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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第六章 戦士たちの集結
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法王国家アルゴス

 アルゴスの首都エリュマンティス。


 そこはアルゴスの西の国境から、東に向かい八百キロあまり入り込んだ内陸に位置する。

 大陸の奥地から流れる美しい大河のほとりにあり、人と異種族が共存できる理想都市。ゆえにあらゆる文化──特に魔法文化においては、他国には想像すらできぬほどの発展を()げている。


 かつては魔都と呼ばれ、魔王に支配されていた国家であった。


 だが、そこに住まう人々は、そのような過去を知らぬ。彼らの記憶と歴史──そして国家体制そのものまでもが、ある日ある時をもって、神がかりな()(わざ)によりまるごとすり替えられた為である。


 人々はそれに気づかず、また他国との交流もないため外に()る者には知る(よし)もない。


 しかる後、正しく(ばん)(じゃく)な法王制が実現され、アルゴスは地上のいかなる国よりも豊かさと平和を実現させた唯一の法王国家となったのだ。


 それゆえの無知であろうか。


 世界が魔女王の影に(おび)え激震が(はし)り抜けている今でも、首都エリュマンティスの民は、どこまでも安穏(あんのん)とした暮らしを(きょう)(じゅ)している。


 しかしこの街の一角に、闇が(しん)(しょく)している事実を知り、この後に始まる大いなる戦いの(きざ)しとなる者たちが密かに到来していた。




「これが一般の宿?あたし初めて泊まる」


 ルスタリアの王女ルナが、(もの)(めずら)しそうに異国の建物の内装を見回していた。


 年季の入った厚みのある壁。そして、ひのきを木材にしたしっかりと太い柱。窓は少しすすけているが、何とも言えない生活感が(かも)し出されている。


 そこは、さびれた宿の食堂を()ねた広間であった。

 もう、夜が()けようとしている時間帯である。


 日の明るいうちにアルゴスに降り立った三人の戦士は、都にほど近い森林地帯の中にスレイプニルを隠し、そこからは徒歩で移動し、夕刻に入る頃には目指すべき約束の地エリュマンティスにたどり着いていたのだった。


「今は可能な限り目立つ行動は()けたい。姫には多少(きゅう)(くつ)でしょうが、今夜はここで休むことにしましょう」


 少し疲れた様子のルナのために、べテルギウスが見つけたのは、街角にある小さな宿屋であった。


 見かけこそ(わび)しいものの、しっかりとした設備を備え、それなりの清潔感が感じられる宿泊施設である。

 そこならば隠密(おんみつ)行動とはいえ、王女を不快にさせない程度の食事や寝床ぐらいは確保できそうに思われた。


 だが宮廷暮らししか知らぬ姫とはいえ、すでに色々な覚悟のできているルナ自身は、元より()(まつ)なことでわがままを言う気などさらさらない。

 それは隠れた彼女の美徳でもあったのだ。


 運び込まれた夕食──これもルナにとっては初めての、香辛料の効いたアルゴスの郷土料理である。

 美味(びみ)とはいえ好みの分かれるその味にも一言も口を(はさ)むことなく、他のふたりと黙々(もくもく)と食事につく。


 夕食を終え疲れを感じ、少女がもう床につこうかと思い始めた頃に、ベテルギウスが唐突(とうとつ)に切り出した。


「まずは軽く、これからの計画を立てましょう。その前に、()(きゅう)お伝えすべきこともあるのです」


 意味(いみ)(しん)な笑みを口元に(ただよ)わせ、賢者はこの世界には馴染(なじ)みない、複雑怪奇な古代文字で書かれた一枚の書状を取り出した。


 黙しているライガルの表情が、何かの予感に(きび)しくなる。

 同時にルナも書状をちらりと見た瞬間、わずかに目を()いた。


「それって、もしかして……」


「ええ。さすがにお気づきのようですね。」


 ベテルギウスは、三人が囲うテーブルの上に書状を広げてみせた。


「百年前のエルシエラ大戦のおり、私が敵の総帥(そうすい)であるアカーシャに、意思(いし)()(つう)のため放った式と同じ形式のものをあえて使ってみたのです。はたしてそれが現代においても通用するかは、私も確信は持てなかったのですが……意外にも有効だったようです。この返事をくれたのも、間違いなくあの魔女──アカーシャと見て間違いはないでしょう。ただし、現時点であちらから許可されたのは魔王との直接面会ではなく、この国の法王との謁見(えっけん)のみでした」


「それでもすごくない?法王様ってこの国で一番偉い人なんでしょ?」


 ルナは(きょう)()(しん)々(しん)で身を乗り出していた。


 すでにベテルギウスから、アルゴスで起こった様々(さまざま)な内情は耳にしている。

 それゆえ、もうこの国の国家体制や、他国とのあらゆる歴史的見解に対する差異(さい)は理解しているのだ。


 つまり他国においては、魔王リュネシスが(いま)だにアルゴスを支配していると認識されているが、この国の人々の間ではその存在は、おとぎの世界の住人として語り伝えられていることを──。


「で、あたしたちはいつその法王様に会えるの?」


「明日、ですよ」


「早!」


 (はず)みそうな気分をなんとか抑え、ルナは(つと)めて落ち着いた声を発しようとする。


「でも法王様は、あたしたちのことが解ってるの?あたしがルスタリアの王女だとか、あなたたちが百年前の双頭守護神だとか……ふつう、誰もそんな話は信じないよ?」


「……」


 ライガルも、ルナに同意するような表情を浮かべてベテルギウスを見つめた。


「その点については大丈夫でしょう。すでに、法王には詳細は伝わっているはずです。あの抜け目のない魔女のすることですから」


「どゆこと?なんか意味ありげに聞こえるんですけど」


「つまり、向こうも我々に会いたがっているということですよ」


 確信に満ちたベテルギウスの言葉を聞いた瞬間、ルナの(のう)()に幼い日に出会った若者の顔が思い浮かぶ。夢の中で何度も何度も助けられた、あの美しい男の顔が──。


「それってつまり……魔王リュネシスが、あたしに……あたしたちに会いたがってるの?」


 知らず言葉を()まらせて問うルナに、ベテルギウスは淡々(たんたん)とした口調で(こた)えた。


「魔王の(しん)()までは解りませぬ。しかし、魔女アカーシャの方には……どうもそのようなニュアンスが、私には感じられるのです」


 少しの間、三人の間に()(みょう)な沈黙が流れ──(ぜつ)(みょう)に時を置いてから、賢者は話の()めくくりに入った。


「待ち受けているのは我々に対する協力であるのか、敵対であるのか……彼らは何を意図(いと)しているのか……」


 賢者は、その表情と口調をあえて(やわ)らげて言った。


「ですが、ここまで来ればもうこれ以上は考えず、信頼して(おもむ)くことにしましょう。明日、この国の法王の所へ──」


「──」


 ライガルは得心(とくしん)した様子で軽くうなずき、腕を組むと黙想するように目を閉じた。


 対象的にルナは、ドキドキと()(どう)が高鳴っていく。

 少女はそれを抑えようと、そっと胸に手を当てて、いくつかの呼吸を重ね合わせる。そうして目を閉じて、ようやく心音を(しず)めていった。


 すでに夜は深まっている。


 途切(とぎ)れた雲間の隙間から月影(げつえい)が差し込んで、心正しき三人を(さえぎ)る闇を照らしだすかのように、うっすらと辺りに降り注いでいた。




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