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ラフライフ! -底辺空手家アイドル下克上‐  作者: 甘土井寿
一章 写真のストーカー編
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第19話 趣味と仕事と好きな事

前回のあらすじ:人狼握手会、はじまる


 人狼握手会は思いのほか盛況であった。


  「くそー! また負けたー! もう一回並ぶぞ!」

  「やった! 拙者狼、勝ったでござる!」

  「この僕が負けるなんて……NGだ!」

  「こいつは不正を行った! 別室送りだ!」

  「Fu●k You……ぶち殺すぞゴミめら!」

 

 ファンの反応も上々だ。ミナミティのメンバーも楽しそうに人狼ゲームに興じていた。カジも当初こそ心配していたが、よくよく考えればほんの数秒間だけ嫌そうな顔のアイドルと握手するより、数分間一緒にゲームに興じて会話もできるのだからファンとしてもこちらの方が嬉しいのだろうと考えるようになっていた。


(ふぅん、何にせよ俺にはよく分からん感覚だが……まあ騒動にならないんなら良かった。俺もストーカーの警戒に集中できるし)


 カジは会場全体を獲物を狙うミミズクのように眺める。もしも写真のストーカーが紛れているのを発見したならば、ミナミティに接近される前に対処しなければならない──といってもそんなに広い会場ではなく、入り口も一か所であるため仮に写真のストーカーたちが現れたとしたらすぐに気付く事が出来る。

胴長爺さんは日本人離れした長身で遠目にもすぐ判別が出来るし、赤い貴婦人の方でも男性ファン率99%以上の会場でこれも目立つであろう事から、よほどの事が無い限りミナミティの至近まで近づかれる事は無いだろう。

そして、何より今日は人間BMDレーダーことアキが会場にいた。彼女の不思議な瞳は近くにいる人間の気配をある程度まで感知できるようで、人込みの中であっても突出した人格獣(アニマ)を持つ者ならすぐに判別出来ると言う。 


(今日はプロデューサーがいて良かった。これなら俺の負担も少なくていい)


 カジは会場隅にいるアキに目を向けた。イベント中も【ハーパー本牧】のスタッフと何やら立ち話をしたり、古参ファンと思しき馴れ馴れしそうなファンと挨拶を交わすなど、せわしない様子であった。


(よく考えたら外部との折衝や打ち合わせは全てあのコ一人でやってるんだもんな……)


 少々突拍子のない部分はあるが、アキの有能さに疑う余地はない。カジは改めて彼女を尊敬し直すと同時に、彼女よりはるか年上の自分があまり役に立ってないという現状に気恥ずかしさを感じた。


(……あとで缶コーヒーでも差し入れるか……って、んん?) 


「あの……握手はいいんですが、こいうのは……」


 ヒロのブースである──本来なら人狼ゲームが1セット終わると、次に並んでいる人たちと交代になるはずだが、人の入れ替えが上手くいっていない。どうやら一人のファンがゲームが終わってもはけずに、ヒロにしつこく話しかけている様子であった。男の手には何やら人形のようなものが握られていた。


「これは僕の作ったヒロさんのフィギュアなんです……ぜひ受け取ってもらいたいのだが」

「あの、えーと、その……」

 贈り物勢である。アイドルにプレゼントを渡す行為を行うファンは古来より後を絶たない。


「細部にこだわり、今日この日の為に5徹して作ったのです。リアルにかなり忠実だと自負している」

 男は何故か誇らしげであった。彼ら贈り物勢は、より高価な品やハンドメイドのアイテムを用意する事で他の贈り物勢から優位に立とうとする事がある。ガチ勢ともなれば100万円クラスの指輪を送る者もいるというのだからドン引き……もとい、圧巻と言えるだろう。


「もちろんヒロさんの下着までは分からなかったので、そこの造りは想像になってしまいましたがねぇ~」


「ちょっとあんた何やってるんです?」

 カジが男の肩を掴む。アイドルへの贈り物は殺害予告よろしく、アイドルに害を与えるものが含まれているケースがある。公式で受け取り窓口がない場合はプレゼントは禁止される事も多く、特に手渡しともなれば警戒するのは当然だった。ましてミナミティはストーカー被害の渦中にある訳である。


「う、うぅ……」

 大柄でガラの悪そうなカジに睨みつけられ、男はひるんだ様子を見せる。

「すいませんが、そういうのは受け取らない様にしてるんですよね」

 カジは慇懃な言い回しでプレゼントの手渡しを諫めた。しかし、男は引き下がろうとしない。


「あっ、ど、どうしても受け取ってくれないのか?」

「衛生的な問題もあります。よそのアイドルだって普通は受け取らないでしょう?」

「……受け取ってくれるならその後どうしてくれてもいいから! なっ、なっ! 頼むよ~」 

「いやいや無理ですって、規則ですからねー」

「そこを何とか」

「ダメです」

「い……一週間も……一週間も毎日徹夜して作ったんだぞ! 受け取ってくれるくらいいいじゃないか! 受け取ってくれないって言うなら俺はこの一週間、なんの為に頑張ってきたっていうんだ!」

 あまりの粘り腰。その情熱はもっと別な事に生かせないのか……という趣旨の舌打ちをすると、カジは直後に強めの口調で言い放つ。


「あーうるせえ、そんなの知るか! さっさと帰れ!」


 男もその言葉に呼応して語気を強める。

「な、なんだとお前! 新入りマネージャーのくせに! 俺はお前が来るより前からミナミティを応援してるんだぞ!」

「規則を守らせるのに新入りもベテランも関係ねえだろ! 大体、あんたいくつなんだ?」

「なっ……年は関係ないだろ!」

 カジは明らかに侮蔑を込めた視線を男に向ける。


「ハッ! イイ歳したオッサンがアイドルになんか夢中になってそんなもん作って来んなって! 気色悪いんだよ!」

「ひ、そ……それは……」

 カジのあまりに辛辣な、そして無遠慮な発言に男は顔をひきつらせる。


「な!?」

 その発言には、そこまで横で静観していたヒロも心底驚いた様子を見せた。


「ん? 俺、なんか変なこと言いいましたか?」

 ヒロはつかつかとカジに歩み寄ると、カジの頭をバシッと叩いた。


「ってお前はそのアイドルのマネージャーやってるやないかーい!」

「あ、痛い! 何するんです…」

「ハイハーイ、いつもありがとうございます! これはあたしがちゃんと受け取って家に飾っておきますんでね~!」

 ヒロは努めて明るく笑いながら、男の作ったフィギュアを受け取る。


「あ、おい、ちょっと、そういうのは規則で…」

「今日は寒い中握手会にきてくれてありがとうございました! 来月はいよいよセカンド・ノアに参加しますので、そっちの方も応援よろしくお願いします~!」

 ヒロはカジの話を遮りつつ、強引にその場をまとめた。

「あ、ああ……」

 男性もヒロがそう言うならと、不服そうな様子ではあるが大人しく引き下がり事なきを得た。


「ハーイ! お待たせしてごめんなさーい! 次の回のゲームを始めますんで、次の方座って下さーい!」



「……なんだよ? 俺が間違ってたってのか?」

 カジも釈然とはしなかったがその場が収まったのならまあいいかと、待機スペースに戻っていった。




 その後は大きなトラブルもなく人狼握手会は無事終了した。カジとアキは最後まで周囲に目を凝らしていたが、ついぞ写真のストーカーは会場に現れなかった。


「ふうー、何とか無事終わったか……ストーカーも現れなかったし、とりあえず今日の所は良かった」

「ええ、そうね」

 カジとアキは疲れた表情でお互い顔を見合わせる。誰にもケガ一つなくイベントを切り抜けられた訳であるから取り合えずは喜ぶべきなのだが、この先も同じように気を張り詰め続けなければならないのかと考えると気が滅入る思いもあった。


「はー、それじゃ俺は会場の後片付けを手伝うんで……」

 会場の係員が撤収作業を始めていたので、カジも作業に参加すべく一旦アキたちから離れようとした時、カジはヒロに呼び止められた。


「ねえカジさん、ちょっと裏に来てくれる?」

「あ……はい」

 言われるがままカジはパーテーションの裏側に移動すると、同じく片づけを手伝っていたミナミティの他のメンバーからは姿が見えなくなってしまった。


「なーにあれ! もしかして告白~?」

「ちょ、ちょっと、無いでしょ! ヒロちゃんに限って……ねえアキちゃん!」

 アキはショーコの問いに直接答えることはなく、ヒロたちの去った方を不安げに見つめて呟いた。

「今のヒロの人格獣(アニマ)の色……うーん、これはややこしい事になるかもなァ」


               *


「ねえ、アンタさー、さっきのアレはないよ」

 ヒロは舞台袖のパーテーション裏にカジを連れてくると、静かにそう言い放った。


「え、何の事すか?」

 カジはヒロの怒った様子を察したが、自分の何について責められているかが分からず困惑した。


「アイドルの仕事、なめてるんじゃない?」

「はあ? いや、ナメてないっすよ」

 ヒロの不躾な言い回しにカジもムッとして言い返す。ヒロは頭の回転が速く、こういった過程を省略した話し方を好むがカジにとってはそれが馬鹿にされているようで不快に感じられた。

「……ファンの人に言ってたでしょ……イイ年してアイドルなんかに夢中になるな、とか何とか……あれってどういう意味なの?」

「あっ……あれは、その…」

 カジはようやくヒロの怒りの原因に気付き、言いよどんだ。


「アイドルはイイ年した人たちが応援しちゃいけない趣味だっていうの?」

「いや、その……すみません、つい……」

 カジはバツが悪そうに下を向く。無意識のうちにアイドルファンを見下していた事にカジはようやく気が付いた。そして、自分のそういった心根が態度になって表れてしまっていた事に我ながら自己嫌悪を覚えていた。


「今後はファンの人たちにあんな言い方をするのはやめてよね」

「ええ……気ィつけます」

 カジも反省の色を示したが、ヒロはそれだけでは収まらなかったのか、押し黙るカジに付け加えて言った。


「ミナミティはプロのアイドルグループで、あなたはそのマネージャー……この仕事に就いたのなら、常にプロ意識を持って仕事に取り組んで貰わないと困るから」

 ヒロは語気を荒げる事はなかったが、彼女のカジに対する不満が十二分に伝わるやり取りであった。カジも己に非があった事は認める所であったが、10歳以上年下の少女に一方的に説教されては立つ瀬が無い。ましてアイドルという職業に対して素直に称賛できない感情が少なからず残っている中でである。


「ちょっとー二人とも何やってんのー、置いてくよー」

 アキの声であった。


「ああ、ごめん今行く!」

 ヒロはカジの方を一瞥する事もなく、アキたちの方に歩み去った。気付けば辺りはすっかり暗くなっており、【ハーパー本牧】の屋上には冷たい夜風が下りて来ていた。カジはヒロの去ったパーテーション裏で数秒間立ち尽くし、絞り出すようにぼそりと呟いた。



「……俺だって好きでやってんじゃねえよ」

 様々な感情を孕んだその呟きは、暮れなずむ空の三日月だけが聞いていただろうか……


               *


 【ハーパー本牧】屋上から1階層下のレストランフロア──


「……ああ、これはどうも……ええ、そうです……実は今【ハーパー本牧】に来てるんですよ」


 喫茶店内でコーヒーを飲みなが携帯で通話する30代中ごろのビジネスマン風男性……一見すると外回りの営業マンが取引先に電話をかけている様子でもあるが、会話の内容には何やら不穏な気配が感じられた。


「今日は彼女たちを近くで見ていたんですけどね……え? フフフ、もちろん気付かれて無いですって……先日も言いましたが新藤を動かしたのは本命を動かす前のあくまで様子見ですから……男のマネージャーは不確定要素でしたが、【ラ・ミレプラザ】での動きを見る限り大した手合いではないです……例の男の敵ではない……ええ、そうです。あとは手はず通りに……」


 男は携帯電話を切ると、タバコを一服して誰に言うでもなく、呟いた。


「くぅ~……やっぱ好きな事を仕事にしてると楽しいなァ」


 男が喫茶店のガラスから見つめる先にはエスカレーターを下るミナミティの姿があった。


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