思わぬ苦戦
ライガルの闘気が、どこまでも高まっていく。
辺りの空気が吹き飛ばされるほどの、底しれぬ力であった。体内から沸き起こるエネルギーを最大限にまで噴出させる。
闘神ライガルの立ち位置から逆流するようなエネルギーの気流が、対峙する魔少女の髪をざわざわと靡かせる。
それを受けてアカーシャの美貌から、笑みが消えた。
常に魔力を帯びる紅い眸が、ゆっくりと射光し始める。
彼女は右腕を、呪文発動の形にすっと構えると、冷たい眼差しを相手に向けていた。
―――― § ――――
「前衛魔獣部隊は退却させよ!中衛獣人部隊は魔獣たちの援護と救護に当たれ!残る全魔道部隊は私に続け!!」
腕を振り回す妖術師ケルキーの号令が、冴え冴えと戦場に響いていた。一瞬の混乱から速やかに立て直し、一軍の将として今考えられる最良の選択を弾き出す。
エルシエラにおける緒戦からの危機的状況は、全くの予想外であったが、戦場において不測の事態は必ず起こり得る。
だからこそ、それに即応できる将の器量こそが、戦の勝敗を左右する最大の要因となるのだ。
若いながらも逆境に強い彼女の決断力こそが、アカーシャがケルキーを五妖星の一人として任じた、大きな理由の一つでもあった。
「蛇を相手にするな!封呪の呪文ももういらぬ!ここから先は死ぬ気でかかれ!あの蛇を操る賢者だけを炙り出すのだ!!行くぞぉー!!!」
叫ぶと同時に、ケルキーは素早く身振り手振りで、側近たちに次なる指示を矢継ぎ早に出していった。すると首領の指令を受け取った部下たちは、別動隊として素早く起動し、そこここに散っていく。
戦いの戦端に放った雷の呪文による魔法探知で、すでに天才妖術師は、賢者が潜んでいるであろうおおまかな位置をつかんでいたのだ。
だが、そのことを踏まえても、現在第三魔軍が置かれている状況はあまりにも厳しい。
——まさかここで、あれを使うことになるとは……。
ケルキーは不快そうに奥歯を軋らせ、悪夢と化している戦場を一瞥した。
今、この時においても、痛烈な大蛇たちの波状攻撃に曝され〝魔空間〟で強化されたはずの魔獣部隊が次々と打ち倒されていく。
このわずかな時間で第三魔軍は、前衛を務めていた魔獣軍団四千強の、実に二分の一に相当する二千以上もの合成獣を失っていた。加えて、他部隊の戦士たちにも容赦なく襲いくる大蛇の波動が、止めようもなく新たな犠牲を次々と生み出している。
甚大な被害である。
戦の定石からすれば、この時点で戦闘を継続させることはあり得ない。本来ならば、さらなる犠牲を増やす前に、指揮官は撤退を指示しなければならぬほど深刻な事態に陥っているのだ。
ましてや敵陣を目前にしながら、結界のせいで中に踏み込むこともできぬという、埒が明かない状況の中で……。
だが、魔王軍の中堅を守る誇り高き第三魔軍が、この程度のことで引き下がることはできぬ。ケルキー自身、いざとなれば敬愛する魔族の姫のために、討ち死にする覚悟もできているのだ。
妖術師は悔しさに耐えるように、唇を噛んで唸る。
——こんなことで逃げ帰っては、アカーシャ様に顔向けができるか!舐めるなよ人間ども……こちらにも切り札はあるのだぞ!戦いはこれからだ!!
ケルキーは怒りをはらんだ目で、ゆっくりと背後にある魔空間を睨んだ。




