルシアは試作型の自律魔道書を見つめる。
「あたしがあれだけがんばって集めた大魔法具より強いなんて……」
エルシアは誰にも聞こえない程度の大きさで呟いた。
大魔法具の斉射はエルシアの最大の一撃だが、それでも試作型の魔道書にさえ及ばない。
その事実が、ガーデン教の恐ろしさ、アウロイを相手に回すことの危険さを物語っていた。
だが、ラクサーシャの評価は彼女とは真逆だった。
「この程度か。完成品と比べれは、二割程度の出力といったところだろう」
その言葉にエルシアは落胆する。
大魔法具を集めただけで強者になったつもりでいた自分が馬鹿らしく感じた。
この試作型が自分よりも上で、アウロイは更に上だという。
そんな化け物を相手にして、自分が戦える気がしなかった。
シュトルセランは魔道書を机に置くと、荒く息を吐いた。
「なんという本じゃ。危うく命まで持っていかれるところじゃった」
「あの本に何があった?」
「あれは世界の理を外れておるのう。あの魔道書め、魔力が足りなくなると、今度は儂の魂を代償に魔方陣を作りおった」
「なあ、魂が代償にされるって大丈夫なのか?」
クロウが心配そうに尋ねる。
シュトルセランは体の調子を確認して、無事を確かめる。
「一応は大丈夫な用じゃが……」
酷い倦怠感があった。
魂を代償とされたのだから、副作用としてはマシなほうだろう。
下手をすれば命を落とす危険もあったのだから、疲労だけで済むならば文句は無かった。
「あれは放置するべきじゃのう。あれは使うべきではない」
「待って。それはあたしが貰うわ」
「ほほう?」
シュトルセランがエルシアに視線を向ける。
その意図を理解したようだった。
「あれを解析すれば、さっきみたいな大規模魔法も行使できるかもしれないわ。だから、あたしが使いたいの」
「なあ、エルシア。さすがに危なくないか?」
「それは承知の上よ。けど、そうでもしないとこの先の戦いについていけない。あたしは足手纏いにはなりたくないの」
エルシアの覚悟に、クロウはそれ以上は口を挟まなかった。
あれほど力を渇望することが自分にあっただろうか。
身に余る武器を隠し持つ彼は、心のどこかで今の自分でいいと感じていた。
そんな甘い考えを打破するためにラクサーシャと訓練をしているが、未だに甘えは抜けきらない。
「ならば、儂が手伝うとするかのう。それならば、安全とはいかずとも危険は減るじゃろうて」
「いいの?」
「勿論じゃ。仲間に手を貸すことを、なぜ惜しむことがあるかのう?」
シュトルセランの言葉にエルシアは顔を綻ばせた。
年相応の柔らかな笑みは、思い返せばそれを見せたのは初めてだったかもしれない。
ようやく仲間になれたような気がして、エルシアは安心したように脱力する。
書斎の調査を終え、神殿の調査は一先ずは終了となった。
一同は神殿を出ると、エレノア大森林に魔物が戻ってくる前に王都へ向かう。




