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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
2nd Story フェイト・オブ・ジ・イノセンス・ギア
92/130

2-56 PM19:05/過去の共有

 戦場で幾多の血花を咲かせてきた鋼鉄のワイヤーをパンク達へ向けながら、ヴォイドは刹那のうちに過去と現在とに思考を加速させ、雑念を濾過させていった。


 そうして抽出した純粋な感情の成分は、ひどく昏いものだった。すなわち、己がこれから何をしようとしているかを自覚し、その果てにどんな結果が待っていようと受け入れなければならないという絶望感だ。


 すべての死は、己の虚無的な心境が招き寄せたのだ。それを仲間たちの前で誤魔化し続けてきたツケが、ここにきて回ってきた事実を、受け入れなければならなかった。


「パンク、アンジー、わかってくれ。お前たちを傷つけたくはない。指示に従うんだ」


「そんなおっかねぇ武器を見せつけながら口にするセリフじゃねぇぜ」


 宙を泳ぐ鋼の輝線をしっかりと目の端で追いつつ、パンクは右手を後ろに回すと、後ろに立つアンジーに向かって手のひらを開き、親指と人差し指を曲げてみせた。


 チーム内で用いるハンドサインの一つ。その意味は『可及的速やかに急げ』だ。


 意味を完全に解したアンジーの瞳がわずかに揺らぐ。寂しさを滲ませてヴォイドを見返すも、すぐに二コラの手をとって手すりを飛び越え、階下へと消えていった。


「行くんじゃない!」


 怒号と共に、ヴォイドの指先でワイヤーが踊り狂う。直後に銃声が轟いた。ここにきてついに様々な想いを吹っ切ったパンクが、極めて滑らかな動作でハンドガンを持つ右手を持ち上げ、立て続けに発砲したのだ。時を刻むよりも早く放たれた合計五発の弾丸が、アンジーを追って廊下へと向かう五本のワイヤーそれぞれに命中し、盛大な火花を散らした。


「引かせたな……俺に、こいつの引き金を」


 もう後戻りはできない。そう言外に含ませたパンクが、銃口をまっすぐヴォイドへ向けて構えた。銃撃を受けてなお沈静化せずに床でのたうち続けているワイヤーの群れへ、厳しい視線を投げかけながら。


 悲劇を(パワー)に――父の言葉が呪詛のように脳裡で響く。もし今も生きているなら、面と向かって言ってやりたかった。この悲劇をどう力に変えろと言うのだと。


「仲間じゃなかったのかよ、俺たちは」


「仲間だ。だからこそ止めようとしているんだ」


「白々しいぜ。結局のところ、テメェは何も信じちゃいねぇんだろ? 奇跡どころか、俺たちのことも。もしかしたらテメェ自身のことでさえ、あやふやなままなんじゃねぇのか」


 あえて決めつけるような言い方をしたのは、否定を期待してのことだった。嘘でもいいから、違うと口にしてほしかった。それで何かが救われる確証はなかったが、それでもパンクは欲せずにはいられなかった。業界きっての精鋭集団。ハンターズ・ギルド《凍える脊椎(バック・ボーン)》のリーダーとしての言葉を。


 これまでずっと内心に抱きつつも、必死に誤魔化してきたヴォイドへの不信感が、パンクの中で抑えようもないほど膨れ上がっていた。


 即物的な欲望に飢えることもなく、ただ植物のように佇むことを良しとしかねない。そんなハンターらしくない彼の性分が、いつか組織としての活動を続けていくなかで、途方もない摩擦を生み出すのではないか。果たして、その杞憂は現実のものとなった。パンクが知る限り、最悪のタイミングで。


「上手い話なんて、そうそう転がっていやしない。ずっとそう自分に言い聞かせてきた。でもそうじゃない。ようやく手に入れたんだ。俺たちの、人生を取り戻す鍵が」


 閉口したままのヴォイドに痺れを切らして、パンクが噛み締めるように訴えた。


「俺だけじゃねぇ。あのガキの願いを叶えてやりさえすれば、みんな取り戻せるんだ。リガンドやオーウェル、それに……ヴォイド、お前の人生だって、きっと」


「人生? 俺の人生だと?」


 ヴォイドが笑ってみせた。鬱々とした気分を主軸に諦念としていながら、その声色には、いまだかつて一度たりともパンクたちに向けたことのない嫌悪の匂いが感じ取れた。人の心に土足で入り込もうとする者への嫌悪感が滲み出ていた。


「お前が俺の人生の、何を知っているというんだ」


 ヴォイドが眦を決して口にした。枯れた大地のようであったその瞳が、蛮族から砦を命懸けで守ろうとする兵士が見せるような、怒りと覚悟が入り混じった感情に染まっていく。部外者を突き放すかのようなその態度を前に、さしものパンクもたじろぎかけた。


「何も知らないはずだ。過去、俺がどんな思いで大陸間戦争に参加していたか……いや、俺だけじゃない。結局俺たちは、お互いの過去など何も知らないし、知ろうという努力もしてこなかった。人は人を理解することはできない。だが、人を理解しようと努力することぐらいはできるはずだ。それすらも怠ってきた俺たちの末路が仲間割れというかたちを取ったのは、至極理に適っている」


「テメェの哲学なんざどうだっていい。仲間がやろうとしているのを、テメェの勝手な都合だけで止めようとする、その態度が許せねぇってだけだ。一度決まったことをグダグダ後から蒸し返されんのも腹立たしいが、よりにもよって仲間を信じられねぇってのはどういうことだ」


「信じようとしたさ、俺なりに。だが俺たちは、決定的な部分で分かり合えなかった。その事実に絶望しているだけだ。お前もそうだろう、パンク」


「なんだと?」


「俺の考えなどどうでもいいと、お前はさっきそう言ったじゃないか。それが全てなんじゃないのか」


「……埒が空かねぇな」


「俺を殺そうというのか」


「できればそうしたくはねぇ。だが奇跡を叶えようっていう俺たちの気高い精神をないがしろにするってんなら、容赦はしねぇぜ」


「やはり、俺たちは互いのことをよく知るべきだった」


「後悔したって、今更遅いぜ」


 グリップを握る手に力を込める。遅れて、ヴォイドの右手の五指がぴくりと動く。


 決定的な亀裂を迎え、凍える骨片たちの繋がりは、修復が望めぬほどに砕け散った。


 だが、これから繰り広げられるであろう無益な同士討ちに水を差すかのように、突如として室内に突風が雪崩れ込んできた。


 その鋭い一直線の尖風は、この打ちっぱなしのコンクリ部屋に隣接する一室から――マーガレット・ナイルことピアフ・ザ・ディーヴァを幽閉していた、アンジーの手でドアを破壊された部屋の奥から、猛烈な速度を伴い、パンクとヴォイドたち目掛けて襲い掛かってきた。


 互いの挙措に気を取られていたせいもあって、一秒にも満たないその「見えざる奇襲」を完全に回避することはできなかった。二人とも異変を察知してその場から飛び退ったが、ヴォイドは右腕の肘から先をジャケットごと切断させられ、パンクも同等の被害を受けた。左肩から先を破断されただけでなく、右手に持っていた愛用のハンドガンすらも斬壊の憂き目に遭い、弾倉が激しい火花を散らして手の中で爆発し、焦げ跡が手の平に刻まれた。サイボーグ化していなければ、五指は木っ端微塵に吹き飛んでいたことだろう。


 恐るべき旋風となって室内へ乱入し、いがみ合う両者へ甚大なダメージをもたらしたその人物は、床に転がるサイボーグ戦士たちのボディ・パーツを、魔法瓶じみた太さの両足で完全に踏みしめると、鮮やかな赤備えの兜の奥で虚ろ気な瞳を輝かせ、庭園側の壁へ退避したヴォイドと、ヘリポート側の壁へじりじりと後ずさるパンクとを、それぞれに睨みつけた。


「ブッた斬って刺す! ブッた斬って刺す!」


 鉄橋で受けた屈辱はしっかり返したぞと宣言するように、アトラス・ザ・ゴッドスピードが獰猛な唸り声を上げた。





 ▲





「ピアフ……ピアフよ……我が歌姫よ……おぉ……なんと痛ましい姿に……」


 電子戦用にカスタマイズされた大型電子装置の迫力や、床という床を這いまわる赤に緑に青の太いケーブル群などどうでもよかった。《人体跳躍手術(ゲノム・ドライブ)》の力で施された能力を行使して銀煙の回廊を作り上げ、アトラスの激烈極まる刀操術で破壊した壁穴から室内へ侵入したヴォイドは、重厚な電動椅子に座って、ぐったりとしたままの年下の部下を発見するやいなや、一目散に駆け寄ってしゃがみ込み、懸命にその魂を現世へ呼び戻そうと心を折るのに腐心した。


「頼む、目を覚ましてくれ。ストロベリィに続いて、お前まで失うことになったら……」


 普段ならリスクとメリットを天秤にかけて物事を判断するアトラスが、獰猛な怒りに任せて我先にと隣室にいるヴォイドたちへ強襲をかけてなお、ボルケイノはその場を動くことなく、悲痛そのものな眼差しを同志へと向け続けている。命を分け与えんとするように、熱を失いつつある小さな手を左手で握り締め、真っ赤な血に染まった金色のサイドテールを慈しむように右手で撫でる。


「……天……国、天、国……」


「ピアフ!? しっかりしろ!」


「……たい……ちょう……」


「心配するな。俺はここだ。ここにいるぞピアフ」


 ボルケイノの祈りが通じたのか。それとも、隣室でハンターを相手に奏でられるアトラスの剣戟音が、その音に込められた憤怒と慚愧の想念が気付け薬として作用したのか。人街を相手取ってきた稀代の電脳戦士の眼が、頭部に二発の銃撃という致命傷を受けてなお、うっすらと見開かれた。それはほとんど、奇跡的な(・・・・)ことだった。


「大丈夫だ。アトラスも一緒だ。いや、アトラスだけではない。ムルシエラにオクトパシーが、いま屋敷の裏に回って脱出手段を抑えつつある。鬼血人(ヴァンパイア)の邪魔立てが入ったが、そっちはナックルとヘイフリックが対応中だ。みな、与えられた役割を懸命にこなしてくれている。ピアフ、お前だって、そうなんだろう?」


 ボルケイノが何を言わんとしているのか。朦朧とした意識の中でそれを感じ取り、だが肉声で応じるほどの体力は、すでに残されていなかったのだろう。彼女が伝達手段に選んだのは、実に彼女らしい性格を表すものだった。


 ポーン、とくぐもった電子音がした。音のした方を振り向く。デスクの上に置かれた中型のディスプレイに、黒地を背景に白文字がひとりでに羅列されていった。


 ピアフの仕業だった。電子戦担当者として使いこなしてきた、うなじに組み込まれた没入(ジャック・イン)専用のマルチ・スロットから延びる疑似生体神経ケーブルを介して室内の電子装置と有線ケーブルで結線(ワイヤード)されている彼女は、物理キーボードを叩かなくとも、一線級のエンジニアが舌を巻くほどの超高速脳内タイピングを可能とする。


「……そうか……そういうことだったのか」


 ほとんどノーウェイトでディスプレイに表示されたピアフの「告白文」を目にして、すべての辻褄に合点がいったボルケイノが、沈痛のため息をこぼす。


「お前の父は……ギュスターヴは、ハンター共を使ってあの奇跡の少女を奪ったのちに、我々とハンター共をぶつけて事をうやむやに帰そうとしていたのか。お前は、それが我慢ならなくて……奴に自分を信じ込ませるために、あえてスパイを演じて……」


 口にしながら、激しい怒りがボルケイノの体の中で沸き上がったきた。ピアフに弾丸を撃ち込んだハンター集団もそうだが、真に忌むべきはギュスターヴ・ナイルだ。


 子供が親に強要されて、望んでもいないのに、親が言う通りの振る舞いを演じざるを得ないという状況。そんな状況を作り出すことを「愛情」であると傲岸不遜にも口にするのであれば、それはまごうことなき悪であるとボルケイノは確信した。もし死んでいなければ、ピアフに致命傷を負わせたハンター共々、襤褸屑と化してやるところだ。


《ごめんなさい。隊長。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……》


 ディスプレイ上に羅列していく謝罪の言葉が、止む様子はない。親の前で自らを偽り、明確な裏切り行為とは言えないまでも、仲間の前で真に己の姿をさらけ出す勇気がなかったことを死に際になって後悔し、懺悔する。その姿が痛ましく思えたボルケイノは、ピアフのつぎはぎだらけの頬にそっと触れると、懐かしむように微笑んだ。


「覚えているか? 五年前のあの日。鬼禍殲滅作戦(オウガ・ヴァニッシュ)が大詰めの段階に差し掛かっていた、あの蒸し暑い夏の夜。野戦キャンプで、酒に酔った俺たちは各々に自分たちの過去を持ち寄っては、それを酒の肴に騒ぎあった。だがピアフ、お前だけは、どうしてか自分の過去を俺たちに話そうとしなかった」


 ボルケイノの話に耳を傾けていたピアフの、微睡みかけた瞳が静かに閉じられた。彼女が再び目を覚ます兆しはなかった。それでもボルケイノは想い出を掘り起こし続けた。戦場という異常空間で共有した想い出を。そうしないわけにはいかなかった。


「特に父母の人柄について俺が話を振ったら、お前は、あいまいな笑顔を浮かべて場を濁したよな? よく覚えているよ。あの時のお前の笑顔が、あまりにも可愛いらしかったから……だが、天使のようなお前の微笑みにばかり気を取られて、俺は気づけなかった。お前が心の奥底で、孤独に耐え、どれだけ辛く苦しい思いを抱えていたかを」


 震えそうになる声を押しとどめ、氷のように冷たくなった手を握り締める。永遠の眠り姫と化した電子世界の歌姫の、つぎはぎだらけの醜い額に軽く口づけをすると、ボルケイノは別れの言葉を口にした。


「お前の想いを汲み取ってやれなかった、俺こそが謝るべきだ。すまなかった、本当に……すまなかった、ピアフ……ストロベリィと一緒に、俺の魂の一部となって、共に生きてくれ。これからも、永遠に」


 今生の別れと共生の言葉を血まみれの亡骸へ送ると、ボルケイノはすっくと立ちあがり、部隊共有のネットワークを視覚野上に展開してアクセス。視界にオーバーレイ表示された数理情報だらけのウィンドウ。その一画を占めるメッセージ欄に圧縮データのアップロード通知が来ていた。送信欄にはピアフの個人アドレス。死の間際に、最期の力を振り絞ってデータを送ってくれたのだ。


 データファイルの中身は、電脳兵士としての彼女の活動、その結晶とも言うべき情報でいっぱいだった。庭園およびヘリポートをも含めた、ギュスターヴ邸内の詳細な設計図。ヘリポートへの最短ルート検索結果。密かにギュスターヴのタブレットに無線干渉して得た、ハンターたちの会話データ。そして、ギュスターヴが集めてきた奇跡の少女の機能に関する情報……この事態を打破するのに最大の武器になりうる情報の数々。頭に銃弾を撃ち込まれ瀕死の状態に陥ろうがどうしようが、これだけは届けなければという執念の証。


 データを解凍しているボルケイノの瞳は、ひどく冷徹に染まりきっていた。


 心が煮沸し、度し難い怒りや憎しみがぐらぐらと沸き上がる。だが、決してそれに飲まれることのないように心を整える。それこそ、ボルケイノという異常人格者の精神的な癖ともいうべきものだった。


 大切な部下たちを喪い、その死を心の底から悼みながら、自らはそれに引きずられることなく、絶望の岸壁に前を向いて立ち続ける姿勢。状況を嘆き、困惑の果てに自暴自棄に陥り、やたらめったらと怒りの噴火(ボルケーノ)を起こすことはしない。


 怒りや憎しみに部隊長たる己が振り回されることが、どれほど愚かしく、仲間たちを更なる危険に晒すことになるか。それを熟知しているからこそ可能な「心の制御術」というものを、彼は獲得していた。


 毒に食い荒らされたストロベリィの遺骸は河の底に沈み、脳を破壊されたピアフは謝罪の言葉を残して彼岸へと渡った。彼らの生前の姿を思い浮かべればこそ、ボルケイノは自身に課せられた使命をますます強めるばかりだった。


 沸き上がる怒りや憎しみや哀しみを集約させて先鋭化させ、噴火の方角を見定めること。それだけだった。ありったけの暴力的手段を、如何なる手順で行使するべきか。そのことだけに精神を集中させるべきであったし、事実そうしていた。


《全部隊員へ次ぐ。ストロベリィに続き、ピアフまでもが彼岸へ旅立った。だが、電子の歌姫は最期に、我々に貴重な情報を授けてくれたぞ。各自、現在の事態に対応しながら内容を確認してほしい》


 共有ネットワークへ解凍したデータをアップロードすると、ボルケイノはアトラスが交戦中の隣室へと歩みだした。哀しみに沈むことなく、怒りに興奮することもなく、昏く寂しい地の底に力強く生える氷柱のような声で、残り三名の隊員へ呼びかけながら。


《ハンター集団の一人「アンジー」……その女が奇跡の少女を連れてヘリポートへ向かっている。オクトパシー、ムルシエラ、お前たちが一番近い位置にいる。ヘリポートへ急ぎ向かい、少女とヘリのキーを奪い取れ。どんな手段を使っても構わん。すっかり勘違いしていたが、少女は不死身だ(・・・・・・・)。巻き添えを食らわせるような攻撃であっても傷はつかない。遠慮はいらない。最大の火力を以て事態に対処しろ。少女とキーの奪取が完了次第、次の指示を出す。目指すは……プロメテウス最上層だ》

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