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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第七章 蛇の女王
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決死隊

「やはり(うわさ)は本当だったな」


 薄暗がりの中で押し殺した声が響く。


「はっ」


 続いて、若い男がそれに応えた。


 最初に声を発したのは、(よわい)三十ほどの少し()せた男である。

 栗毛色の髪と瞳が好印象で、見る者に安心感をもたらせる顔をしている。

 だが、全身から(かも)し出される雰囲気には、歴戦の勇士しての重みが(ただよ)っている。


 ディアム城近衛隊長シュネイデルであった。


 シュネイデルは身じろぎもせず、ひとつの方向に視線を定め続けていた。

 すだれのような壁の(すき)()から見える、目前の景観(けいかん)に没頭する近衛隊長の指示を待つのは、優秀だがまだ年若い副隊長であった。


 そこは、イスカリオーテの()ちかけた家屋の中である。


 時刻は夕刻頃。


 市街地にいくつもある、人の住まなくなった荒れた住居のひとつに、十人ほどの(たくま)しき戦士たちが隠れ潜んでいた。


 彼らはエリュマンティスのエリート戦士団──言わずと知れた、近衛隊長シュネイデル率いる特別部隊である。

 アルゴスの北の国境から500キロもの距離にあるこのイスカリオーテまで、わずか十日あまりで軍馬を(あやつ)り駆けつけて来たのだ。


 彼らは皆、地元住民の服装に(ふん)しているが、その目には愛する国家に忠誠を()くさんとする者たちの輝きがあった。


 そんな彼らの頭目たる近衛隊長シュネイデルの視線の先で、荒廃(こうはい)したイスカリオーテの恐るべき光景が展開されていた。


 市街地の中心には、巨大な建造物がそびえ立っている。

 三百年の歴史を誇るイスカリオーテ王城であった。


 堂々とした存在感と厚い石壁、壮大な門は、かつての王や騎士たちが住んでいたことを物語っている。


 だが、今は──。


 あからさまにどす黒い雰囲気を(かも)し出した、魔の者の(ひそ)む城と言った風情が(ただよ)う。

 城の影が夕焼けの射光で黒々と広がり、街にのしかかるがごとく(おお)っている。まるで、そこに住む(おぞ)ましい何者かの、邪悪なオーラであるかのように。


 街の往来を、数台の荷馬車に(ぶん)(じょう)して城に向かおうとする黒衣の者たちの集団があった。

 目と口の部分だけをくり抜いた黒地のマスク。そして(ひたい)の部分には、赤糸で蛇の紋章を()(しゅう)している異様な風体の七、八人ほどの団体である。


 彼らはめいめいの馬車に、縄でぐるぐる巻きにした〝あるもの〟を乗せて運んでいた。


 子供たちである。


 皆、多く見積もっても十二歳にも満たぬであろう男児たちだった。

 その子たちは脅されているためなのか、疲労のためなのか、ほとんど声も立てず動くこともない。

 やがて一団は、城の正門の前にたどり着く。


 同時に門は彼らを迎えて静かに大きく開かれた。すると黒衣の一団は、けたたましい(ひづめ)の音を立てながら、その中へ吸い込まれるように姿を消していった。


 (ゆう)()()れに過ぎ去った、(せつ)()の出来事である。

 すべては()(まつ)な日常生活の一部であるかのように(いとな)まれ、また事実イスカリオーテでは、そんなことに気にかける者は誰もいない。


 邪悪の巣くうこの国に、危険も(かえり)みず侵入を果たした、エリュマンティスの戦士たち以外──。


「行くぞ」


 意を決した声が、暗がりを支配していた(せい)(じゃく)を打ち破る。


「我々は魔物たち相手にも戦えるよう編成された、エリュマンティスの特別部隊だ。当初はこの地の偵察(ていさつ)、並びに囚われた子供たちの救出が任務であった。しかし、これを見てしまった以上、事情が変わった──」


 シュネイデルは(まゆ)()を寄せた深刻な表情で、部下たちを見回した。


「今は子どもたちの救出だけが急務だ!一切の(ちょう)(ほう)(かつ)(どう)は放棄し、極秘の内に子供たちを救出し、(そく)()にこの地を離れる。後、数刻で日が完全に暮れる。危険はあるが日暮れとともに、闇にまぎれて任務を決行する!」


「ははぁっ!」


 差しせまる恐怖を肌に感じ、生きて帰れぬかも知れないことを理解しながらも隊員たちは、外に響かぬ程度に精一杯声を張り上げる。

 ()(そう)していた服を脱ぎ捨て、携行(けいこう)していた鉄の兵装にがちゃりがちゃりと身を固め、粛々(しゅくしゅく)と戦いの準備に取りかかる。


 (よい)の口は、すぐそこにまで近寄っている。

 それはまるで巨大な怪物であるかのごとく、人の身に過ぎぬ者たちを飲み込もうと待ち構えていた。








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