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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第七章 蛇の女王
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仇討ちに立つ女たち

 魔王勢とメデューサ全軍との戦いの()(ぶた)が切られた、前日の夜。


 アルゴスの首都エリュマンティスは、彼らの戦いとは対象的に、普段と変わらぬ静まり返った夜を迎えていた。


 都の西寄りには、整然と区画された閑静な住宅街が広がっている。

 そこは、ディアム城兵の宿舎や住宅などが寄り集まる一街区。国家を守護する者たちの住まう場所はそれにふさわしく、ある程度裕福感のある市街地として形成されている。


 半月の光が、居並ぶ(しょう)(しゃ)な建物の屋根の連なりを、()れたように照らしだす。

 それらのひとつひとつには、そこに居住する人々の見えないドラマがあるのだろう。

 夜が深更(しんこう)へと深まった頃、一層落ち着いた(たたず)まいを見せている街並みの角で、だがこの時──誰にも気づかせぬ小波(さざなみ)たった動きがあった。


 それは、夜空からの淡い月光が降り注ぐ中、人知れず旅立とうとする集団である。


 十人ほどはいるだろうか。全員が闇に溶ける黒いフードで身を包んだ女たちであった。

 顔も隠すように黒い布地で(おお)い、()(しゅつ)しているのは目の部分のみ。

 そこから(のぞ)く瞳には、危険なまでの悲壮感が(ただよ)っている。さらに(ふところ)には短剣や魔杖などの武具を忍ばせ、生け捕られても辱めを受けぬよう、自決用の毒を衣装の裏地に仕込ませていた。


 見るからに〝決死〟の気配を(はら)み、だがそれを今は可能な限り()し殺している女たち──明らかに何者かの殺害を目的とする暗殺集団であった。


 彼女らは、殺されたシュネイデル並びに特別部隊兵の身寄りの女性陣であった。


 この前夜、エリュマンティスに住まう彼女らの元に、切り取られた隊員たちの両手首と両足首が送られてきたのだ。

 つまりそれは、彼女らの身内である男共に考えられる限りの(むご)たらしい処刑をしてやったという、蛇の女王メデューサからの残忍極まりない無言のメッセージだったのだ。


 女たちは、一晩中哀しみに泣き続けた。


 愛しい夫を殺された者がいた。大切な兄あるいは弟を殺された者がいた。

 彼女らは元々、五妖星ケルキー麾下(きか)──魔道部隊の女たちであった。本来世間では受け入れられぬ魔女たちが、様々な理由で部隊から足を洗い、一般人に溶け込んで、今は幸せな生活を(つか)んでいたのである。


 すでに戦いの場から一線を退(しりぞ)き、この地で安らいだ暮らしを営んでいた女たちであったが、一夜泣き尽くしてから決断した。

 必ずや六魔導メデューサを打ち倒し、無惨に殺された男たちの(かたき)を討たんことを──。


 その捨て身の覚悟を決めた魔女たちの先頭に立つひとりの若い女が、集団を導く形で腕を振って、街の出口に向かって駆け出した。すると他の者たちも、後を追って走り出す。


 静まり返った深夜の街路をそそくさと進んでいく一行は、街灯の光を()けながら、そっと影から影へと移動している。まるで闇夜に溶け込むかのように。

 やがて街の出口にたどり着き、門扉を警護する衛兵を呪文で眠らせ、エリュマンティスの外へと踏み出そうとしたその時──。


 突然、魔女たちの背後から声がかかった。


「お前たち、こんな真夜中にどこへ行こうというのだ?」


 艶気を含むその声に覚えがあるような気がしてギクリと一瞬固まりながらも、一団を先導していた女がさっと振り返る。同時に他の者たちも、身構えながら声のした方に顔を向けた。


 直後、彼女たち全員が驚愕に目を見開いた。


「ケ、ケルキー様!」


 そう……。

 真夜中の大路に(たたず)むのは、闇色のローブを身にまとい、闇色の外套(マント)をはためかせ、鮮やかなまでの金髪が暗がりに映える妖しくも美しい女──かつて彼女らの首領であった妖術師ケルキーであったのだ。


 魔王リュネシスやアカーシャ不在時における、この国の守護を任されたケルキーは、現在深刻な政治情勢を抱えているアルゴスに巣食う敵勢力との戦いに身を投じるため、この地に滞在していたのだ。


 だが、そのような裏の事情を女たちには知る由もない。


「随分立派な(いくさ)(しょう)(ぞく)ではないか……もう一度聞くがお前たち、こんな夜更けにどこへ行こうとしているのだ?」


 焦りの見えだした魔女たちにゆっくりと近寄りながら、ケルキーは再度訪ねた。


「どこへ行くのか、と聞いているのだが……?」


 声に一段と強みがかかる。

 その、以前は目も合わせられぬ、恐ろしい首領であった者の圧にたじろぐ女たちであったが、先頭の魔女が勇気を振り絞って一歩前に出る。


「仇を討つのです!」


 なかば、自暴自棄になったように彼女は叫んだ。


「夫を殺されたのです!全身を切り刻まれて、(とむら)ってあげることもできない残酷なやり方で!!」


 泣き叫ぶがごとき声を発する女に続いて、他の魔女たちも次々に前へ進み出て悲鳴に近い声を重ね合わせた。


「私は兄を殺されました!私がみんなから(いじ)められていたときに、いつもかばってくれた兄さんを!!」


「私はたったひとりの弟を!絶対に許せません!!」


 眉をひそめながら、かつて配下であった女たちの訴えをケルキーは聞いていた。

 本来自分とは口も聞けぬ立場の、ただの軍団員に過ぎなかった彼女らが、第三魔軍の頂点に立つ恐怖の首領、五妖星ケルキーに対して、これほどまでに強気に感情をむき出してくることに内心驚かされていた。


しかし、ややあって妖術師は冷酷なまでの口調で返した。


「ほお?それで、中途半端な能力しか持たぬお前たちが力を合わせ、憎き仇の六魔導メデューサを打ち倒しに行こうという訳か?それができれば、めでたしめでたしだな──」


 皮肉な色合いをたっぷりと言葉に込めて、しばし沈黙を置いてから、ケルキーは女たちに厳しく言い放った。


「ばかめが!万が一にも、お前たちごときに倒せる相手か!!死体の数が増えるだけだ!!しかも、メデューサの元にたどり着くこともできずにな!!」


「そうかも知れません!」


「でも、絶対に許せません!!」


 口々に叫ぶ女たちの無念をさらに強く表現するかのように、先頭の魔女──近衛隊長シュネイデルの妻エルザが、膝を折って泣き崩れた。


「あんなに……あんなにいい人を……私の大切な人を……あんな残酷なやり方で殺すなんて!」


 エルザは元々、妖術師ケルキーの側近だった。数多いる側近たちの末端に過ぎない彼女だったが、五妖星ケルキーに直接仕えられるのだからそれなりに優秀な魔女ではあった。

 しかし、温厚すぎる性格が災いして、戦いには向かないと判断され、いつしか側近の座を降ろされてしまった。彼女の若く美しいがゆえの、そこらにいそうな町娘と変わらぬ気質は、百戦錬磨のケルキーから見れば、千変万化の危険な戦場に連れ出すには不向きとしか思えなかったからだ。


 やがてエルザは知り合いのつてを頼り、ディアム城の宮女として勤め始める。


 そこで城の近衛隊長シュネイデルと知り合い、恋に落ち、ふたりは結ばれた。

 身も心も彼と(つな)がった後、娘は知られざる過去の秘密をすべて男に打ち明けた。気の弱い男なら逡巡(しゅんじゅん)する告白であったろう。


 だが男はそれを、無条件で受け入れた。彼にも魔王の使徒を勤めているという、尋常ならざる隠し事がある。シュネイデルもその機密事項をエルザにだけは正直に話した。それが、敬愛するリュネシスを裏切ることになるとは思えなかったからだ。


 お互いが秘密を打ち明けあった後は、どちらも胸につかえていた心の荷がすっと降りるような感じがした。そうしてふたりは、大事な秘密を共有した夫婦として、より(つよ)い絆で結ばれることとなったのである。


「私の夫……この世でたったひとりの大切な人……」


 エルザは喉をつまらせて、むせび泣いた。

 彼女の中で今、シュネイデルとの愛しい過去の思い出がまざまざと浮かび上がって深い哀しみと混ざり合い、その胸をより切なく締め付けていた。


 そんなエルザをしばらく無言で見守った後、ケルキーはその隣に静かに腰を下ろした。

 泣き続ける女の背をそっと優しくさすってやり、先ほどまでとは打って変わる穏やかな声音に変え、まだ若い未亡人の耳元でささやくように言った。


「その夫との間に、かけがえのない子ができたのではないか。まだ幸福が残っているではないか。それなのに、お前までいなくなれば誰がその子を守ってやれるというのだ?」


「……」


 わずかに息を呑むエルザに、ケルキーはさらに(さと)すように続けた。


「お前たちの気持ちもよく解る。できれば私が、お前たちに変わって仇を討ってやりたいと思っている……」


「う……」


「ひっく……」


 女たちが皆、()(えつ)を漏らしながら、今はケルキーの言葉に耳を傾けるようになっていた。


「それでも、この私ですら六魔導のメデューサには勝てんのだ。もしお前たちに変わってメデューサと戦う機会を与えられた所で、(みじ)めに石にされて返り討ちに合うのがオチだろう」


 ケルキーは、ここでまた少しの間を開ける。


「だがな──」


彼女は、言葉に(つよ)い力を込めて続けた。


「だが今、アカーシャ様が奴の元に向かっている!アカーシャ様が奴をきっと打ち倒してくれる!」


 ケルキーはさらに、全員ひとりひとりの顔をしっかりと見回してから言い切った。


「……大丈夫だ。我らのアカーシャ様なら必ずや、お前たちの無念を余さず晴らしてくれるだろう」


 深い闇の中、女たちの首領妖術師ケルキーの確信に満ちた声がりんとして響き渡っていた。







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