第11話 水族館とサブカル女子
前回のあらすじ:何故かショーコと水族館でデートする事になったカジ
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「ねえ、ショーコ! この本、知ってる?」
ある日の休み時間。アキが一冊の本をショーコに見せに来た。表紙には【アイドルの源流ー大正浪漫に咲いた可憐な華たちー】と味気ない書体でタイトルが銘打たれていた。
「あ……」
出版元や書籍コードなどの記載は無い。カバーもこれまた味気のない白一色だったが、その無機質さが逆に本の異様を際立たせていた。
「図書室でね! 最近こういう謎の本が20冊くらい本棚に増えてるんだって! 調べてみても学校でそんな本を仕入れた記録はないらしいの! 面白いと思わない??」
アキが目を輝かせながら、楽し気に話す。
「なんでも謎の本は発行元も不明で、ジャンルもバラバラなんだけど、ぜんぶ小泉昌磨って人が著者なんだって!」
「そ、そうなんだ……」
「オカルト研究会が七不思議とかって騒いでるけど、ショーコは何か知らない?」
「……え? いや、全然知らなかったなあ」
ショーコはアキからやや目を逸らしつつ答えた。
「ふうん、図書委員のあなたなら何か知ってると思ったんだけど……」
どうやらアキはこの怪奇現象に興味を持ち、真相を知るべくショーコに聞き込みをしに来たらしかった。
「この小泉昌磨って人、気になってネットで検索してみたんだけども全く情報が引っかからないんだよね~!」
「ふうん、不思議だねぇ」
ショーコはそんな事は興味ないですよ、と言わんばかりに気の抜けた返事をして見せた。
「でさ、アキちゃんはその本……よ、読んでみた?」
「そうそう、実は何冊か読んでみたんだけどね、これが……」
「これが?」
「これが……凄く面白くてね! 味気ないタイトルとは裏腹にどのジャンルの本も独自の視点でよく研究されていて、とても興味深い内容だったわ!」
「ふーん、そうなんだっ! 面白いんだ! ふーーーん……」
ショーコは何故か照れ臭そうに、笑っている様にも見えた。
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「確かに角刈りリュックのヤロウは反対側に逃げたが……落ち着いて歌詞を考えさせるったってなぁ」
カジはアキの指令通り、ショーコを連れて水族館に来ていた。アキ曰く、「企画の段取りはこっちでやるから、ショーコは締め切り間近の歌詞作りに専念して欲しいの」との事で、カジは護衛としてショーコに付き添いつつ、歌詞の制作経過を見守る事になったのだ。
(しかし、水族館なんて久しぶりに来たな……ましてや女の子と二人で来るなんて初めてだ……)
【ラ・ミレプラザ水族館】は神奈川県の癒されるレジャースポットランキング1位、ムードマシマシ、インスタ映え映えの人気フラグ発生マップである。周囲は当然、雌雄二対だらけ。女性経験の少ないカジは女子と二人きりで水族館というシチュエーションに妙に緊張しており、その緊張を悟らせないために無口かつ早足となっていたが、その様は逆に彼の女性経験の少なさを悲しいまでに物語っていた。
(うぅ……こういう雰囲気のとこは苦手だ)
カジが振り向くと、ショーコが1メートル後ろをトボトボとついて来ていた。相変わらず何かを考え込んだ様子で、ほとんど何もしゃべらない。女子人気ナンバーワンのマゼランペンギンふれあいコーナーにも無反応だ。母なる海の神秘に触れて疲れた脳みそをリフレッシュ!という触れ込みの深海生物コーナーでも、その効果が彼女に作用している様には見られなかった。
(……あのプロデューサーの事だ。さっきの俺と今水さんのやり取りもどこかで見ていたのだろう)
カジは先ほどのショーコとのやりとりを思い出し、大人げなく大声を出してしまった事を反省していた。一旦騒動を挟んだ事で苦い記憶を掘り返された事への不快さも薄れ、二人きりになった事でわだかまりを解こうという考えが生まれていた。
しかし、気まずさと緊張のあまり道中はほとんど会話が生まれなかった。二人はそのまま無言でシャチショーの観覧スペースに座る。ショーの開演には時間があり、二人は静けさの中更なる気まずさを味わう事になった。
(このままじゃ、ラチがあかんな……よし、ここは年長者の余裕を見せて俺から…)
「「 あ、あの 」」
二人が同時に声を出すと、お互いが驚いた顔で目を見合わせる。
「あ、今水さん……先にどーぞ」
カジに促されるとショーコはおずおずと話し始めた。
「あ、あえ……さっきの、そのケガ……」
「あ? ああ、このくらいの傷なら全然平気です。それより今水さんたちにケガが無くてよかった」
さきほど角刈りリュックにつけられた頬の傷をカジが撫でる。
「あ、あの、それも……それもあるんですが、それだけじゃなくって! あ、む、昔の事……カジさんの昔の事……聞いちゃいけない事だったんですよね? それをアタシ……」
ショーコは先のやり取りの事を大変気にしている様子であった。カジは優し気に笑って答える。
「その事なんですが、俺の方こそ驚かせてしまってすみませんでした……」
「で、でも……あたし……」
ショーコは今にも泣き出しそうであった。見ていて居たたまれなくなる程の落ち込み具合だ。そこまで自責の念を感じられてしまうと、カジとしてはかえって自身の醜態を責められているような気がして困惑した。
「いや、ほんとにいいんです……あの試合の事を知っているならその後の顛末もご存知ですよね? あの件についてはやっぱり未だに思うところがあるんです。だから選手を辞めてからも色々と考えましたし……自分なりに……何が出来るか……って」
カジはショーコが自分の顔をじっとのぞき込んで来ている事に気付いた。
「なっ、なんです??」
アキのような人を見透かすような視線ではなく単純な好奇の目。珍しい深海生物でも見るかのような眼差しだ。
「やっぱり……似てる」
「えっ?」
「彫りの深いソース顔……こげ茶色の癖毛に頬の傷跡!! "流浪の剣士・銀"の時村銀次だ!!」
「ええ!? なんじゃそりゃ!!」
「えっ!? 知らないの!? "流浪の剣士・銀"はバブル時代に一世を風靡した時代劇で、平均視聴率16%を記録した伝説のTVドラマですよ! 当時の若い世代を中心に絶大な支持を得て、シリーズはシーズン5まで放送! 俳優陣の演技やアクションの評価も高く、脇役の演者でも今は大御所になっている人たちも結構いるんですよね! 特に主人公・時村銀次を演じた俳優の…」
「詳しっ! ウィキペディアか!」
突然熱く語りだすショーコに戸惑うカジ。普段の控えめな喋り方が嘘のようなハイテンションである。
『はーい、それではこれよりシャチさんたちのショーをはじめまーす』
折しもショーの開始時間となり、アナウンスが流れる。愉快な音楽が鳴り始めると、イベント用プールにシャチの姿が現れた。
「んん……? ああっとォ! あのシャチはかの有名なァ!」
ショーコの興味は矢継ぎ早に移り、今度は海洋生物ショーの奥深さについて語り始める。
「ちょ、ちょっと今水さん! 落ち着いて!」
「え!? 知らないの!? シャチは英語でKillerWhale、またはOrcaと言いますが、これはラテン語で…」
「今水さ……コラ! 落ち着けショーコ!」
マイナー知識の千本ノックに動転し、カジは敬語も忘れてショーコを制止した。ショーコはハッとして我に返ると、ようやく怒涛のトーーク!は終わりを見た。
「あえ……ごごご、ごめんなさい……あたし、また…」
ショーコはまたやってしまったとばかりに下を向くと、震えた声でポツリと呟いた。
「ダメなんです、あたし……解説病なんです」
「えっ? か、解説病?」
時刻は既に16時を回っていた。照明器具が点灯し、歌詞作りはまったく進まないまま刻一刻と時間は過ぎていく。




