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魔刀の反逆者―最強と謳われた男の復讐譚―  作者: 黒肯倫理教団
復讐の将軍編

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142話 死に行く貴方に(1)

 戦争が終わった翌日の夜。

 エイルディーン王国の城には各国の重鎮たちが集まっていた。

 それぞれが片手に杯を持ち、戦いの終結を喜び合っていた。


 大陸史に残るであろう大戦。

 長きに渡る苛烈な戦いが終わったのだ。

 皆が平和に感謝し、またこれから先も続くようにと祈っている。


 その中で一人、エルシアは会場の端で杯を傾けていた。

 飲み慣れない葡萄酒の味。

 その表情は暗く沈んでいる。


 最後のエルフであり、美しい容姿を持つエルシア。

 本来であれば、こういった場では誘いが途絶えないことだろう。

 だが、物憂げに考え事をする彼女の姿に、声をかけようと思う者はなかなか現れない。


「よう、随分悩んでるみたいだな」


 そんな彼女の傍らにクロウがやってくる。

 葡萄酒を呷るも、彼もまたエルシアと同じような表情をしていた。


「俺は東国の出身だからさ。この葡萄酒ってのには、まだ慣れないんだ」


 クロウは杯を置き、近くのテーブルに並んでいた料理に手を伸ばす。

 鶏肉のソテーを皿に乗せ、その上にチーズをかけた。


「……クロウは、本当にいいの?」


 エルシアが問う。

 真っ直ぐにクロウの目を見て、真剣な表情で。

 そこに縋るような弱々しさを見てしまい、クロウは少し考える素振りを見せる。


「……仕方ないとは思うさ。けど、それが旦那の選択だ。俺たちが口を挟めるほど、簡単な問題じゃない」

「あたしだって分かっているわよ、それくらい。けれど、どうしても納得がいかないのよ」


 エルシアは難しい表情で唸る。

 なぜ、死を選ばなければならないのか。

 あれほどの人格者が、自害することを止められないのか。


 その手段が思い浮かばなかった。

 僅かばかりの猶予を得ても、ラクサーシャがいつまで背負った咎の重圧に耐えられるか分からない。


「あいつは……ラクサーシャは、明日には死んでしまう。この宴の最中に、こっそりと一人でいなくなるかもしれないわ」


 そんな不安からか、エルシアはラクサーシャから目を放せずにいた。

 一瞬でも目を逸らしてしまえば、いなくなってしまうのでは。

 葡萄酒を飲みながら、エルシアはラクサーシャだけを見つめている。


 そんな様子に、クロウは嬉しそうに笑みを溢した。


「ああ、良かった。エルシアは、もう旦那を憎んでないんだな」


 そう言われて、エルシアは驚いたように目を見開く。

 クロウの言葉を聞くまで、その事実に気が付いていなかったのだ。


 確かに、ラクサーシャはエルシアの両親を殺してしまった。

 その事実は彼女にとって忘れられることではないし、許せないとも思っていた。

 だが、旅を終えた今では、彼の死を惜しんでいる自分がいた。


「……そう、ね。悔しいけど、あたしはもうラクサーシャを憎めない。あんな良い人を、どうやって憎めって言うのよ」


 彼女の脳内には、これまでの旅が思い出されていた。

 エレノア大森林で遭遇して以降、しばらくは殺気を隠すことに苦労していた。

 その時では、確かに彼女の中では復讐対象だった。


 旅の中で、エルシアは幾度となくラクサーシャに救われてきた。

 時には身を挺して守ってもらうこともあった。

 その度に、殺意が薄れていった。


 気が付けば殺意さえ抱けなくなっていた。

 漠然と復讐の二文字に動かされていた日々。

 複雑になっていく状況に、エルシアはどうすれば自分が報われるのかさえ分からなくなっていた。


 そして今、ラクサーシャが死のうとしている。

 もしかすれば、すぐにでも宴を抜け出してしまうかもしれない。

 エルシアとは反対側の場所で、壮絶な表情を浮かべていた。


「ラクサーシャが根っからの悪人だったら、あたしだってこんなに悩まなくて済んだのに。こんなの、あんまりじゃないっ……」


 いつしか、エルシアの頬を涙が伝っていた。

 積もりに積もった感情が、限界を超えて決壊する。

 溢れ出せば止め処無く流れ、それが余計に悲しい気分にさせる。


「あ……」


 不意にクロウが呟く。

 その声にエルシアが涙を払えば、歩き出すラクサーシャの姿が見えた。


「嫌、そんな……」


 ラクサーシャが迷い無く突き進んでいく。

 その先にあるのは会場の出口だ。


 悲壮な表情を浮かべるエルシアの背を、クロウが優しく押した。


「せめて、その気持ちを旦那に伝えてくれないか。それだけでも、旦那は少しだけ楽になる」


 エルシアはクロウの目を見つめ、力強く頷く。

 クロウに背を向けると、急いでラクサーシャの後を追いかける。


 急がなければ、ラクサーシャを見失ってしまう。

 会場を駆けるエルシアに視線が集まるも、その様子からただ事ではないと察して皆が道を開けていく。

 その途中でレーガンとセレスの二人とすれ違う。


「頼む」


 投げかけられたのは短い言葉だった。

 しかし二人の思いが込められたそれは、ずっしりと重さがあった。

 エルシアは力強く頷き、立ち止まることなく駆けていく。


 ラクサーシャの歩みは速い。

 会場を飛び出して、しばらく走るとようやくその背を視界に捉える。


「待って!」


 廊下に響き渡る少女の声。

 その必死な声色に、ラクサーシャが歩みを止めた。

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