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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
2nd Story フェイト・オブ・ジ・イノセンス・ギア
58/130

2-23 PM13:50/ただ、幸福を求めて

 オーウェルが、その自慢の技術でギュスターヴ邸から盗み取ってきた情報の詳細を語り終えた直後、リビングはなんとも言えない雰囲気に包まれた。


 訝しむような目線をオーウェルへ送る者はいなかったが、皆大いに戸惑い、なんと口にして良いか考えあぐねているようだった。ついさっきまで、ギュスターヴから送られてきた輝灼弾と体臭視覚化センサーの梱包を解く作業に入っていたが、それを再開しようとする者もいなかった。


 彼らが釘付けになり、困惑するのも当然と言えば当然だ。ギュスターヴが腹に一物隠しているだろうと見当はつけていたが、その一物の正体が『奇跡を体現する少女に関する情報』であるとは、誰一人として予測などできなかった。


 その現実離れした夢物語を耳にして、最初は馬鹿げた話であると皆が一蹴しかけた。しかしながら、オーウェルが持ち帰ってきた情報の仔細と、その精度の高さが次第に明らかになるにつれ、一同の顔つきは明らかに変わっていった。


「繰り返すようで悪いがよ、オーウェル……いま話した内容、本当の本当に確かなんだろうな? 間違いでしたじゃ済まされねぇぞ」


 パンクにしては珍しい、慎重に様子を伺うような口ぶりだった。無鉄砲が服を着て歩いているような性格の彼でも、ギュスターヴが隠し持っていた『情報』の意外性に、多少なりとも狼狽しているのだ。


「あくまでも一個人としての意見だけど、伊達や酔狂で、これだけの膨大な情報を集めていたとは思えないね。ギュスターヴの奴、私兵を使って探りを入れていただけじゃなく、かなりの数の情報屋を雇っていたみたい。それだけ、願望授受体(フォークロア)の実在性の確証を得るのに躍起になっていたんだ。で、本当にいると分かって、僕たちに少女奪取を依頼してきたというわけだね」


「つまり、マジってことだな?」


「大マジだよ。さっき髄網(ネスト)に情報を送ったろう? 願望授受体(フォークロア)が他の都市にどんな『奇跡』を及ぼしたかの詳細や証言、願いを叶える手順やその条件まで、ギュスターヴは大量に集めて精査している。情報の真偽にうるさい僕からしても、加工の類は一切されていない。『本物』だと断定して間違いないよ」


「……そうか」


 納得した様子のパンクは椅子に座ったまま腕を組むと、静かに唸った。


「今朝の通信で、あの野郎が口にしていた言葉の意味が、これでようやくわかったな」


――君たちは奇跡を信じるか。


 あの意味深長にして唐突な問いかけ。その根底には、願望授受体(フォークロア)と呼ばれる、『奇跡』を司る少女の存在があるとみて間違いない。


 奇跡を信じる者でなければ、少女の姿を認めることはできない。ギュスターヴが試すような口ぶりを寄こしてきたのにも、理由があったというわけだ。


 もしも《凍える脊椎(バック・ボーン)》の面々が少女の姿を視認できなければ、その時は上手く話を誤魔化すつもりでいたのだろう。《人喰い鰐》とあだ名されるギュスターヴが、その辺りに知恵を回さないはずがない。


「腑に落ちましたね。ギュスターヴがどうして、あそこまで必死になって少女を探していたか、彼にも叶えたい願いがあるということですか」


 補足するように付け加えたアンジーに対し、オーウェルは笑みを見せて頷いた。


「いやぁ本当に、思いがけないところに幸運ってのは転がっているもんだよね。残念ながら鬼血人(ヴァンパイア)の二人に関する情報は皆無だったけど、でも願望授受体(フォークロア)の詳細が分かっただけでも、儲けものだよ」


「オーウェル、あなたまさか、少女をナイル氏へ引き渡すのを止めて、私たちのものにしたいとでも言うつもりですか?」


 さっきから声の調子が弾んでばかりのオーウェルの心意を察したリガンドが、ちらりと射抜くような目線を送った。


「なにか文句でもあるのかい? リガンド」


 オーウェルが開き直るように応えた。この男にしては珍しく強気な態度であった。そのせいでリガンドも、咄嗟に二の句が継げなかった。その隙に乗じて、オーウェルは意気込んで口にした。


「いいかい? これはチャンスなんだよ。願望授受体(フォークロア)の願いを叶えてやれば、その見返りとしてどんな願いでも叶えてもらえる。こんなオイシイ話を知って、はいどうぞとギュスターヴに手渡して、それで本当にいいと思ってるの?」


「私たちはハンターですよ。依頼を反故にすれば悪評が立ちます。今後の仕事に支障が出る。それが分からないあなたではないはずだ」


「悪評……はっ! 悪評だって? リガンド、君がそんな小さいことに拘る男だなんて思わなかったよ。隠忍自重な態度は結構だけど、ケツの穴が小さすぎやしないかい?」


「オーウェル。少し落ち着け」


 まるで喧嘩を売るかのような口調を嗜めようとしたヴォイドだったが、興奮しきったオーウェルの耳には入らない。電脳空間での快感がいまだに尾を引いているのか、それとも少女の秘密を知って、己の内に隠した欲望が目覚めたせいだろうか。電脳戦士の口ぶりに澱みはない。


「もういい加減に、使われる側の立場であり続けるのはごめんだ。リガンド、君だってそうだろう? いつまで僕たちは狗でなけりゃいけないんだ……そう苦々しく思ったことも、何度かあるはずだよ」


「それは……」


 思わぬところを突かれて、リガンドが口ごもる。その態度が、オーウェルの白熱ぶりに拍車をかけた。身振り手振りを交えて、一気に畳みかける。


「そりゃあ、ここでの生活は楽しいさ。僕みたいなひねくれ者を受け入れてくれた事にも、心の底から感謝している。でも、ハンターの仕事ばかりをずっと続けて、それでこの先も生きていくの? ギュスターヴやギャングみたいな、鼻持ちならない相手に下手(したて)な態度を取り続けて、それで一生を終えるつもり? そんなの、僕には耐えられないよ。僕らにだって、幸せになる権利はあるんだ。その権利を行使するチャンスがいま、目の前に転がってきているんだよ」


「たまには良いこと言うじゃねぇかよ、オーウェル」


 パンクが相槌を打った。彼らしい獰猛な笑みを浮かべながら。


「そうだ。俺たちにだって幸せになる権利はある。いつまでも穴倉の中にいねぇで、望みを叶えて陽の当たる場所に出るってのも、悪くない話じゃねぇか。リガンドよ」


 活を入れるかのように、隣に座る相棒の背中を強めに叩く。リガンドは面倒臭そうな視線を一瞬寄こしながらも、興奮を隠しきれない様子のパンクをじっと見た。


 彼の目つきを見た途端、リガンドは、すでにパンクの中で、依頼人と事を構える覚悟が決まっているのを理解した。もともと狂犬のような性格の男だ。権力を持つ者や目上の人間相手に、都合良く使われ続けることに鬱憤を溜めていたに違いない。実際のところ、願いを叶える云々よりも、ギュスターヴに一泡吹かせてやりたくてたまらないというのが、パンクの本音なのかもしれない。


「第一よぉ、お前にだって、あのガキんちょの姿がはっきり見えているわけだろう?」


「そ、それはそうですが……」


 しぶしぶ認めるリガンドを見て、パンクは機嫌を良くしたのか、燕尾服に包まれた彼の肩に鋼の腕を回すと、耳元で囁いた。


「だったら答えは一つだ。世俗を断ったような仏頂面をしていながら、お前も奇跡を信じてるってことの何よりの証拠じゃねぇか。もっと自分に素直になれよ相棒。何も我慢する必要なんかねぇんだ」


「我慢……」


「そうだぜ。お前はなかなか感情を表に出さないが、実のところ結構な不満が溜まっていると俺は見た。そういう殊勝な態度は嫌いじゃねぇが、もうそろそろ自分の気持ちを、どばっと吐き出してもいいだろ。この俺を少しは見習ったらどうだい?」


「あなたは吐き出し過ぎなんですよ」


「なんだとアンジー」


「本当のことじゃないですか」


 いつもの他愛ないやり取りが始まった。オーウェルが密やかに笑い、それで場の空気は少し弛緩した。つられてリガンドも失笑し、それから観念したように溜息をついた。


 我慢……たしかにそうだった。振り返れば、これまでずっと耐え忍んできた人生だった。父や母からの重圧にも耐え、死と隣り合わせの戦場も耐え抜き、そうしているうちに、『自分』というものを出す(すべ)すら忘れていたのかもしれない。


凍える脊椎(バック・ボーン)》に所属してからも続けているこの紳士的な装いと振る舞いが、その証拠だ。この燕尾服は外殻なのだ。リガンド・ローレンツという人間を閉じ込めておくための、強固な檻と言っても良かった。


 そのことに気づかせてくれた仲間たちに、リガンドは内心で感謝した。


 この先、何がどうなるか、まるで見当がつかない。中層住まいとは言え、ギュスターヴはレーヴァトール社の最高顧問。自分達の反逆を知れば、企業保有の私設部隊を差し向けてくるかもしれない。


 けれども信頼できる仲間たちと共にあれば、道の先に何があるのか見えてくるような気がした。死ぬことは怖くなかった。これっぽっちも。


「まったく……乗りかかった舟、というには少々、我々の縁は深すぎるようですね」


「どういうこと?」


「私も肚を決めたということですよ。いいでしょう。悪評紛々大いに結構。ナイル氏……いや、ギュスターヴ相手に、ここはひとつ、大立ち回りをしてやりましょうか」


 常に冷静沈着を標榜する参謀役の目に、はじめて力強く野心的な光芒が宿った。


「さすがはリガンドだ。おい、アンジーはどうする?」


「決まっているじゃないですか」


 何を今さらと言う風に、アンジーがパンクとリガンド、それからオーウェルへと、順々に視線を送った。


「私にだって、あの少女の姿は見えているんです。これだけで、答えは十分でしょう?」


「よっしゃ、決まりだな」


 と口では言いつつ、パンクはじろりと、窓際に座る人物を見た。アンジーにリガンド、オーウェルの三人も、その人物がいかなる判断を下すか、固唾を呑むように見守っている。


 ヴォイド・クローム。社会のはみ出し者から成る《凍える脊椎(バック・ボーン)》の司令塔。その黒目がちの瞳はじっとテーブルの一点を見つめ、肘をついて両手を組み、手首に巻いた金色の布製のバングルが、窓から差し込む陽光を浴びてちらちらと輝いていた。


「気がかりな点がある」


 重い口を静かに開いた。オーウェルやパンクたちと違い、その口ぶりに熱はない。どこまでも冷めきっている。


「オーウェル、その願望授受体(フォークロア)とあだ名される少女だが、見返りに叶えてくれる望みというのは一つだけか?」


 探るような視線を受けて、オーウェルは少々申し訳なさそうな声で応えた。


「ごめん。その点は分からないんだ。願いを叶える条件については向こうも調べがついているみたいだけど、願いの数については何も言及されてなかった。一人につき一つの願いを叶えるってわけじゃないかもしれない」


「問題ないんじゃないでしょうか」


 意外にも、口火を切ったのはアンジーだった。初めから答えは分かっているという風に、ヴォイドに向かって提言する。


「もしそうだった場合は、チーム全体にとって利益になる願いを叶える……そういう取り決めにすればどうでしょう」


「ま、誰か一人の願いだけ叶えるってのも不公平だしな」


「そうですね。アンジーの意見を妥協案とすることで、良いんじゃないでしょうか」


 ヴォイドの心配は、あっさりと解決された。しかし安堵するような素振りは見せない。なおも考え事の姿勢を崩さないままでいる。メンバーたちの中で方針が決まりつつあるのに、肝心のヴォイドがなかなか決断を下さないとは、どういうことなのか。


 きっと、不満に感じているのだ――アンジーは即座にそう思った。彼の性格を鑑みれば分かることだ。


 依頼者を出し抜くようなやり方を嫌い、決められた報酬以上は高望みをしない。依頼者の欲望を忠実に叶えることに、喜びに近い感情を見出す傾向にあるヴォイドからしてみれば、今のこの流れが辛抱たまらないのは百も承知。


「(それでもヴォイド……あなたは、本当に今のままでいいの? 幸せになるべきじゃないの?)」


 奈落のような彼の黒い瞳に、暖かな光を灯してあげたい。それがアンジーの本心だった。

 どのようないきさつで、虚無めいた眼差しを得るようになってしまったのかは、分からない。だがしかし、どれだけ凄惨な過去を経験したとしても、それは所詮過去なのだ。


 アンジーは振り返った。連隊長のことと、それからテディのことを。


 かつての自分が人とも思えぬ扱いをされていたのは、すでに昔の話だ。テディと交わした言葉を胸に抱きつつも、忌まわしい記憶の墓場に、いつまでも向き合っている場合ではない。

 信頼できる仲間たちとの絆を頼りに、幸せに至る道をひた走ること。それが今、自分達のやるべきことではないのか。


 そんなアンジーの切なげな想いに同調するかのように、ヴォイドの説得に乗り出す者が現れた。


「……この際だから、はっきりと言わせてもらうがよ」


 パンクだった。だんまりを決め込んだヴォイドに対して苛立ちを隠すことなく、彼は椅子から立ち上がると、ずかずかとヴォイドに近づいていった。


「お前、俺達よりも依頼人の方が大事なのか? ギュスターヴのご機嫌を伺うのが、そんなに楽しいのかよ」


「何を言っている」


「前々からずーっと思ってたんだ。けれどもあんたが優秀だから我慢してきた。だがよ、正直に吐き出させてもらうぜ。もうこれ以上、依頼人にいいように使われることを良しとするんじゃねぇ。今回は、俺達の我儘を貫き通させてもらうぞ。ギュスターヴを裏切る。その覚悟を、あんたには決めてもらわにゃならん」


「この稼業は依頼人あってこその仕事だぞ」


「だから!」


 バン! とテーブルを両手の平で叩きながら、パンクが物凄い剣幕でまくしたてた。弛緩しかけた場の空気が、一気に緊張感に満ちた。


「いつまでそんな戯言を抜かすつもりだよ! 俺達の大将はあんたなんだ! あんたの命令一つで、このチームの命運は決まるんだ。依頼人相手に上手く立ち回る。それはあんたの特筆すべき技能だ。実際に、その技能のおかげで、俺達はここまでやってこれた。烏合の衆だとかなんだとか陰口叩かれても、それでものし上がってこれたのは、ヴォイド、あんたのおかげだ。それは間違いねぇ。けれどな、今回ばかりは事情が違うぜ? こんなデカイ山を前にして、尻ごみしようってのかよ。えぇ?」


 怒っているというより、説得に無我夢中になっているという風に、アンジーの眼には映った。いつもなら止めるところだが、今回ばかりは例外だった。


「……パンク、熱くなるのは結構だが、お前は本気で信じているのか? オーウェルの話を」


「ちょ、ちょっと待ってよ。何だよそれ」


 思わぬヴォイドの発言に、困惑しながらもオーウェルが反論した。


「僕の言っていることが間違っているって、そう言いたいのかよ」


「そうではない。ギュスターヴが集めた情報についてだ。それが本当だと、なぜ言い切れる。どうしてその少女が、奇跡を叶える万能の存在だと確信が持てる? 全ては、ギュスターヴの勘違いかもしれない。その勘違いに乗じた結果……お前たちにもしものことがあったら、俺はどんなかたちで責任を取ればいい」


「なんなんだよヴォイド……なんなんだよ!」


 癇癪を起したように、突然オーウェルが叫んで立ち上がった。椅子が盛大な音を立てて床に倒れた。驚いてアンジーとリガンドが見上げるが、そこで二人は凝然となった。


 オーウェルが大粒の涙を流していた。溢れて零れ落ちる滴が、テーブルや床に当たって砕け散る。

 濡れる頬を拭おうともせず、怒りを含んだ眼差しで、まっすぐにヴォイドを睨み続ける。あまりの事に、パンクも呆然と口を開けたまま、動けなかった。

 彼が人前で泣くなど、少なくともこれが初めてだった。さすがのヴォイドも、意表を突かれたかのように固まってしまった。


「話を聞いていたのかよ! ギュスターヴの集めてきた情報は紛れもなく本物だって、僕が持ちえる技術を総動員して証明したっていうのに! あのガキは人の願いを叶える! それは絶対だ! どんな願いも叶えるんだ! それを知った時の僕の気持ちが、分からないのかよ! これで、これで、み、みんな、みんな幸せになれるんだって……みんな色々な事情を抱えてここまでやってきたんだろうけど、でも、これでみんな、幸せになれるって……みんなが幸せになれる可能性が見つかって、すごく喜んだのに……それなのにそんな、信じているのかだなんて、そんな言い方……あんまりだよ……」


 この場にいる者、その全員が大陸間戦争を経験した、四十を超えた良い大人である。

 しかしサイボーグ技術のおかげで、外見が二十代の前半と見まがうばかりに若々しいせいか、あるいは、それぞれに甚大な心の傷を負い、それが精神的な成長を妨げたせいなのか。どこか言葉の端々に子供じみた理屈を感じなくもない。


 だが、彼らは本気なのだ。この場にいる全員が、本気で自分達の人生をより良い物にしようと考えている。その中でも、オーウェルは自分の人生だけでなく、皆の人生もより良いものにしようとする意識が、ひと一倍強い傾向にあった。だからこそ、不躾ともとれるヴォイドの指摘に、我を忘れて怒り狂ったのだろう。


 しゃくり上げる有能な電脳兵士を宥めようと、そっとアンジーが立ちあがり、彼の両肩に手を回して、優しく諭すかのように何事かを囁いた。オーウェルが、鼻を啜りながら小さく何度か頷いた。まるで母親と子供だった。


 パンクがヴォイドへ、頭上から冷たい目を送って言った。


「仲間を傷つけた気分はどうだよ」


 その痛烈な一言を受けても、ヴォイドはパンクの方を見ようとはしない。ただ、テーブルの上で組んでいた両手をほどくと、悔いるように硬く握り締める。男にしては珍しい長い睫毛が、ひそやかに震えている。


「すまないオーウェル。そんなつもりじゃ……俺はただ……いや、言い訳はよそう。すまない。本当にすまなかった。君の気持も考えずに、ひどい事を言って……」


 そう言ってオーウェルから視線を外した時、たまたまリガンドと目が合った。

――お前も、自分の気持ちに素直になれ。

 そう言われているような気がした。


「……パンク、分かった。お前たちの気持ちは、十分伝わった」


「それじゃあ……」


「ホワイト・ボードを書き改める」


 こめかみを強く押し込み、電脳アプリを起動。視覚野に映し出された仮想の白い板に、仮想の消しゴムとペンで情報を新たに整理していく。


 目的=願望授受体(フォークロア)とあだ名される少女の奪取。


 追加事項その一=少女の正体=奇跡の体現者。向こうの願いを叶える見返りに、こちらの願いを叶える。叶えられる願いの総数は不明。


 追加事項その二=敵性者(エネミー)鬼血人(ヴァンパイア)。輝灼弾とセンサーは既に受け取り済み。


 決定事項=ギュスターヴ・ナイルとの敵対。


 必要な事柄を書き終えてから、ヴォイドは皆の顔を見やった。


 神妙な顔つきのリガンド。

 目を赤く腫らせたオーウェル。

 心配げな視線のアンジー。

 それから、ほっとしたような顔つきのパンク。


 それぞれの真剣な想いを胸に刻んで、しかしそれでも、


「それではこれより、作戦の立案に入る。幸いにして、こちらには嗅覚を視覚化できるセンサーがある。これを使い、まずは鬼血人(ヴァンパイア)……エヴァンジェリンの居場所を突き止め、少女の奪取へ挑む」


 その奈落のような色合いの瞳には、苦渋の色が濃く宿っていた。

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