表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルネル ~光あれ  作者: 夜星
第四章 双頭守護神
54/93

厳罰

 ()(れき)をかき分け彷徨(さまよ)いながら、一人の女が悲痛な声を上げていた。


「坊や——坊や——」


 第三魔軍による侵略で、子を見失った若い母親である。


 魔物たちがひしめく激しい(せん)()の中、己の身を(かえり)みないその行為は、愚かしく危険なものでしかなかったが彼女は必死だった。


 エルシエラに(らい)(しゅう)してきた第三魔軍本隊には、開戦当初は一定の秩序(ちつじょ)見受(みう)けられていた。

 不要に非戦闘員である一般市民にまで手を出してはならぬという、総帥アカーシャ厳命の軍規があったからだ。 


 だが彼らはしょせん、暴力にこそ価値をいだす恐ろしき魔王軍なのだ。


 戦闘も佳境かきょうに入り戦の興奮が高まりきった時にまで、魔族にとって邪魔でしかない道徳的規律など、自尊心のある上位の戦士ならともかく、自制ない下位の兵すべてに行き渡らせることはできぬ。


 ゆえに、指揮官ケルキーの目の届かぬような場所では、下卑げびした兵たちによる心ない(ざん)(ぎゃく)(こう)()が行われ、それを気に()める者も──ましてや、止めようとする者などいなかったのである。


 今や街のあちらこちらでは、目に余る無法の嵐が吹き荒れていた。


「ああ……私の坊や!」


 壁の崩れた()(おく)(かた)(すみ)に、()(まつ)なゆりかごで眠る赤ん坊を()(いだ)して、女が目に涙をためて抱き上げたその時——獲物を見つけた狼のように、数人の獣人たちが野卑(やひ)()みを浮かべながら彼女を取り囲んだ。


「グフフフフ」

「おい、女。そのうまそうな赤ん坊をこっちに寄こしな——」

「ギーッヒッヒッヒッ……死にたくねぇだろぉ?」


 彼らは皆、大の男を圧倒する(たい)()(ゆう)する蛮族の戦士たちであった。食人をもいとわない野蛮な種族なだけに、その力や身体能力は並みの人間とは比べ物にならず、また凶暴性も(とっ)(しゅつ)している。


「な、何を——」


 女は恐怖に()られて青ざめたが、赤子を抱きしめる手をけしてゆるめようとはしなかった。


「早く寄こせ!腹減ってんだよ、おれら!」

「がみがみうるせぇケルキーにばれたら、めんどくせぇからよ!」

「おとなしく渡せば、おまえには何もしねえよ。俺らぁ誇り高い魔王軍だからなぁ。でも姉ちゃん、よく見りゃきれいだな~」


 赤ん坊に向けていた視線を女の方にすり変え、ジトッと下心のこもった目で見てくる男たちに別の危険を感じながらも、彼女は大切な我が子のためにひるもうとしなかった。


「お願いします!止めてください!この子の父親は今回の戦争でもう殺されて、私たちには身寄りもないんです!!」


 無力な女には、恐ろしいまでの屈強を誇る獣人たちである。むろん、(あらが)(すべ)など絶対にない。

 親子ともども凌辱りょうじょくされ、あげく食い物にされてもおかしくない状況なのだ。それでも男たちに無駄な懇願こんがんをして、赤子を胸に抱き(おお)(かぶ)さるようにして女は我が子を(まも)ろうとしている。


「ひひ……そんなの知らねえよ!」

「もう、めんどくせぇ!やれぇ!!」

「おお!!」


 哀れな女の衣服が、よってたかる下劣な獣人たちに一瞬にしてぎ取られる。


「ひょお!」


 か弱い女のむき出された裸体を前に、最も気の早い獣人の一人が奇声を発して、耐え忍ぶように涙を流しながら、それでも我が子だけは必死で抱きしめている彼女に襲い掛かろうとしたその刹那——。


〝やめろ!!!″


 天をも揺り動かすがごとき強烈な思念波が、彼らの頭上を(はし)()けた。

 それは、超常的な力の顕現(けんげん)とも言うべき、〝神気(しんき)”″の(はつ)()であった。


 誰にも何が起こったのか解らなかったが、女を襲おうとした蛮族たちの動きが、その〝声〟に完全に固められた。


 わずかの間をおいて──。


 がぼっ!と強者(つわもの)であるはずの全ての怪物たちが、(あわ)(まみ)れた血の(かたまり)を吐き出していた。


 理解のできぬ現象にうろたえ目をみはる女の目の前で、絶命した獣人たちが白目を()いてゆっくりと(くず)()ちていった。



 ―――― § ――――



「魔王様!?」


 ケルキーは、はっと目を開けた。


 とてつもない波動が、すべてを消し去りかねない怒号となって今、確かに()け抜けていった。気が付けば、ベテルギウスすらも目の前から消えている。


 釈然しゃくぜんとしない雰囲気と共に、辺りが(みょう)(くら)く感じる──。


──まだ、時は昼を指しているはずであるが……。


 ケルキーは激痛のため自由にならぬ体をそれでも何とか起こし、ふらふらとバルコニーにまで歩み寄ると、物々(ものもの)しい気配を感じる外の景色を(なが)めた。


 空一面、日が暮れたように(かげ)っている。


 だが、断じて夜ではない。


 不気味にかげる空の下に、エルシエラを圧するほどの巨大な(かげ)が、(わだかま)っている。それは、底知れぬ()(あつ)(ともな)くらい〝影〟であった。


 ケルキーは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。


〝影〟は、エルシエラ全体を覆い尽くす、魔王の()姿(すがた)であったのだ。


 数年前、魔王リュネシスが地上に降臨し、全世界に宣戦と破滅を布告したあの時と同じ、圧倒的な威厳を放つ帝王の幻像(ヴィジョン)──それは、高位次元に属する魔王リュネシスの思念体であった。


 突如として〝グワッ〟と魔王の目が吊り上がる。


〝去れ!!第三魔軍!!レミナレス王を(ほふ)り、双頭守護神も倒れた今、この地での(たわむ)れはすでに無用だ!!!″


 声高々にアルゴスに向かって指を突きさす魔王のこえは、すべての者たちの脳を(つらぬ)(げき)(れつ)精神感応(テレパシー)として直接的に響き渡った。何者もけして抗うことのできぬ、圧倒的な力を()めて。


 人々は()(けい)(ひざまず)き、魔物たちは(おそ)れでかしこまり、魔獣たちは恐怖にたけり狂った。


 そこでエルシエラでの戦いは終わりを告げていた。


 あちらこちらに魔物たちの(むくろ)点在(てんざい)している。

 総帥アカーシャが厳命したはずの軍記を破り、同時に熾天使リュネシスの崇高な信条にも泥を塗るほどの(いちじる)しい非道を犯した者たちに、魔王が下した厳罰であった。


 ほどなくして第三魔軍は首領ケルキーに率いられ、(たか)ぶりや未練を残しつつも、粛々(しゅくしゅく)と列をなし速やかに立ち去って行った。




 双頭守護神の魂と肉体が漂う高位次元の無限の光の中で、重々しい声が響く——。


〝百年後に、地上の覇権をかけた大戦が起こる。お前たちのような強い戦士たちが、真に求められる時代がやって来る。時が至るまで眠るがいい。今以上の力を(たくわ)えて——そして、いずれ我が元に集うのだ″







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ