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29.女嫌いで有名だったのに


 ここはエリシオンの王都、メソン島である。


 突き抜けるような紺碧こんぺきの空に、真っ白なドラゴンが飛んでいた。

 冷徹王子と呼ばれる竜騎士イディオスである。ドラゴンの手綱を引く腕の間にはブーゲンビリア色の髪をした少女がちょこんと座っていた。

 しかも、その少女の首には紺色のドラゴンが巻き付いていた。


 空を見上げる人々がワッと声をあげる。


「ホワイトドラゴンだ!! イディオス殿下の帰還だ!」

「あの赤い髪の少女はなんだ!?」

「女嫌いで有名だったのに」


 好奇心でワイワイとはしゃぐ男たち、悲鳴を上げ卒倒する娘たち。

 そんな騒ぎの中、ひとりの異邦人が血相を変えて空を見上げた。


「ティアだ……。私のティア……。やっと見つけた! 必ず助けに行きます!」


 紫の髪をした異邦人は小さく呟く。クレスだった。



 上空から下界の騒ぎを見ながら、イディオスはうんざりとしていた。

 深いため息を吐く。


「……あの、もしかして……イディオスは来たくなかった?」

「まぁ、そうだな」

「ごめんなさい!! 私、確認もしないで! 別の竜騎士に頼めば良かった……」

「それは俺が嫌だった。あなたと別の竜騎士が、こんなふうにして空を飛ぶのは見たくない」


 イディオスはサラリと言って、ティアは耳まで赤くなる。


 まるで、嫉妬しているみたいな、言い方しないで! 誤解しちゃう。


 男性に免疫のないティアにとっては、甘い言葉は命取りだ。

 ティアは黙って俯いた。


 ホワイトドラゴンは王都にある竜騎士団本部に降りた。

 もう見物人がたくさん集まっている。

 イディオスはヒラリとドラゴンから降りると、ティアに手を差し伸べた。

 ティアがその手を取ると、華麗に引き寄せお姫様抱っこしてしまう。


「~~!!」


 ティアは言葉を失って、パクパクと息をするだけだ。


 勘違いしちゃ駄目よ! イディオスは女性に慣れるためにしているだけ! 練習よ! 練習!!


 竜騎士団員たちが、口笛を吹き囃し立てる。


 イディオスはなんでもないことのように、無視をしてティアを抱いたまま本部をあとにする。


「あの、挨拶とか、大丈夫ですか?」

「そんなものしたことはない」


 イディオスの言うとおり、当たり前のことなのか竜騎士団員たちは生暖かい目でふたりを見送った。


 本部の門から出たところで、たくさんの視線に囲まれる。

 ティアは自分がお姫様抱っこされていることに気がつき、顔を真っ赤にした。


「あの。歩けます。 そろそろ降ろして……」


 ティアに言われて、イディオスはハッとした。


「ああ、すみません」

「あ、いえ、ここまでありがとうございます……」


 なんとも甘酸っぱい空気が流れた。


「……はぁ……、あのイディオス殿下がぁ……」


 嘆き崩れる令嬢に、ティアはギョッとする。


「私こそが呪いを解いて差し上げると思っていたのに……」


 ハンカチを噛む別の令嬢。

 言葉には出さないが、悲嘆の表情の令嬢令息たちがいた。


 あまりの騒動にティアは言葉を失った。


 イディオスってば……本当に、なんだか……すごい……のね?


 ループ前でも今世でも最悪な出会いをしたティアは、恐怖で一目惚れなどできなかった。しかし、普通にすれ違っていたら、ほかの令嬢たちと同じように恋に落ちていたかもしれない。


 普通に出会っていたら、きっとイディオスに嫌われてた。そう考えると、ループして良かったって思える……。


 ティアは初めてループに感謝した。


 歩くだけでこの騒ぎでは、人嫌いになってもしかたがない。

 しかし、イディオスは聞こえないかのように表情を変えずに、ティアの手を取った。


「さぁ、行きましょう」

「あ、はい」


 ふたりはとりあえずクロエの店に向かった。

 今回王都へ来た理由は、ドラゴンの皮で作った商品サンプルが出来上がったためだからだ。

 クロエから招待されたのだ。


 イディオスを見て店中の人々が振り返る。

 イディオスはそんな様子を、表情こそ変えないが忌々しく感じていた。

 いつものことではあるが、煩わしい。周囲の騒ぎと比例して、心がどんどん凍り付いていくのだ。


「こちらを着てみてください!! ティア嬢にはワンピースと靴を用意いたしました。イディオス殿下には、新しい靴とジレです」


 鼻息荒いクロエに気圧けおされるがまま、ふたりは着替える。

 ティアは凝った刺繍のちりばめられた膝丈の赤いエプロンワンピースに、ホワイトドラゴンの皮で作られた編み上げのブーツ姿だ。これに、ティアはキュアノスの皮でできたウエストポーチをつける。


 ティアは鏡の前でクルリと回った。

 フワリとスカートが花のように広がる。


「真っ赤なワンピースなんて、まるで物語の悪女みたい! ありがとうございます!」


 純粋無垢な笑顔で礼を言われ、店員たちはズキュンと胸を打ち抜かれた。

 どう見ても悪女と言うよりは赤ずきんである。

 

 イディオスも思わず、ティアに見蕩れる。

 周囲の雑音も聞こえなくなり、凍え始めていた胸にホンワリと春風は吹く。


 そんな彼は、町歩き用のラフな紺色のパンツに、ブルードラゴンの皮でできた水色のジレをつけ、ホワイトドラゴンのホールカットの靴を履いていた。

 皮の美しさを強調するために、シームレスな靴を作れないかとティアが提案し、それにクロエが応えたものだった。


「イディオスはラフな姿も素敵です!」


 ティアが言えば、イディオスははにかんだ。


 そんな冷徹王子のレアな表情を見て、店内の娘たちが涙を流して膝をつく。

 イディオスはそれを冷たい目で見る。

 娘たちはそれにすら、恍惚のため息をつく。


 ……なにこれ……。こわい……。

 

 ティアはドン引いた。





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