ヴォロスのトラウマ
一方、魔王勢対メドゥーサ軍の戦場では──。
「よお、リュネシス?」
ヴォロスが野太い声を発して、背後の馬上にいる魔王を見上げた。
すでに目前の敵はあらかた片付けられ、双頭守護神のふたりだけに前線を任せても問題のない戦況となっている。ゆえに、男は辺りに油断なく目を配りながらも、一旦戦いの手を止めて疑念を口にしていた。
「蛇蝎城ってのは、あれだろ……中に入ったらメドゥーサの〝邪眼〟の力とやらで、魔法が使えねえとか言うやべえ城じゃなかったか?」
「そうだ」
平然と応える魔王に、ヴォロスは体ごと向き直った。
「そんな所にひとりで乗り込んで大丈夫かよ?アカーシャの一番苦手な場所じゃねえのか?まあ、あいつのことだから心配はしてねえがよ」
「──」
表情を重くして押し黙る魔王をフォローするように、脇に佇んでいたディーネが口を開く。
「魔法を使えないのは相手も同じこと。ある意味その状況が有利に働くかも知れません。アカーシャさんの本当の実力は、炎の魔力だけではありませんよ。飛び抜けた肉体の強靭さと、何者もの理解を上回る、凄まじい〝魔眼〟の力もあるのですから。そして〝魔眼〟の力は、魔法とは別物ですから魔封じに関係なく有効に働きますからね」
「〝魔眼〟同士の対決になるな。アカーシャは始めからそのつもりだ。そしてルナに言った通り、ごく限られた時間内にメデューサを倒し、始末をつけるだろう」
険のあった顔つきを今は鎮めて、魔王は言い放った。
その言葉に反応して、少し離れた場所で気になって仕方がないといった感じで聞いていたルナだったが、我慢ができなくなり三人の中に強引に割って入ってきた。
「何?〝魔眼〟とか〝邪眼〟とか、訳わかんないですけど!?あたしにも解るように説明して!」
おそれを知らぬ少女の態度に、少し呆れたように顔を合わせる男ふたりに代わり、ディーネがまたルナのこともうまく取り持つ。
「〝魔眼〟も〝邪眼〟も定義は似たようなものです。どちらも超常的な力を秘めた眼力……と言いましょうか。そうですね。例えば、目を合わせただけで他人を操ったり、幻を見せたり、石に変えたり……この力がアカーシャさんも、メデューサも特に秀でているのです。だから、このふたりは戦いの相性が合っている。それゆえ他人任せにはせず、アカーシャさん自らがこの戦いに打って出たのですよ」
ディーネの丁寧な説明に納得しかけたルナに対して、リュネシスにしては珍しく、さらに補足するような形で付け足してやった。
「私ですら〝魔眼〟の力ではアカーシャに勝てない」
いくぶん、信じられないと言った表情を見せたルナの目に、リュネシスはしばしの間だったが、魔性の双眸で力強い視線を投げかける。
「この世の誰であろうと──アカーシャに〝魔眼〟の力で勝てる者など絶対に存在しない」
魔王の言葉なだけに、少女の脳裏にそれはとても熱く響いた。
加えてヴォロスが、ふと思い返すようにして呟いた。
「そうだな。それにあいつ、怒ったらめちゃくちゃ怖いんだよ。俺ぁ一回あいつにブチ切れられて、マジで殺されそうになったからな」
「何をしたの?」
ルナが、おぞましい記憶に震えているような様相のヴォロスを見つめて訊いた。
「い、いや……ちょっと、まちがえて……風呂、のぞいちゃった?」
「サイテー」
少女は腕を組みながら、目を細くして冷たく吐き捨てた。それを見てディーネが綺麗な口元に手を添えて、さもおかしそうにケラケラと笑う。
「あの時、リュネシス様が仲裁してくださらなかったら、ヴォロスさんは、今頃もうこの世にいなかったでしょうね」
雑談を交える四人の前に広がる戦場は、もはや完全にメデューサ側の総崩れとなっていた。双頭守護神のふたりが戦いの幕を閉じるように、敗走しようとする黒色兵団に容赦のない追い打ちをかけていく──。




