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エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第五章 竜剣士ルナ
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ルナの反撃 

 ひとめ見て魔導士であろうと(うかが)い知れるその容貌(ようぼう)は、いかにも悪辣(あくらつ)な雰囲気で満ちていた。


 ごつごつと骨ばった貌は驚くほど血色が悪く、また歪んだ精神構造でなる()んだ思いが、そのまま表情に浮き彫りとなっている。

 しかし、その目はただならぬ眼光を放ち、魔法の使い手としては相当な手練(てだ)れであろうことを少女に瞬時に悟らせた。


「申し遅れました。私はヴェータラ。不死王リッチ様にお仕えする屍術師(ネクロマンサー)のひとり……僭越(せんえつ)ながら、あなた様のお命をもらい受けに参りました」


 耳元に(から)みつく不快な声で男は名乗った。


 その物言いにも、ことさら(かん)(さわ)ってルナは声を張り上げる。


「キモ!あんたの名前なんてどうでもいいって!今すぐぶっ殺してやるからね!!」


「はは……お若いゆえに拙速(せっそく)ですな。では、こちらも速やかに片付けましょう」


 野卑(やひ)な笑みを浮かべてヴェータラが短く呪を唱える。

 彼は、刻まれたアンデッドたちに向けて軽く掌をかざしてみせた。


 すると、(むくろ)となって倒れていたはずの二体の化け物たちが、命を吹き込まれたようにぴくりと反応する。


 直後、胴体だけの体がむくりと起き上がりルナに(せま)った。

 それは、頭を失っているにもかかわらず、なめらかな動きで少女の手足を押さえにかかる。


 だが、さすがにルナはこの奇襲を予測していた。


 先に接近してきた食屍鬼(グール)(ふところ)に素早く飛び込み腰から上を真っ二つに斬り裂くと、返す刀でマミーの両腕・両足を切断する。

 目にも止まらぬ高速の剣で、アンデッドたちは今度こそ五体をバラバラに切断された。


 しかし、この二体の動きこそが、次なるヴェータラの攻撃の布石であったのだ。

 二体もの強敵を相手にしたルナが、そこに全神経を集中せざるを得ない状況を、あえて作り出したのである。


 アンデッドたちの襲撃だけにルナの注意が注がれたわずかな一瞬を、ヴェータラは見逃さなかった。

 迅速(じんそく)に印を結び、剣呑(けんのん)な呪文詠唱を闇に反響させる。その言葉を耳にした時には、少女はすでに呪文の効果範囲内に誘い込まれていた。


「うっ」


 不意に全身が(なまり)のように重くなる。同時に意識が朦朧(もうろう)とし始めて、手足の力が抜けていく。


——しまった!


 失われていく力に(あらが)(すべ)を見出せぬまま、ルナは膝から崩れ落ちた。

 それをさも、虚仮こけにするように観察しながら、いやらしく口元をゆるめてヴェータラは歩み寄ってくる。


「ふふ……()(あい)もない。やはり子供ゆえ、実戦経験がまだまだですな。」


「くっ!卑劣な……」


 噛みしめたルナの唇から、(うめ)きが()れた。


 全身の不快な脱力感が、耐え(がた)い違和感へと変化していく。それはゆっくりと——否、実際には恐ろしいまでの勢いで体の底の方から、眩暈(めまい)と吐き気として置き換わっていくのが感じられた。


 少女の表情に青ざめた焦りの色が浮かび上がるのを、狡猾(こうかつ)屍術師(ネクロマンサー)は見逃さなかった。


「ぐふふ……お気づきですかな?そう……今、あなたにおかけした呪文は暗黒魔法——私は屍術の一環(いっかん)として、こちらの魔法も得意としておりましてな。この呪文の初期効果は体の麻痺(まひ)と重い倦怠感(けんたいかん)なのですが、まもなく()(てつ)もない苦痛に変わって、全身から血を吹き出して死ぬことになるのですよ」


 ヴェータラは不快な(じゅう)(めん)を作って、ルナの表情を見定めた。


「ところで〝精霊の羽衣〟はどうしましたか?クレティアル城から、あなたが持ち出したのでしょう?」


「知るか……ばか!」


 ルナは、(しぼ)り出すような声を発して(にら)み返した。


「素直に言えば、苦しまずに楽に死なせてあげますよ。そうそう、この呪文の本当の効果なのですが、死に至らせた者をアンデッドに変える。つまり、この術によって永遠に私の()(ぐつ)となれるのです。ククク……ルスタリアの王女がどんなかわいいアンデッドになるのか、今から楽しみですなぁ」


——くっそー!ふざけたことを……!


 (くち)()しさに口元を歪めるルナを見て、ヴェータラは(ちょう)(ろう)するような薄笑いを浮かべる。


「もう一度だけ、お聞きします。〝精霊の羽衣〟はどこにあるのです?」


「……」


「うーん?」


 うつむく少女の(かす)れる声をよく聞き取ろうと、ヴェータラがルナの口元に耳を近づけた、その時である。


「ギャーッ!!」


 熱湯を浴びせられた獣のような絶叫が、真夜中の城に響き渡った。


 叫びを上げていたのはヴェータラだった。

 いつのまにかルナが、敵の足の甲に銀の短剣を突き刺していたのだ。


 見事なまでに虚を()いて、屍術師の干からびた足を、床にがっしりと()い付ける。

 つい、今しがたまで動くこともできなかったとは到底思えぬ、瞬時に回復を成したルナの反撃であった。



「キモいから死ねって言ったんだけど、聞こえなかった?」


 直後、刺した短剣を引き抜いて、ルナは素早く飛び退(すさ)った。


「ふふーん、()めないでよね!あたしはこう見えても、ルスタリアでもひとりしかいない正統な〝竜剣士〟だよ?暗黒魔法の解呪の術ぐらい知ってんだから!」


「ま、まさか……私の高度な暗黒魔法を、こんな小娘ごときに解けるはずなどない!」

 (きょう)(がく)と、銀の短剣の破邪効力を上乗せした痛みが、闇深い屍術師の貌をさらに醜く歪めた。


「へへ……あたし勉強は嫌いだったけど、魔法の成績と格闘術だけは首席だったからね!つか、あんな安っぽい魔術があんたの本気(ガチ)だったんだ?」


 今度はルナが、さも馬鹿にしたように小さな鼻を鳴らして、かっこよく指で弾いていた。



 

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