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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第五章 竜剣士ルナ
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あの男のもとへ 

 その男──ベテルギウスは、ルナの目前まで歩み寄って来ると片膝を突いた。


 質の良い生地を用いた白色のマントを羽織(はお)る、すらりと(ほど)よく長身の青年であった。

 目にも鮮やかな銀の髪と銀の瞳。そして、目鼻の整い引き締まった顔立ちには知性的な魅力が(あふ)れ返っている。


「……あなたが……ベテルギウス?」


 理解の追いつかない事実に(とまど)い、ルナは忽然(こつぜん)と現れた折り目正しい若者に、ただそれだけを問いかけた。


「はい」


 応えてベテルギウスは、左手の二本の指を立てて唇に当てると、右(てのひら)をルナにかざしながら短い呪を唱える。

 すると、たちどころにルナの体の重みが消えた。


 極めて高度な回復の呪文であった。

 ルナの知る限り、これほどの術を使いこなす者は、一流の魔道士の(そろ)うクレティアル王城にもいない。


「……ありがとう。分からないことだらけだけど、先にこいつを始末してからね」


 ルナは体の回復を確認するために、二・三回しなやかに腕を伸ばして見せる。

 直後ヴェータラに視線を向けると、白い犬歯をむき出しにして〝にいっ〟と笑みを浮かべた。


「ひぃっ!」


 その微笑みの異様なまでの鮮麗(せんれい)さに、屍術師(ネクロマンサー)は恐怖に(すく)み上がる。


 しゅっ──と剣を演出感たっぷりに()いで、ルナはずかずかと敵に歩み寄った。


 少女の持つ王家の剣がギラリ!と輝く。卑屈な男は今になってみっともなく命乞いをしたが、彼女は当然聞く耳を持たなかった。


 無造作に剣を振る──ヴェータラの体は、その一振りで真っ二つに斬り裂かれた。

 失血死にいたる大量のどす黒い血が床いっぱいに広がる。

 しかしルナは、念を入れて何度も何度も丁寧ていねいに斬り裂いた。命を絶たれた瞬間の屍術師(ネクロマンサー)の貌は、まさに邪鬼のごとく(みにく)くゆがみ切っていた。


 ルナは満足げにふうっと肩で息をすると、剣を華麗にくるくると回転させて腰の(さや)にするりと収めた。

 それは、(よど)みひとつない、流れるように完成されたれいな動作であった。


──母上、父上、ごめんなさい。今は、これが精いっぱい……。


 王女は(てい)(ちょう)な仕草でもうひとつの剣──銀の短剣を腰の(さや)から取り出して、屍術師(ネクロマンサー)の刻まれた()(がい)の前に置いた。

 彼女は(おごそ)かな表情に変え、右手を胸にそえ、左手を祈りの形にして瞑目する。


 それは、死者への手向けを意味するルスタリアの儀式であった。


 もちろん魔物たちの冥福を祈った訳ではない。

 せめて今はその者たちを、殺された人々への無念を晴らす()(もつ)として捧げたのであった。


 (しば)し、時が流れて──。


 赤紫(マゼンダ)色の髪を(ひるがえ)して、ルナは元気よく振り返った。


「ベテルギウス・レムリアル──百年前の賢者だよね」


 ルナは明るく声を響かせて、銀の短剣を腰元に収めながらベテルギウスに歩み寄った。


 いかなる経緯(いきさつ)があったのか解らぬが、すでに彼女の中では、目の前の男が伝説の賢者その人であるという確信に達していた。


「はい」


 ベテルギウスは、片膝を突いたまま軽く頭を下げた。


「あたしはルスタリアの王女ルナ・ユースティ・レミナレス」


 ルナは先ほどの銀の短剣を(さや)ごと取り出し、背の部分に刻まれた王家の紋章を見せる。


「ルスタリアが危機に(ひん)して旅をしてるの。あなたのことも、あたしに分かるように説明してくれない?」


 屈託(くったく)のない少女の物言いに、ベテルギウスは薄く笑みを浮かべて気持ちよく応えた。


「百年前、私はルスタリアに侵攻せんとする、魔王軍の侵略を食い止めるために戦いました」


「知ってる。〝エルシエラ大戦〟だね。その話の中では魔王軍総帥アカーシャ配下の〝五妖星〟のひとり、ケルキー率いる第三魔軍と戦った賢者の伝説が特に有名だよね」


 それぐらいの歴史は知ってるんだから──と言わんばかりに、ルナは少し得意げに胸を張る。

 そんな少女を(いつく)しむ兄のような目で見つめて、ベテルギウスは続けた。


「戦いは()(れつ)で、私と敵の将は互いの命を落とす寸前にまで追い込まれました。しかし、そこで大きな力が働いたのです。気がつけば私は光の世界に導かれ、真の敵と戦わねばならぬ、この時まで眠りにつかされていました」


「その、大きな力って?」


「……おそらくは魔王リュネシス──いえ、これは仮説ではない。まちがいなくあの男が関与しています」


 場が、凍り付いた──。


 心に秘めていたその名を耳にして、ルナは動揺(どうよう)を隠せなかった。


 (きょう)(がく)、あるいは感動であろうか。一時に(あふ)れるような想いが頭を(よぎ)って少女の()(どう)を早くする。

 痛いほどに懐かしい、見えない運命の導きを確かに感じる。


「あたしも知ってるよ。そいつのこと……」


 無意識にぽろりと言葉が(こぼ)れた。


「本当はね。そいつに会いに行こうと思っていたの。今まで誰にも話せなかったことだけど、あたし小さいときにそいつに助けられたんだよ。魔物たちに殺されそうになったところを……」


 ルナは心臓の高鳴りを押さえるように、掌を胸に当てる。


 何か恐ろしい──しかし、やはりそうだったのかという(あい)()れぬ気持がぐるぐると(うず)()いていた。そして、すべてが何とも言えない幸福な感情へと(しょう)()されていく。


 思い(まど)うルナの気持ちを(さっ)したのか、ベテルギウスは少し間を開けてから絶妙な呼吸で言葉を交えた。


「この戦いには何か大きな秘密が隠されています。私もリュネシスは敵ではないと確信しています」


「そうだよね。あいつはきっと──」


 大切なことを思い返すような視線を遠くに注いだままルナは呟いた。

 ややあって、少女は決意を秘めた眼差しを賢者に向ける。


「行こう。あの男のもとへ……」


 ベテルギウスはルナの(つよ)く輝きを秘めた表情を見つめ、銀の瞳の奥に無数の思考の色彩(しきさい)をゆらめかせる。


 そして導き出された結論に男も同意を示して──おもむろに無言で頭を下げた。



 




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