43話 経緯と現状
二日の道程を経て、ラクサーシャたちはウィルハルトの拠点へ帰還する。
相変わらずの狭い地下室ではあるが、劣勢の状態では仕方ないのかもしれない。
目立つ拠点に身構えることは自殺行為だ。
故に、こうして身を潜める必要があった。
帰還したラクサーシャをベルたちが出迎える。
「おかえりなさい、ラクサーシャ様」
「うむ。クロウはまだか?」
「もうじき帰ってくる頃です。ラクサーシャ様の帰りが早かったので驚きました」
「シュトルセランのお陰で、移動を短縮できたのでな」
ラクサーシャが振り返ると、シュトルセランは長いひげを弄りながら笑う。
レーガンたちは初対面だったが、ウィルハルトはその顔を見てすぐに気付いた。
「貴方はシュトルセランか」
「そうじゃ。そういうお主は、ウィルハルト殿下かのう?」
「ああ。俺はウィルハルト・リザリック・カルネヴァハだ」
挨拶を交わすも、ウィルハルトの表情は硬い。
シュトルセランに対して警戒しているようだった。
「心配は無い。シュトルセランは味方だ」
「リィンスレイ将軍。彼は兄上側の人間だろう。なぜここにいる?」
「話すには、少し時間がかかりそうだ」
ラクサーシャは荷物を整理すると椅子に腰掛ける。
その横にシュトルセランが座った。
「先ずは儂が魔国を訪れた経緯について説明するかのう」
シュトルセランは長いひげに手を滑らせつつ、口を開いた。
「儂が魔国を訪れたのは十年ほど前のことじゃ。狂っていく帝国に愛想が尽き、亡命しようと思うてのう。なれば、魔国が良いと思うて来たのじゃ」
「それで、なぜ兄上に付いたのか?」
「魔国に来てから五年ほどじゃったか。儂のもとにロードウェル王子の使者が来てのう。曰く、解読して欲しい古代の術式があるという。興味を持った儂は、無警戒に承諾してしまった」
ロードウェルから提示された条件は非常に良い物だった。
専用の研究室を設け、助手として魔国でも優れた魔術師を用意する。
達成時の報酬額は破格で、それまでも一月ごとにかなりの額を支払うという。
好きな研究に没頭できて尚且つ報酬も得られるのだから頷く他にないだろう。
その時点ではロードウェルに後ろ暗い点は見当たらず、むしろ良い点ばかりが目立っていた。
シュトルセランは彼を王に相応しい人物だと評価していた。
「しかし、渡された術式を読み解いていくうちに気付いてしまったのじゃ。あれは、他者を強制的に支配する魔法。隷属の術式であると」
シュトルセランは気付いてしまうも、時既に遅し。
彼が見た限りでは術式に綻びは無かった。
当然ながら術式破壊は出来ない。
「思えば、最初からそのつもりでいたのかもしれんのう。隷属の術式で縛られてから今に至るまで、ロードウェル王子の傀儡として働かされていた」
「その術式は、もう平気なのか?」
「問題はなさそうじゃのう。既に、体から他者の魔力が抜けきっておる」
シュトルセランは体に魔力を巡らせて己の健常さを確認する。
既に齢八十を超えるというのに、シュトルセランは衰えることは無かった。
「そして、先日になってようやくリィンスレイ殿に救われたのじゃ。危うく、傀儡のまま寿命を迎えるところじゃった」
シュトルセランはおどけてみせるが、その冗談で笑うことが出来る者はさすがにいなかった。
寂しげに眉を潜める彼に苦笑しつつ、ウィルハルトは尋ねる。
「シュトルセラン殿。貴方は傀儡の状態とはいえ兄上側にいたのだろう? 何か、覚えていることはないか」
「すまぬが、傀儡のときのことはおぼろげでのう。力になれなくて申し訳ない」
「いや、こちらこそすまない。無理を言ったようだな」
ウィルハルトは軽く頭を下げると、ラクサーシャに向き直る。
「それで、リィンスレイ将軍はなぜシュトルセラン殿を助けられたのか?」
「それが問題だ。私も、今何が起きているのかを理解しきれていない」
「理解しきれていない? 遺跡で一体何があったというのか」
「遺跡で不死者に遭遇した」
そのことの恐ろしさを知るのは、この場ではラクサーシャを除けばレーガンとベルくらいだろう。
実際にその目で見てしまえば、人間の手に負えるものではないと気付いてしまう。
「なあ、ラクサーシャ。それって魔石鉱の奥にいたあいつか?」
「いや、違う。アレとはまた別の存在。奴はアウロイ・アクロスと名乗っていた」
「それって……」
ベルははっとした表情を浮かべる。
ここでその名を聞くことになるとは思わなかった。
「知っているのか?」
「はい。ガーデン教の聖者の一人、錬金術師アウロイ・アクロス。聖女と共に世界の救済を求めたうちの一人です」
錬金術師アウロイ・アクロス。
聖女リアーネと共に世界の救済を求めた者。
聖典では自律魔道書を駆使して数多くの困難から聖女を救う話が書かれていた。
「そんで、そいつが裏で糸を引いてるってわけだ」
声の主はクロウだった。
クロウは部屋に入ってくると、片手を挙げて「よう」と軽く挨拶をする。
「クロウ。何か分かったか?」
「ばっちりだぜ。正直、十分すぎるくらいだ」
クロウは手帳を取り出して笑みを見せる。
彼がそこまで言うほどなのだから、相応なものなのだろう。
皆が期待を寄せる。
クロウは集めた情報を話そうと皆の顔を順に見ていき、シュトルセランに視線を止めた。
「っと、その前に自己紹介だな。俺はクロウ・ザイオン。情報屋をやってる」
「そなたがラクサーシャの言う信頼の出来る情報屋か。儂はシュトルセラン・ザナハ。ただの老いぼれじゃ」
楽しげに笑うシュトルセランに、クロウは苦笑する。
気を取り直して手帳に視線をやる。
「まず、第一王子ロードウェルの戦力についてだ。ヴァルマンはどこまで調べてたんだ?」
「兵の数が二万五千ということだ。残念だが、上層は守りが堅く入り込めなかったらしい」
「だろうな。アレはそう簡単には情報を漏らさないしな」
やはり、ヴァルマンに急に頼み込んだとして、情報を得るのは難しかった。
帝国での諜報活動に専念してもらった方が良いかもしれないとクロウは考える。
「あちらさんには厄介なのが集まってるぜ。ミスリルプレートの冒険者が二人。剣聖アスランと不動のゴードンだ」
「うわ、マジかよ」
レーガンがあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。
その二人と面識があるようだった。
「アスランは剣を目で追うのが厳しいから、あまり戦いたくはねぇなあ……」
「レーガンの知り合いか?」
「知り合いってほどじゃねぇけどな。同じミスリルプレートの冒険者だから、顔を合わせる機会もそれなりにあるんだ」
レーガンは冒険者として彼らと共闘したことが何度かあった。
その際に見た限りでは、アスランの剣閃は視認することが難しく、敵に回すには厄介な相手だった。
「ゴードンはかったいけど、それだけだ。けどよ、アスランは別格だ。冒険者の中で最強と謳われるバケモンだ」
「ほう、それほどか」
「おうよ。正直、アスランはオレだと厳しいなあ」
レーガンは頭を掻く。
せめてまともな武器があるならば打ち合うことは出来るだろうが、鉄の塊を振り回している現状では厳しかった。
「クロウ。敵の戦力はそれだけか?」
「いや、もう一人いるぜ。これが厄介なんだ」
クロウは大きく息を吐いた。
その表情から深刻さが伝わる。
「その一人っていうのは生体人形だ」
「ほう。シャトレーゼと同じような者がいるのか」
「いいや。帝国みたいな研究途中のやつじゃない。ロズアルド高原の遺跡でしばらく前に発掘された古代の遺物。正真正銘、本物の生体人形だ」
その深刻さを知るのは、この場ではクロウしかいない。




