第124話 自覚症状
「坊主の塗ってくれた傷薬はスゲェな。もう傷口が塞がっちまったぜ」
「アルケミストの作る薬の効果がスゲェってのは知っちゃいたが、まるで魔法だな! 腹痛も直ぐに治ったぞ!」
「これ、実は伝説のエリクサーじゃねぇか?」
料理教室を開いた結果。
お約束通りにほぼ全員が指を切ったり火傷をしたり、半分以上が料理に失敗して腹痛騒ぎとなった。
ホットサンドメーカーで、ある程度料理をしている筈なのに不思議だね。
まぁ、わざと複雑な料理を作らせたからなんだけど。
お陰で薬の効果は確認できたし、結果は上々のようで良かったのだけれど……。
『マスターには、良心の呵責というものはないのでしょうか?』
何故かSiryiにお小言を受ける結果になってしまった。
でも事前に小さな傷で薬の効果を試した方が安全じゃん?
用法用量を守って、適切な治療を行うために必要な実験でもあるし。
これもみんなの為なのである。
『ご自分で試すという考えは?』
だって俺、この世界の人間じゃないもん。
ディエゴの従魔扱いになってるし、普通じゃない状態なのは自覚している。
自分で自分の作った料理や薬の効果を試したくても、正しいデータが取れないから仕方がないと思うのだ。
市販の薬と、俺の作った薬の効果が同じなのかも判んないし。
スプリガンのメンバーが強くなりすぎて、怪我も殆どしなくなったのもある。
おまけに健康にも気を使っているから体調を崩すことも無くて、薬を使おうにも酔い覚ましぐらいしか必要としないのだ。
それに何の根拠もない危ない実験じゃなくて、Siryiの鑑定をしてからだからやれることではあるよ?
『確かに、私の鑑定結果を確認してから実験を行っているので、マスターは慎重であると思いますが……』
Siryiの言いたいことは判るのだが、一応ちゃんとした既存の薬のレシピ通りに作ったヤツだし安全性は保障されているからこそ試したんだよ?
俺だっていきなりオリジナルで作った薬で試した訳ではないんだし、Siryiの鑑定で確認した上で危険性はないと判断したのだ。
『ですが、人間というものは、悪いことをすると言訳が多くなり、妙に優しく接するようになりますが? 自覚がない訳ではありませんよね?』
くっ! Siryiめ……っ。痛いところを突いて来るな。
確かに俺もわざと怪我をさせたお詫びに、美味しい料理とお酒のサービスをしてしまったので、自覚がない訳ではない。
これはアレだな。浮気をした彼氏が、それを隠すために彼女に優しくなるのに似ている。
なるほど。アレはこういう心理なのだなと、状況は違うが妙に納得してしまった。
最近ちょっと羽目を外し過ぎてる気がしていたので、Siryiのお小言は丁度いいタイミングだったのかも知れない。
なんか最近、妙に悪いことがしたくなってたまんなかったんだよな。
とはいえ、軽い悪戯程度なんだけど。放っておくと、その悪戯も洒落にならないことになりそうな気がしないでもない。
何せ傷を治すために、わざと怪我をさせるようなことを仕出かしていたわけで。
悪気はなくても度を超すと、善悪の区別が無くなって、感覚がマヒしそうなヤラカシだった。
『マスターは、ご自分が危険な思考に陥っていることに気が付かれましたか?』
「……うん」
周りに甘やかされて育った子供が、我儘で癇癪持ちになるのも判る気がする。
どこかで誰かにしかられないと、悪いことをしているのにも気が付かなくなるみたいな感じかな? 爺さんには甘やかされてもいたけど、よくしかられたので悪いことをしてはいけないことは重々理解していた筈なんだけど……。
この世界に来て、実際は子供じゃないけど、子供扱いされて不満に思うよりも、甘やかしてくれるのをいいことに、ソレを甘受していたところがあった。
これってよく考えなくても、かなりヤバイ状況だよな。
見た目だけでなく、心まで子供化しているじゃないか。
Siryiに指摘されなかったら、引き返せないところまで行っていたかもしれない。
そう考えると、素直に反省すべきだろう。
「きをつけます……」
『それが宜しいかと存じます』
目覚めさせてはいけない何かが起きる前に、確り蓋をしておこう。
中二病的なものではない、ゾッとするような何かが目覚めそうな気配がして、俺は気を引き締めるべく肝に銘じた。
子供のふりをしていても、思考まで分別のない子供のようになってはいけない。
周りがブラウニーだと勘違いしていようが、俺はまだ人間であることを忘れた訳ではないのだから……。
◆
自分が子供化しているのを自覚したとはいえ、周りは相変わらず俺を子供だと思っているし、甘やかす者もいれば舐めてかかる連中だっているモノである。
だから気を引き締めねばと思っていた矢先のことだった。
「やぁ。会えて光栄だよ。船の中だというのに、中々会えなくてどうしているのかと思っていたが、アルケミストが引き籠りというのは本当のようだね」
待ち伏せしていたクセに偶然を装い、爽やかな笑顔で嫌味を言い放たれた。
これが噂のラヴィアンのリーダー、元貴族の三男坊だな?
金に近い茶髪で、若干長めの髪がチャラさを倍増している。身に着けているアクセサリーも多く、この中のどれかが幸運のアイテムなんだろうか?
最初の日にも居たような気がするけど、あの時は俺に絡んでいる他の冒険者の対応を眺めていただけだったのだろう。
シルバやノワルは居るけれど、拙いことに俺の傍に護衛役の人間が居ない時に遭遇してしまった。
これには訳があって、早朝の誰も起き出していないだろう時間に、一人で船内を歩いてみたかったからである。頭を冷やす意味でもね。
なのに何故、こんなタイミングで遭遇しちゃうのだろうか?
「おや? 五ツ星のクセに何もアイテムを持っていないと思えば、変わった虫眼鏡を首からぶら下げているじゃないか」
ジロジロと品定めをしていると思えば、三男坊貴族がSiryiに視線を止めた。
この状態でも会話が出来るので、最近は手に持たず魔物の皮革で作った紐で括って首からぶら下げている。魔物の皮革って、金属のチェーンより頑丈なんだよね。
「眼鏡と言えば、基本的に鑑定用ですわね」
「アルケミストっぽいとは思うけど、鑑定眼鏡ってそこらに溢れてるよね!」
「特に珍しいモノではないけど、虫眼鏡という形状は珍しいですね。使い勝手は悪そうですが」
取り巻きのハーレム要員たちが、言いたい放題言いまくっているではないか。
ところでSiryiはどう思う?
『彼女たちの趣味の悪いアイテムと比べないで頂きたいです』
ですよねー。
俺はSiryiのデザイン結構好きだよ。オーセンティックモデルズ(古き良き冒険の精神を礎にした独創的なデザインを手掛けるメーカー)みたいな、品のある質感でクラシカルな味わいがあるよね。
『ありがとうございます』
俺の心からの賛辞に、Siryiも喜んでいるようだ。
それにこの人たちと会話をする気もないし、このままスルーしよう。
そうして俺が返答もせず彼らの横を通り過ぎようとした瞬間、不意を突かれて腕を掴まれた――――のだが。
「ちょっと待ちたま――――え?」
シルバとノワルが俺をガードしようとするのを制し、掴まれた腕をするりと躱し、俺は三男坊貴族からすり抜けた。
「な、何をした?!」
相手は驚いているようだけど、別に俺が瞬間移動をした訳ではない。
子供の頃に拳法(少林寺映画の影響)を習いたいと駄々をこねた結果。唯一近所にあった(車で三十分はかかる)合気道場に通わされたんだよね。
だから久しぶりにその技を使ってみただけだ。
「ちょっとアナタ! 何をしたのよ―――きゃぁっ!」
今度は化粧の濃い女性が掴みかかって来たので、向かってくる勢いを利用するようにその腕を掴んでくるりと一回転させて投げ飛ばす。というか、関節の痛みに耐えられず勝手に転がっていく。
う~ん、勢いがあるせいで面白いように転がっていくね。
あ、ノワルとシルバはそのままでいいよー。相手が武器を持ってないなら、掴みかかってくる程度は躱せるしね。
合気道は強さを競うのではなく、体裁きや呼吸法を学ぶことで心身を鍛える。
爺さんとしては、精神面を鍛えさせようと、忍耐力や集中力を高める目的もあったのだろう。何せ俺は子供の頃は落ち着きがなく(ADHDの疑いではなく)、虫取りの為によく居なくなる子供だった。
なので、不審者に遭遇した時のための逃げる手段の一つとして、合気道を習わせることにしたんだって。
本当は拳法が習いたかったんだけど(胴着が着たかっただけ)、 本格的な格闘技を習わせるとクマに遭遇しても挑む恐れもあり、まずは逃げ方を覚えさせようとしたそうだ。(お陰様で今では逃げ方のプロである)
結果的に合気道は俺に合ってたから良いけどね。袴もカッコいいし。
それに合気道は基本的に相手の力や技を利用するので、自分自身の力はほぼ必要ないのである。要は身体の仕組みを知り、呼吸が合えば簡単に相手を引き倒せる。
とはいえ相手が必要なので、合気道は一人稽古が出来ないんだよね。
丁度良いので、俺は合気道精神を忘れていないことを確認すべく、ハーレムクランを相手におさらい稽古をしてみることにした。
「おいっ君! 女性を投げ飛ばすとは、紳士じゃないだろう!」
じゃぁ、子供相手に掴みかかってくる女性はどうなの? と言いたいけど、こういう輩は人の話を聞かないから問うても仕方がないのでスルーした。
そして首を狙って掴もうとしたので、これもまたその腕を掴んで関節を捻るようにして回転させて投げ捨てた。
動きが直線的で狙いも見え見え過ぎて、この人たちって本当に五ツ星以上の実力があるのかどうか疑わしいなー。
強い仲間の動きを見慣れちゃったせいで、目が肥えたのかもしれないけれど。
この程度の攻撃力と速さなら、魔物じゃないから俺にも対応できる。
「逃げるんじゃないわよ――きゃぁっ!」
「生意気なのよ―――いたたたったあっいった、いたいってばぁっ!」
「女性に対して乱暴はよしたまえっ―――あだだだだだっ!」
「ちょっとアンタねぇ―――いぎゃああああっ!」
掴みかかろうとするのを掴んでは捻り、そして投げ転がしていく。痛みから逃れようと勝手に転がるんだけどね。
だがしかし。
合気道は武道とはいえ、攻撃性はないから相手を打ちのめすことはできない。(できるっちゃできるけど、それは和合の精神に反する)
そもそも俺にそんな力はないので、向こうが諦めるまで俺は相手をしなきゃならないんだよなぁ。
まぁ、ラヴィアンたちは俺をどうにかして捕まえようとしているだけなので、殴りかかってくるわけじゃないから対応できるんだけどね。
でもいい感じに集中力や忍耐力を鍛える相手が出来たと考えよう。
神経を研ぎ澄ませれば、余計なことを考えなくても済むし――――。
特に危険性はないと判断したのかシルバやノワルは欠伸をしながら眺めているし、(俺がそのままでいいなんてカッコつけちゃったからだけど)スプリガンやグロリアスのみんなが駆けつけてくるまで、俺の合気道の早朝稽古は続いたのであった。




