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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
2nd Story フェイト・オブ・ジ・イノセンス・ギア
56/130

2-21 PM13:30/水銀色のカタルシス

 ディエゴ・ホセ・フランシスコの執務室の棚の上には、長い事かけて集めてきた年代物の花瓶や時計が理路整然と並んでいた。どれもこれも、百年も昔にこの世に生まれた、職人技の粋を極めたものばかりだ。


 アンティーク品の蒐集。それがディエゴの趣味であった。しかしながら、ただ集めるだけではない。それなりの大金で購入したせっかくの逸品を、自分なりに再装飾するという傾向が彼にはあった。


 世間が「こうあるべきだ」と規定した価値観を上書きしなければ気が済まない。既存の概念や意味付けを塗り替えようとする行為。そういったのを好む性格は、たしかに似通っていた。あの対鬼血人(ヴァンパイア)部隊の生き残りであるボルケイノと。


 それでも両者の間には決定的な違いがあると、ディエゴの義理の弟である諜報局局長――ルドルフ・ミュラーは感じていた。


「それにしても、意外な展開になったな。僕の賭けが外れるとは」


 高級木材で作られた事務机の端に腰を下ろしているルドルフは、耳につけていた盗聴用ヘッドホンの有線をディエゴの携帯端末から取り外すと、軽い驚きの意味を含めて言った。


 グルストフの暗殺について前もってディエゴから聞かされていたルドルフであったが、《緋色の十字軍(クリムゾン・バタリアン)》を活用とすると彼から聞かされた時は、それが最善の選択なのかどうか疑問に思った。すでに精神を逸した彼らに、まともな行動など取れるはずがないと思い込んでいたからだった。


「まさか、あの狂人が素直に君との取引に応じるとは思わなかったよ。絶対になにかひと悶着あると予想していたんだから」


「彼らにも必死になって叶えたい何かがあるということだな。それに狂人というのも、しょせんは物の言いようだ。案外利口な奴かもしれん。負の感情を溜め込む癖があるが、その使い道を知っているようだった」


 事務机の引き出しから高級葉巻のケースを取り出しながら、ディエゴが感心するように言った。


「不満や怒りや嘆きを抱いても、それを一時の衝動に乗せて発散したりはしない。じっと溜め込んで熟成させていくなかで、希望や夢を抱こうと懸命に努力しているようですらある」


「あんな男が? 希望や夢に縋るというのか?」


 信じられないと言いたげなルドルフを気にも留めずに、ディエゴは葉巻に火を点けて軽く吸ってみせてから持論を述べ始めた。


「仲間たちがいてこそだ。あれは金や地位や名誉よりも、仲間たちとの価値の共有を優先するタイプだ。戦場で培ったんだろう。逆に言えば、仲間たちがいるからこそ希望を抱けるというわけだ」


「なるほど。地位や名誉に興味がないところは、たしかに君と似ているな」


「しかし中身は全然違う。そうだろう?」


 煙を吐き出しながら獰猛な笑みを返すディエゴに向かって軽く頷きながら、ルドルフは二年前の体験を思い出していた。グルストフに連れられて博物館(ミュージアム)を訪問した時のことを。


 そこは病院というよりも刑務所として機能していた。収容所よろしく、ガラス張りの窓越しにぼんやりと佇む患者たちを観察しても、ルドルフは特に何も感じなかった。制作背景が不透明な彫刻を目にしたような気分になるだけだった。


 ただ、青と白のストライプ縞の入った患者服に身を包んだボルケイノ・ザ・ノックスを目の当たりにした時は、はっきりと、それまでとは異なる感情を抱いたものだった。


 噴火(ボルケーノ)を必死になって押しとどめている活火山――そういう印象があった。一見して理性的な顔立ちに見えるが、その灰色の瞳には、底知れぬ都市への怒りがあると察知した。静かに、だが触れるものを全て燃やし尽くさんとする炎があった。その怒りのパワーをエネルギーに変えて生きているような男だと感じた。


 対して、ルドルフがディエゴに対して抱くのは、今も昔も変わらず、ボルケイノとは全く反対のイメージだった。


 氷の刃。例えるなら、まさにそれだった。


 目的のためならどこまでも冷徹な計算を続ける男。怒りという一時的な感情の励起に支配されることなく、溜め込むこともなく、巧みにコントロールして浄化する術を知っている。それは弱肉強食の都市社会を生きていくのに必要な知恵であり、優秀さの一つの形であるとルドルフは考えていた。


 だから、当時同僚関係に過ぎなかったディエゴ本人から、姉との結婚を考えていると告白された時も、嫌な感情は抱かなかった。それどころか、この優秀な同僚の下に姉を嫁がせれば、ミュラー家にとっても後々のメリットになると思い、結婚の段取りから何から進んで協力を申し出たほどだった。


 すぐ近くでバイブレーションが鳴った。ディエゴが着こなしている、スリーピース・スーツの胸ポケットからだった。


「さっそく仕事の成果が来たな」


 葉巻を口で咥えたまま、ディエゴは胸ポケットに手を突っ込んで携帯端末を取り出し、画面を開いた。煙に隠れる唇の端が、うっすらと歪んだ。その危険な表情を目にしただけで、端末の画面に何が表示されているか、わざわざ聞かなくてもルドルフは察することが出来た。


「確認するか? いい具合にブタが料理されてるぞ」


 画面をこちらに向けてこようとするディエゴに対し、ルドルフは本当に嫌そうに顔しかめると、大袈裟なくらい両手を顔の前で激しく交差させた。


「よしてくれ。血が苦手なことくらい知っているだろうに」


「そっちに送るから、委員会に提出してくれ。私がやると、いろいろと勘繰られそうだからな」


「やれやれ、どのみち見なくちゃいけないってわけか。わかったよ。とにかく、これで邪魔者はいなくなった。グルストフが死亡した今、治安維持局の臨時局長には君が就任し、都市緊急権の下に全権を預かる立場になれたというわけだ」


 都市に敷かれたテミス都市憲法第十九条第二項の条文を脳裡で読み上げながら、ルドルフは口にした。


 都市緊急権の下で全権を委任された治安維持局がなんらかの(・・・・・)形で機能不全に陥った際には、学究局長が臨時局長として治安維持局を統轄し、事の対処に当たるようにと、都市の法律に明文化されている。兵器技術の提供を主とする学究局は常日頃から治安維持局と密な関係性を保っており、そういう観点から定められた条文の筈だった。


 まさかそれを逆手に取り、クーデター活動に利用する者が現れるとは、誰も想像だにしなかったに違いない。これでプロメテウス市警の手綱は、ディエゴが握っているも同然のこと。


「それで早速だが、都市の警備はどうする?」


「最下層、中層はひとまず現状を維持だ。上から文句が出るだろうが、下手に物々しさを演出すれば都民に更なる不安を与えかねないとかなんとか……まぁ適当に言葉を並べるさ。上に住んでいる連中は口うるさいからな。そちらの警備は強化するが、それもあくまで個人の敷地内に限った方針とする」


「物は言いようだな。警備ではなく、実質のところは軟禁だろ? 都市の混乱を加速させつつ、自らの歩む道は整える。まさに君らしいやり方だな。検討を祈るよ、ディエゴ」


 労うようにルドルフが右手を差し出すと、ディエゴも葉巻を右手に持ち替えて、おもむろに左手を差し出した。二人の間で、固い握手が交わされた。しかし、自信たっぷりといった表情のディエゴに対して、ルドルフは何かを憂うように頬を硬くさせていた。


「どうした?」


「……やはり心配だ。これでボルケイノたちとの関係性が切れたのは分かる。それでも、向こうがそう思っていなかったらどうなる」


「次に奴らに狙われるのが私だと、そう言いたいのか?」


「考慮しておくべきだと思うが」


「もし彼らの中で都市上層部の殺害対象リストなるものが出来上がっているのだとすれば、そこに私の名前は載っていないだろうな。たしかに人体跳躍技術(ゲノム・ドライブ)の開発担当者は私だが、奴らは自らに植え付けられた異能力そのものを恨んでいるのではない。むしろ、感動すら抱いているはずだ。奴らが恨んでいるのは戦後、自分達に為された処置に関することだ」


博物館(ミュージアム)に押し込まれた経験を、今でも苦々しく思っているということか。すると狙われるのは――」


「イーライ・サンドリア医療局長だろうな」


 ディエゴは断言した。


「なぜ、もっと迅速な治療を仲間たちに施してやらなかったのだと、ボルケイノは内心で激怒しているはずだ。おそらくだが、願望授受体(フォークロア)の奪取と平行するかたちで、けじめをつけさせるつもりだろう」


「いいのか放っておいて。医療局とは密な関係を今後も築いていく方針なんだろう? ここでイーライを助け出すなりなんなりすれば、奴に恩を売ることだってできる」


「イーライは信用ならない相手だ」


 吐き捨てるように、ディエゴは言った。


「奴は《緋色の十字軍(クリムゾン・バタリアン)》の生体情報や戦闘シュミレーション資料を企業連合体へ横流しする代わりに、私的に金銭を得ていたんだ。私が来るべき未来を構築するための資金集めを目的に、輝灼弾の技術データを連合体へ売り飛ばしたのとは違う。目先の短期的な利益のためだけに、金を欲する。そんな卑しい男を生かしておく必要などない」


「では殺すのか?」


「色々と手は打ってある」


「そうか。とりあえず君が奴らの恨みを買う可能性が低いことが分かっただけでも、こっちとしては安心できる」


 ところで、とルドルフは話をつづけた。


「本当に後悔していないのか」


「なにがだ」


「あの奇妙な少女の情報をボルケイノに教えてやったことがだ。なにせ彼女の存在一つで、都市のありようが瞬く間に変わるんだ。逃がした魚がどれだけ大きいか。それを知らない君じゃないだろ」


 ルドルフは、自分がその情報を手に入れるために、委員会が所有する数十台のデータサーバーを運用したことと、その行動に対してどれだけの費用がかかったかを滔々と語り始めた。


 都市の治安維持のために反乱分子を炙り出し、リスト化し、委員会へ報告するのが諜報局の主な任務であるが、彼らの監視の目は都市の外へも向けられる。プロメテウスの更なる繁栄のために、また自都市の安全を確保するために対他都市政策を進めていく中で、ルドルフが『少女』の存在に気づいたのは、およそ半年前のことだった。


 どんな願いも叶える、奇跡の体現者とでも言うべき少女がいる。それも、奇跡を信じる者にしか知覚できないという――まやかしの類だと、最初は思った。だが部下たちの綿密な調査報告書を擦り合わせていくうちに、おぼろげだった少女の姿が具体的なかたちを伴って浮かび上がってきた。


 だから、実存を確かめる作業に入った。


 都市のネットワーク技術を活用してデータの抽出と精査に取り組み、少女の行動範囲とルートを割り出し、次に少女がプロメテウスを訪れるという予測がはじき出された瞬間、ルドルフは、この貴重にして限りなく高価な情報を独占することを決意した。


 全ては、義理の兄にして自らが全幅の信頼を寄せる男のためだった。


「君の野望実現のために、良かれと思って情報を教えてやったんだがね。まさか当人がそれを活用しないとは。君の思考スピードについていけない自分が、ひどく情けなくなるな」


 ルドルフはテーブルの端から腰を外した。そうして、自分の体温でかすかに温まったそこへ両手をつくと、ディエゴのエメラルド色の瞳を覗き込むようにして問い質した。


「君は間違いなく優秀な男だ。それだけじゃない。君が今の地位に就いたのも、君の唱える野望実現の足掛かりに過ぎないと知って、僕は心の底から感服したんだぞ。資本主義という病に罹った都市を旧態依然とした価値観の束縛から救うために、物欲に駆られる愚かな人々を助けるために、自らの思想で都市を真の意味で『統一』する……そんじょそこらの奴に思い付ける話じゃない」


「人生の全てを賭けるだけの意味がある。そう強く感じているよ」


「だったら、なぜ活用しないんだ。願いを叶える絶好のチャンスだろ。それを捨ててしまうなんて。せっかく手に入れた宝を手放すようなものじゃないか」


 語気にやや強みを帯びるルドルフを前にして、ディエゴは落ち着いた様子で葉巻の先端を底の厚いガラスの灰皿に擦りつけて火を消すと、水銀色の髪を撫でつけて、淡白な調子で言った。


「自分の力で望みを叶えなければ意味がない」


 ルドルフが、ぽかんとした様子で小さく口を開けた。そんな彼を面白がるように、ディエゴは得意げに続けた。


「重要なのは結果ではなく過程だ。何を手に入れたかではなく、どう手に入れたかだ。過程を疎かにする者に、神は決して微笑まない」


「やれやれ。なんというか、実に君らしい理屈じゃないか」


 思わず苦笑が零れた。呆れたのではなく、この優秀な身内の考え方に同調したからだった。ルドルフはディエゴの信者というよりも、どちらかと言えば、スポンサー的な立場としての傾向が強かった。発言の隅々に、それが現れていた。


「自分の力で望みを叶える、か。それは、君の願いというものが、君自身の精神的な部分に依るところが大きいのと関係しているのかな」


 核心を突くようなルドルフの指摘に、ディエゴは大きく首を縦に振ることで応じた。


「その通りだ。私の提唱する『精神的豊饒性』による都市の教化とは、つまるところ、私の思想で都市を『浄化』することと同義だからな。むやみやたらと結果を求めたがる姿勢になってしまうと、私の精神に濁りが混じることになりかねない。そんな状態で都市を教化しても、ただ虚しいだけだ」


「思想は精神の発露であるからか。しかしそうは言ってもだ。もしも願望授受体(フォークロア)の願いを叶えてしまった誰かが、君にとって不利な願いを都市に降り注ぐような選択をしてしまったら、どうするつもりなんだ」


「不利、というのは?」


「具体的には、そうだな。たとえば『こんなクソッタレな都市を破壊してほしい』とか。もしもそんな願いが叶えられでもしたら、君の野望うんぬん以前の問題だ。野望実現のための舞台が消えてしまう」


「テロリズムという名の脅威か。なるほど、このまま経済格差が深刻化すれば、最下層の中からそういった破壊願望にまみれた人間が出てきても不思議じゃないし、そういった輩が少女を手にすれば必ず利用してやろうと決心するだろうな。だが、私が思うに最後までそれは起きない。たとえ奇跡を叶えてくれる者が現れたとしても、都市の破壊を実行する愚か者などいないさ。君が手に入れたデータからも、それは明らかだ」


「言われてみればたしかに……少女が出没した都市の全ては今も存続している。都市が破壊された例はない。しかし、どうしてプロメテウスが滅びないと断言できるんだ」


「金持ちだろうがホームレスだろうが、生きる場所を自ら捨て去ることはできない。たしかに多かれ少なかれ、人々はこう考えている――こんなゴミのような世の中、どうにでもなってしまえ――とな。しかしながら、それは一般論だ。いざ都市が破滅を迎えそうになったら、不平不満を口にしていた奴ほど大いに慌てるものと、相場は決まっている」


「なぜなら、人は都市に生きているのではなく、都市に生か(・・・・・)されている(・・・・・)からだ。自分の意志で人生を生きている者など、この世にはただ一人としていないからだ……そういうことかい?」


 後に続くであろう言葉を、先にルドルフが口にした。ディエゴは微笑みを浮かべると、満足したように頷いた。模範解答を示した生徒を褒める教師のような調子で。


「人は歩みを進めながら、大事な何かを切り捨てて生きている。前向きな心であるとか、希望であるとか。そういったものが、時間の経過と共に劣化していくことに耐えられなくなる。無意識のうちにな。そうして、何もかもを諦めてしまい、都市に生かされるだけの存在に成り下がる。そんな弱者が、プロメテウスに引導を渡すだけの度胸を備えていると思うか?」


「そうは言うが、やはり心配の種は尽きんよ。君の野望を邪魔する者は徹底的に排除するようこちらも努力するが、どうしても限界というものがある」


「安心したまえ。最近になって、ようやく『私兵』たちの稼働に成功したところだ。いざとなったら彼女(・・)らを使うさ」


「以前話していた、魔導機械人形(マギアロイド)のことか」


「ああ。《緋色の十字軍(クリムゾン・バタリアン)》に施した人体跳躍手術(ゲノム・ドライブ)の基盤となった魔導技術を組み込んだ、自律思考型の機械人形さ。外装のデザインを決めるのに時間がかかったせいで、実用化までに時間がかかってしまった」


「魔導技術……初耳だな。そんなものを構築していたのか」


「根っ子の部分には呪術の理論を適用している」


「ほう」


「呪学療法士の集団たるモージョーの一族。彼らの協力を取り付けられたのが大きい……奴らのことは知っているか?」


「あの薄気味悪いまじない屋連中のことか。しかし、魔導技術のベースが呪術とはな。本来なら人間にしか使えない力を、機械たちにも適用したわけだ」


「基本的な部分を抑えておけば簡単だ。呪学療法士たちがなぜ呪術を扱えるかと言えば、奴らが飼っている特殊な腸内細菌たちのおかげだ。細菌の活動が体内の神経や血管に作用して、脳の微小管と呼ばれる部位を活性状態へ導き、量子化させることを私は突き止めた。脳が量子化した状態というのは、つまり、意識を量子的にどこへでも『飛ばせる』ということだ」


「いわゆる、量子もつれに端を発する量子テレポーテーションのことだな?」


「そうだ。この量子もつれのおかげで、直接手を触れていないのに念じるだけで外界に何らかの影響を及ぼすことが可能になる。これが呪術の科学的本質だ。この量子もつれをよりマクロな視点から数理的に分析し、体系化させたのが魔導技術であり、人体跳躍技術(ゲノム・ドライブ)の大元になっている。鬼血人(ヴァンパイア)の扱う奇妙な術の数々の発生原理も、呪術と同様のものらしいぞ。奴らは細菌の代わりに、血を媒介にしているようだが」


「だったら、《緋色の十字軍(クリムゾン・バタリアン)》の連中を改造する際に、その細菌を使えば、あんなにコストがかかることもなかったんじゃないか」


「細菌移植を実現するには、モージョー側から検体(・・)を頂く必要がある。だが、そんな要求をして関係がこじれるのだけは避けたかったんだ。奴らとはいい関係を築いていきたいしな。それに、呪術の出力は術者の『気の持ちよう』でいくらでも変わる。精神的な依存度が高いんだ。戦闘効率が必要とされる戦場で、そんなのを採用するのはナンセンスだろ。闘いで必要なのは継続力だからな」


「なるほどな。君がどれだけ優秀な兵隊たちに守られているかは分かった。都市が混乱に呑まれても、君だけは冷静さを保つだろうこともね。なら、こういう質問はどうだろうか」


「まだ何かあるのか」


 ディエゴが露骨に顔をしかめた。そろそろ今後の方針を立てたかったし、そのために会議終了後、ただちにルドルフを呼びつけたのだ。しかし、当のルドルフ本人はそのことを承知していながら、それでも構わず先を続けた。


「もし、君の教義に心酔する信者の一人が、君のために少女を捕らえようと躍起になっていたら、どうする?」


 ディエゴが急に押し黙った。水銀色の髪を右手で撫でつけながら、そのエメラルド色の瞳が、輝きともつかぬ獰猛な色味を発していた。それが気分の高揚によるものではなく、純粋に興味を惹かれたがゆえの反応であると、ルドルフは気づいていた。


 諜報局の役割とは、極端に言ってしまえばスパイ活動そのものに他ならない。産業や政治といった、都市の根幹を司る重要分野に潜入して情報を搔き集め、都市の安全と平和を維持するために活用するのが、彼らの至上任務であった。


 市外と市内。その二つが主な仕事場で、特に市内においては反乱分子を炙り出したり、都市のパワーバランスを保つという目的の下、上層から下層を駆けずり回り、より個人的な範囲の情報を蒐集し精査する任務に就くこともあった。


 その中でも、特に注意を払っている界隈があった。プロメテウスで毎年長者番付に名を連ねる富豪者のリストがそれである。金を武器として扱い、都市の経済ゲームで名を広め、より莫大な富を求めて暴走しがちな彼らの下に、メイドや執事、庭師といった立場を装って、諜報局員たちが何十人も潜入している事実は、一般的に言ってまず表沙汰になることはない。


 そんな影の任務に黙々と従事する一人の名前を、ルドルフは口にした。


「ジョシュア・ブレンド。諜報局が抱える中堅局員で、君の信者だ。しかし今は、名前を変えてさる富豪の屋敷に潜伏している。ガードマン兼執事としてね。その彼から直々にもたらされた情報だ」


「ずいぶんな話だな」


「なんでもその富豪、君が後援者に名を連ねている企業セミナーの会合に出席したことがあるそうだ。その時に、君の唱える教義を耳にして以来、すっかり感化されてしまったそうだよ」


「あれは招待式の会合だが、それでもかなりクローズドな代物だ。参加者の背景は逐一こちらで調査している。となると、そうか。私の意志に同調してくれる人物であると、他ならぬ私自身が判断したわけだな」


「情報によると、少女奪還のゲームで最も有力な立場についているらしい。喜ばしいことじゃないか。君の活動が、着実に都市を染めていっていることの証拠だ」


「正直言うと、あまり心地良いものではないな。私の考えに同調していながら、勝手にこちらの意を汲んで動き回ろうとするのは、余計なお節介というほかない」


 不愉快さを隠そうともせず、ディエゴは言った。水を向けたルドルフはと言えば、特に驚くこともなかった。彼ならきっとそういう反応を見せるだろうと思ったからだ。それでもこの話題を振ったのは、情報を得たディエゴがどう動くのか観察したいという欲求に駆られたせいだった。


「始末させようか?」


「いや、まだ早い」


「おや、少女を奪う気になったか?」


「残念ながら、全くその気は湧いてこない。だからと言って、使えそうな駒をここで急いで捨てる必要もないだろう。うまくいけば、彼女(・・)たちのお披露目となる舞台を整えてくれるかもしれない」


「ふむ……? まぁいい。君が言うならそうしよう」


「ただし、利用価値がなくなれば直ちに処分する。そのジョシュア・ブレンドという人物と連絡を常に取り合って、向こうの動きを逐一知らせてくれ。機を見て、最終的な処置は私が決める」

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