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28.アイツが好きなんですか?


 ティアはそんなクロエを見送ると、ホッと一息をついた。


「やっぱり、いい人だった!」


 満足げなティアの隣に、イディオスはドカリと腰掛ける。


「アイツが好きなんですか?」

「商談相手ですよ? 普通にご挨拶しただけです」


 イディオスの問いにティアは首をかしげる。


「でも、俺や竜騎士たちにはじめて会ったときと態度が違う。男なのに怖くないのですか?」


 イディオスに言われてティアは思い出す。


 竜騎士団たちは見た目がいかつい上に、ループ前には攫われそうになっている。イディオスに至っては今世でも剣を向けられている。

 普通に接することなどできるわけがない。

 

「……あの、イディオスは初対面のとき、剣を突きつけてきたんですけど……?」


 ティアが言えば、イディオスはハッとしてシュンとした。


「すまない」

「いえ、あのときは助けてくれてありがとうございました」


 ティアは笑う。イディオスがいなければ死んでいた。


「私、男の人は怖かったんですけど、イディオスと一緒に暮らして怖くないってわかりました。それにクロエ様は優しそうですし、親切そうです」


 ティアが屈託なく答える。

 イディオスは胸が痛い。


「俺は、優しくないし、親切じゃない」

「? イディオスは優しいし、親切ですよ?」


 ティアは笑った。


「女性が嫌いなのに、こうやって私を心配してくれるじゃないですか。嫌いなものに親切にできるなんて、優しさ以外のなにがあるんです?」

「……女は嫌いだ。でも、ティアは別だ」


 イディオスはそう答えてから、ほかの女とティアはなにが違うのだろうとも思う。


「それって、私が女じゃないってことですか?」


 ティアはプンと唇を尖らせる。

 その仕草さえ可愛らしくて、唇に触れたいと思った。


 イディオスにとって女の唇は恐怖の対象だった。

 拒絶した魔女から無理矢理に押しつけられた唇には、毒々しいルージュが塗られていた。

 その唇から吹き込まれた呪いは、今でもイディオスの心を凍らせる。


 それなのに……ティアの唇に触ってみたい。


 イディオスは衝動的に指先を伸ばして、ティアの唇を押した。

 しっとりとした桃色の唇は、まっさらでフニと揺れた。魔女の唇とは別物のように、温かく柔らかい。

 イディオスは思いがけない感触に動揺し、慌てて指を離した。


 ティアは驚いてイディオスを見つめる。

 サファイヤピンクの瞳と、ブルーサファイヤの瞳が絡まり合った。


「もう! 話すなってことですか?」


 ティアはなじりながらも笑う。


 イディオスはドキドキとして俯いた。

 指先に、柔らかな唇の感触が残っている。

 思わず手のひらを握り込んだ。


「ちがう、そうじゃない。あなたが――」


 そこまで口にして、喉がつかえる。氷が張り付いてしまったように痛い。

 イディオスはヒリつく喉を押さえた。


 魔女の呪いか――? 今、俺はなにを言おうとした?


 イディオスは出なくなった言葉の代わりに、ひとつ咳払いをして言葉を飲み込んだ。

 ティアは笑った。

 イディオスがフォローを考えて失敗したのだと思ったのだ。


「でも、イディオスに嫌われないなら、女に見えなくても良いわ。私は私だもん」


 イディオスの胸になにかがストンと落ちた気がした。


「そうか、ティアはティア……」

 

 へその奥が温かくなる。

 ティアに嫌われたくないと思われていることが嬉しかった。 


 ああ、こんなに胸の奥が温かくなったことがあっただろうか……。


 握り絞めた拳を開いて、指先を自分の唇に当てた。

 唇が熱くなる。その熱が喉に張り付いた氷を緩めた。思いがため息に溶ける。


 まるで、愛おしい者に触れたかのような切なげな表情に、ティアはボンと顔が熱くなる。

 そしてブルブルと頭を振った。


 勘違いしちゃ駄目! イディオスは人を愛せないのよ。そういう意味じゃないってば!! それに、好きになったら嫌われるんだから!


 顔を真っ赤にするティアを見て、キュアノスは不思議そうに「キュ?」と鳴いた。

 ティアはそんなキュアノスのたてがみに顔を埋め、スハスハとその香りを嗅ぎ心を落ち着かせた。


「きゅあぁぁ」


 キュアノスは嬉しそうに尻尾をパタパタと動かした。

 その様子に、胸がチリとする。

 そして、キュアノスに対抗するようにティアの頭をヨシヨシと撫でた。


「……イディオスは私をドラゴンの子供だと思ってますね?」


 ティアは恨めしげに顔を上げて、イディオスを軽く睨む。

 イディオスはティアの瞳に自分が映り、嬉しくなった。


「ティアはドラゴンの子供もより愛らしいが?」

「っ! ~~!!」


 イディオスの屈託のない言葉に、ティアは撃沈し、もう一度、キュアノスのたてがみに顔を埋めた。





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