決死隊
「やはり噂は本当だったな」
薄暗がりの中で押し殺した声が響く。
「はっ」
続いて、若い男がそれに応えた。
最初に声を発したのは、齢三十ほどの少し痩せた男である。
栗毛色の髪と瞳が好印象で、見る者に安心感をもたらせる顔をしている。
だが、全身から醸し出される雰囲気には、歴戦の勇士しての重みが漂っている。
ディアム城近衛隊長シュネイデルであった。
シュネイデルは身じろぎもせず、ひとつの方向に視線を定め続けていた。
すだれのような壁の隙間から見える、目前の景観に没頭する近衛隊長の指示を待つのは、優秀だがまだ年若い副隊長であった。
そこは、イスカリオーテの朽ちかけた家屋の中である。
時刻は夕刻頃。
市街地にいくつもある、人の住まなくなった荒れた住居のひとつに、十人ほどの逞しき戦士たちが隠れ潜んでいた。
彼らはエリュマンティスのエリート戦士団──言わずと知れた、近衛隊長シュネイデル率いる特別部隊である。
アルゴスの北の国境から500キロもの距離にあるこのイスカリオーテまで、わずか十日あまりで軍馬を操り駆けつけて来たのだ。
彼らは皆、地元住民の服装に扮しているが、その目には愛する国家に忠誠を尽くさんとする者たちの輝きがあった。
そんな彼らの頭目たる近衛隊長シュネイデルの視線の先で、荒廃したイスカリオーテの恐るべき光景が展開されていた。
市街地の中心には、巨大な建造物がそびえ立っている。
三百年の歴史を誇るイスカリオーテ王城であった。
堂々とした存在感と厚い石壁、壮大な門は、かつての王や騎士たちが住んでいたことを物語っている。
だが、今は──。
あからさまにどす黒い雰囲気を醸し出した、魔の者の潜む城と言った風情が漂う。
城の影が夕焼けの射光で黒々と広がり、街にのしかかるがごとく覆っている。まるで、そこに住む悍ましい何者かの、邪悪なオーラであるかのように。
街の往来を、数台の荷馬車に分乗して城に向かおうとする黒衣の者たちの集団があった。
目と口の部分だけをくり抜いた黒地のマスク。そして額の部分には、赤糸で蛇の紋章を刺繍している異様な風体の七、八人ほどの団体である。
彼らはめいめいの馬車に、縄でぐるぐる巻きにした〝あるもの〟を乗せて運んでいた。
子供たちである。
皆、多く見積もっても十二歳にも満たぬであろう男児たちだった。
その子たちは脅されているためなのか、疲労のためなのか、ほとんど声も立てず動くこともない。
やがて一団は、城の正門の前にたどり着く。
同時に門は彼らを迎えて静かに大きく開かれた。すると黒衣の一団は、けたたましい蹄の音を立てながら、その中へ吸い込まれるように姿を消していった。
夕間暮れに過ぎ去った、刹那の出来事である。
すべては些末な日常生活の一部であるかのように営まれ、また事実イスカリオーテでは、そんなことに気にかける者は誰もいない。
邪悪の巣くうこの国に、危険も顧みず侵入を果たした、エリュマンティスの戦士たち以外──。
「行くぞ」
意を決した声が、暗がりを支配していた静寂を打ち破る。
「我々は魔物たち相手にも戦えるよう編成された、エリュマンティスの特別部隊だ。当初はこの地の偵察、並びに囚われた子供たちの救出が任務であった。しかし、これを見てしまった以上、事情が変わった──」
シュネイデルは眉根を寄せた深刻な表情で、部下たちを見回した。
「今は子どもたちの救出だけが急務だ!一切の諜報活動は放棄し、極秘の内に子供たちを救出し、即座にこの地を離れる。後、数刻で日が完全に暮れる。危険はあるが日暮れとともに、闇にまぎれて任務を決行する!」
「ははぁっ!」
差しせまる恐怖を肌に感じ、生きて帰れぬかも知れないことを理解しながらも隊員たちは、外に響かぬ程度に精一杯声を張り上げる。
偽装していた服を脱ぎ捨て、携行していた鉄の兵装にがちゃりがちゃりと身を固め、粛々と戦いの準備に取りかかる。
宵の口は、すぐそこにまで近寄っている。
それはまるで巨大な怪物であるかのごとく、人の身に過ぎぬ者たちを飲み込もうと待ち構えていた。




