ルナの反撃
ひとめ見て魔導士であろうと窺い知れるその容貌は、いかにも悪辣な雰囲気で満ちていた。
ごつごつと骨ばった貌は驚くほど血色が悪く、また歪んだ精神構造でなる病んだ思いが、そのまま表情に浮き彫りとなっている。
しかし、その目はただならぬ眼光を放ち、魔法の使い手としては相当な手練れであろうことを少女に瞬時に悟らせた。
「申し遅れました。私はヴェータラ。不死王リッチ様にお仕えする屍術師のひとり……僭越ながら、あなた様のお命をもらい受けに参りました」
耳元に絡みつく不快な声で男は名乗った。
その物言いにも、ことさら癇に障ってルナは声を張り上げる。
「キモ!あんたの名前なんてどうでもいいって!今すぐぶっ殺してやるからね!!」
「はは……お若いゆえに拙速ですな。では、こちらも速やかに片付けましょう」
野卑な笑みを浮かべてヴェータラが短く呪を唱える。
彼は、刻まれたアンデッドたちに向けて軽く掌をかざしてみせた。
すると、骸となって倒れていたはずの二体の化け物たちが、命を吹き込まれたようにぴくりと反応する。
直後、胴体だけの体がむくりと起き上がりルナに迫った。
それは、頭を失っているにもかかわらず、滑らかな動きで少女の手足を押さえにかかる。
だが、さすがにルナはこの奇襲を予測していた。
先に接近してきた食屍鬼の懐に素早く飛び込み腰から上を真っ二つに斬り裂くと、返す刀でマミーの両腕・両足を切断する。
目にも止まらぬ高速の剣で、アンデッドたちは今度こそ五体をバラバラに切断された。
しかし、この二体の動きこそが、次なるヴェータラの攻撃の布石であったのだ。
二体もの強敵を相手にしたルナが、そこに全神経を集中せざるを得ない状況を、あえて作り出したのである。
アンデッドたちの襲撃だけにルナの注意が注がれたわずかな一瞬を、ヴェータラは見逃さなかった。
迅速に印を結び、剣呑な呪文詠唱を闇に反響させる。その言葉を耳にした時には、少女はすでに呪文の効果範囲内に誘い込まれていた。
「うっ」
不意に全身が鉛のように重くなる。同時に意識が朦朧とし始めて、手足の力が抜けていく。
——しまった!
失われていく力に抗う術を見出せぬまま、ルナは膝から崩れ落ちた。
それをさも、虚仮にするように観察しながら、いやらしく口元を緩めてヴェータラは歩み寄ってくる。
「ふふ……他愛もない。やはり子供ゆえ、実戦経験がまだまだですな。」
「くっ!卑劣な……」
噛みしめたルナの唇から、呻きが漏れた。
全身の不快な脱力感が、耐え難い違和感へと変化していく。それはゆっくりと——否、実際には恐ろしいまでの勢いで体の底の方から、眩暈と吐き気として置き換わっていくのが感じられた。
少女の表情に青ざめた焦りの色が浮かび上がるのを、狡猾な屍術師は見逃さなかった。
「ぐふふ……お気づきですかな?そう……今、あなたにおかけした呪文は暗黒魔法——私は屍術の一環として、こちらの魔法も得意としておりましてな。この呪文の初期効果は体の麻痺と重い倦怠感なのですが、まもなく途轍もない苦痛に変わって、全身から血を吹き出して死ぬことになるのですよ」
ヴェータラは不快な渋面を作って、ルナの表情を見定めた。
「ところで〝精霊の羽衣〟はどうしましたか?クレティアル城から、あなたが持ち出したのでしょう?」
「知るか……ばか!」
ルナは、絞り出すような声を発して睨み返した。
「素直に言えば、苦しまずに楽に死なせてあげますよ。そうそう、この呪文の本当の効果なのですが、死に至らせた者をアンデッドに変える。つまり、この術によって永遠に私の傀儡となれるのです。ククク……ルスタリアの王女がどんなかわいいアンデッドになるのか、今から楽しみですなぁ」
——くっそー!ふざけたことを……!
口惜しさに口元を歪めるルナを見て、ヴェータラは嘲弄するような薄笑いを浮かべる。
「もう一度だけ、お聞きします。〝精霊の羽衣〟はどこにあるのです?」
「……」
「うーん?」
うつむく少女の掠れる声をよく聞き取ろうと、ヴェータラがルナの口元に耳を近づけた、その時である。
「ギャーッ!!」
熱湯を浴びせられた獣のような絶叫が、真夜中の城に響き渡った。
叫びを上げていたのはヴェータラだった。
いつのまにかルナが、敵の足の甲に銀の短剣を突き刺していたのだ。
見事なまでに虚を衝いて、屍術師の干からびた足を、床にがっしりと縫い付ける。
つい、今しがたまで動くこともできなかったとは到底思えぬ、瞬時に回復を成したルナの反撃であった。
「キモいから死ねって言ったんだけど、聞こえなかった?」
直後、刺した短剣を引き抜いて、ルナは素早く飛び退った。
「ふふーん、舐めないでよね!あたしはこう見えても、ルスタリアでもひとりしかいない正統な〝竜剣士〟だよ?暗黒魔法の解呪の術ぐらい知ってんだから!」
「ま、まさか……私の高度な暗黒魔法を、こんな小娘ごときに解けるはずなどない!」
驚愕と、銀の短剣の破邪効力を上乗せした痛みが、闇深い屍術師の貌をさらに醜く歪めた。
「へへ……あたし勉強は嫌いだったけど、魔法の成績と格闘術だけは首席だったからね!つか、あんな安っぽい魔術があんたの本気だったんだ?」
今度はルナが、さも馬鹿にしたように小さな鼻を鳴らして、かっこよく指で弾いていた。




