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プロメテウスに炎を捧げよ  作者: 浦切三語
3rd Story ザ・ポリフォニック・バベル
107/130

序幕 とある落伍者のオブジェクト・ホロ・テキスト

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 プロメテウスで生きる――そのことについて、いま一度、真摯に考える必要がある。


 この都市で生活を送るということは、他人の不幸せを搾り取り、そこから垂れ流される甘露を嬉々として口にする側に回るか、それとも己の心身をひたすら削り続けて、甘露を提供せざるを得ない立場に回るか、そのどちらかを意味するからに他ならない。


 都市の最下層は後者のグループにカテゴライズされる者たちの吹き溜まりと言えるだろう。人々の心の内に咲く繊細な花々が、ものの数日ですっかり枯れ果ててしまうくらいには冷徹な土地。古くから都市の芯を貫く苛烈な競争原理と、そこから生じた様々な摩擦――陰謀論、熱狂、物質主義、呪術的思考といった様々な毒物――のゆりかごにして、プロメテウスの原理原則をそのまま投影したような空間だ。


 そこで泡を食って生きているのは、元来からの貧民だけではない。何か重大なヘマをやらかして中層より上の階から転落してきた者たちも、当然ながら含まれる。このバベル型積層都市を自在に飛ぶための翼を無残にもぎ取られた姿で。そうした者たちは同情や憐憫を向けられるというより、むしろ「最下層流」の洗礼を受けるのが主流であったりする。


 その流れの先導者にして流れを確固たるものにしている張本人たちこそ、自らを「善良」と信じて疑わない、都市最大の情報ネットワークである電脳空間の放浪者(クローラー)たち。都市「最唯」のソーシャル・メディア《ワン・メディア・ワン・トゥルース》――OmOtこと《オーツー・メディア》……放浪者(クローラー)たちの活動の源……野卑な好奇心という名の酸素(オーツー)をインスタント・コーヒー並みの手軽さで供給する彼らにとって、落伍者(フォーリナー)に関する情報はアクセスの稼ぎもよく、オーツー専属の電脳記者たちの格好の餌でもある。密猟者が希少な動物が罠にかかるのを、いまかいまかと固唾を呑んで監視しているように、後頭部に没入用のスロットを有する彼らもまた、独自の《(トラップ)》を用いて、野蛮な接触を試みてくる。


 幸運なことに、私は彼らとの接触を、今のところどうにか断つことに成功している。だが、それもいつまで持つか分からない。ゴシップに飢えた猟犬たちの鼻を、どうして侮ることができるだろうか。現実世界で私の生存説(・・・)が囁かれているのは、他ならぬ私自身が、そうした情報をある意図の下に流し、()()()()()()から目を逸らそうという作戦に他ならないのだが、それでも、いつまでも彼らの鼻を誤魔化せるとは思えない。


 だからいま、こうして必死になってテキストを生成し、この広大な電脳空間の大海に漂わせている。情報の波濤へメッセージ入りのボトルを投げ込み、何かしらの良好な反応がもたらされるのを期待している。


 メッセージとは他でもない、これから記す私の言葉であり、その言葉の連なりが意味するのは、かつて「私だったもの」が生み出した怪物たちが、都市の根幹を揺るがす重大事件を引き起こそうとしていることの警告なのだ。


 このテキストを受け取った者へ。私が何者であるかを告げよう。


 もしあなたが、都市に住んでそれなりの年数を経験している者なら、すぐにピンと来るはずだ。自分で言うのもなんだが、私は……いや、かつて「私だったもの」の活動は、その一挙手一投足は、いまはすでに絶滅してしまった個人報道官(コア・メディア)らの手によって、様々な尾ひれを付けられたかたちで、都市中に伝達されたものだ。


 ディエゴ・ホセ・フランシスコ。


 それが私であり、かつて「私であったもの」の名だ。この積層都市・プロメテウスの最上層で、終わることのない権力闘争に、儚い理想を掲げて身を投じた男。その理想と情熱と魂とが、光のごとき速さで摩耗し、劣化し、腐り果てていく事実から目を逸らし続けた臆病者。その臆病さゆえに、都市に未曽有の危機をもたらすことになってしまった、都市原理の探究者にして改革者を自認していた、愚かな独りよがりの耄碌老人だ。


 五十年以上に渡って三統神局(ゲル・ニカ)の先頭に立ち、都市の権力機構との武力政争に明け暮れた末の私の「病死」は、多くの都民たちにとって、それなりのエンターテイメントになったはずだ。特にメディア関係者諸君にとっては、視聴率を高め、アクセス・カウンターを爆速させるのに絶好のチャンスとして映ったに違いない。

 彼らがどれだけ躍起になって、私の死をこねくり回し続けてきたか、私にはわかるのだ。なぜなら、ずっとここ(・・)で観察してきたから。こうして意識だけの存在になり、電脳空間の裂け目(マトリクス)、その深部を途方もなく漂い続けているからだ。彼らがどれだけ「ディエゴ・ホセ・フランシスコの死」をキーに、あの手この手の話題(データ)採掘(マイニング)し、奇怪なシロモノとして装飾し続けてきたか、私にはすべてお見通しだ。


 私の隠し子、私の隠し財産、私の罪、魔導機械人形(マギアロイド)の技術流出……列挙すればキリがない、氾濫し続ける情報の数々。その大半は、ほとんどがデマだ。誓ってここに断言しよう。だが……私はあなたを信じたいが……聞く耳を持ってほしいというのは極めて困難な要求であるかもしれない。電脳空間の著しい肥大化による情報洪水(データ・ラッシュ)の日常化と、封言呪符(ウエハース)の更なる浸透化によって、その思考形態すら呪術的となってしまった多くの都民たちにとって、陰謀(・・)という言葉が持ついかがわしい響きが、すでに揺るぎない真実(・・・・・・・)として認知(・・)されるようになってしまった今に至っては、この混迷の一途を辿る都市の礎に、秩序の二文字を刻むのは、天使の梯子に手をかけるのと同じくらい、難しいことに違いない。


 それでも、私はあなたを信じたい。このメッセージを受け取ったあなたが、呪術的思考に囚われず、情報洪水(データ・ラッシュ)を浴びても思考停止に陥らない、真の社会的人間(ソーシャル・ヒューマン)であることに一縷の望みを託し、これからのことを話そうと思う。


 かつて「私だったもの」が生み出した怪物たち。その正体は言うまでもない。私の死後に、突如として私の指揮管理下を離れて暴走し始めた魔導機械人形(マギアロイド)たち。いったいどういう手法によるものかは判然としないが、何者かが死後の私の肉体から《セーフティー・ボックス》の解除キーと起動パスワードを簒奪し、秘密裏に廃棄処分されるはずだった彼女たちを目覚めさせたのだ。


 彼女たちの目的。それは秩序の再構築だ。だが、機械仕掛けの人形たちが唱える秩序が、あなたたち人間のそれと同じだとは思うな。彼女たちが怪物なら、その創造主もまた怪物であるのだ。暴走を始めた彼女たちの社会思想は、末期の状態にあった私の影響を強く受け、それを彼女たちは「自分たちの思考」だと、半ば自己暗示でもかけるように維持し続けている。彼女らの企てる《計画》が如何なるものか、それを見極めてほしい。


 彼女らの中でも、特に危険と目されている三体の魔導機械人形(マギアロイド)について、軽く言及しておこう。しかしながら、彼女たちは晩年の私が……かつて「私だったもの」が魂の著しい劣化に酷く犯され、泥濘とした妄執と滾る憎悪のままに設計・製造した人形たちだ。今のクリーンな状態にある私には推し量れない部分もある。その点は、どうか了解していただきたい。


 シリアルナンバー・N893SUI9。身体すべてが呪力増幅魔杖(キャラメリゼ・ロッド)で構成された、レギオス・エル・センチピードル。軍団(レギオス)の名を冠する者らしく、その行動原理は群体武力による障害の制圧と排除にある。身体を構成するパーツを細やかに自動分離し、半有機体である何十、何百匹もの人食い百足(センチピードル)を繰り出す、軍団の長にして破壊者だ。自律神経と自律思考を搭載された肉食動物の大群に遭遇したら、死に物狂いで逃げるんだ。地を飛ぶように這う敏捷性と、高い迷彩機能(ステルス)に起因する隠密性と、猛毒を秘めた強靭な顎肢による攻撃力に少しでも翻弄されてしまえば、ものの数分のうちに五体満足でいられなくなるのは確実だ。


 シリアルナンバー・N893SUI20。情報洪水(データ・ラッシュ)の荒波を操作・支配する力を持つ、モンフル・エル・ブルーオーシャン。私がいま、個人的に最も警戒している魔導機械人形(マギアロイド)だ。彼女の意思は電脳空間と一体化しており、その肉体は、都市のありとあらゆるところに点在するサーバーそのものなのだ。安全地帯を各所に有する彼女は、この電脳空間内でも、ほとんど姿を現すことなく、情報の波飛沫の陰に潜み続けている。それもこれも《計画》を首尾よく進めるための、緻密な工作のためだ。途方もない量の情報を素早く改竄し、無造作にばら撒いたかと思いきや、その伝達速度すらも支配する。情報技術のプロフェッショナルである彼女が、都民の呪術的思考を加速させている一因を担っている。もしあなたが名うての電子工作者だとしても、無謀な戦いを挑んではならない。彼女は常に何かを嘆き悲しんでいるが、その悲しみが外に向けられでもしたら、それは獰猛な牙となってあなたに襲い掛かり、あたりは血の海(レッドオーシャン)と化すに違いない。


 シリアルナンバー・N893SUI58。だが識別番号を記しても意味はないだろう。あなた方の社会にすっかり紛れ込んだ彼女こそが《計画》の推進者だ。

 あなたも耳にしているのではないだろうか。湾港工業労働者組合の代表を務める弱者のヒーロー、ディライト・エル・エッジワース。賃上げや健康保険の整備を委員会や企業連合体相手へ果敢に訴える交渉人としての彼女の佇まいは、確かに多くの都民の目からは、恐れを知らぬ剛剣の切っ先(エッジワース)に見えるのかもしれない。

 だが、忘れるな。彼女は魔導機械人形(マギアロイド)だ。それは本当に彼女の真意だろうか? よく観察していれば分かるはず。彼女が切り裂くのは大衆の倫理観であり道徳だ。彼女が無造作に放つ、恐るべきレトリックの鋭さを、どうか躱し切ってほしい。彼女が成し遂げようとしているのは、都市の怪物化であり、それはあなたたち都民の生活を、完膚なきまでに根絶やしにすることに等しいのだ。


 事態は急を要する。エッジワースの甘言に唆され、熱に浮かされた者は数知れない。根拠なき熱狂を全肯定する彼らは、進んで自らの意思で彼女の支持者であることを誇らしげに自慢する。だが、私には、それがどこまでも不気味に思えて仕方ない。彼らには意思がないように思える。言葉を額面通りに受け取り、その裏にある意味を推し量ろうとする人間本来の力を、とっくの昔に喪失してしまっている。


 私は社会を変えたかった。このプロメテウスを蝕んでいる、度し難い病巣をまとめて排除したかった。しかし、今ならわかる。手段の誤りを、今こそ認めて反省する時だ。私は急ぎ過ぎたのだ。もっと慎重に事を運ぶべきであり、あらゆる方法論を仔細に検証すべきだった。盤面の駒が一時に翻ったりでもしたら、あまりのことに驚きを隠せない者が多くいることを、私は深く知るべきだったのだ。


 エッジワースは、かつて「私だったもの」が為し得ようとしていた理想を、自分たちにとって都合の良い形に曲解し、実現しようとしている。ひどく巧妙で、一切の滞りが発生しない驀進的な方法論に基づいて。過程をまどろっこしいものと断じ、目に見えて明らかな結果だけを欲しがる大勢の都民にとって、それは魔性の宝石箱のように、魅力的に映るのに違いない。


 魔性の宝石箱の輝きに心を奪われてしまった者の代表格としては、湾港工業地帯に点在する各工場の稼働を管理する立場にある、工場総長(ファクトリー・ヘッド)のダグラス・ビルドアッパーがいる。いかにも湾港労働者然といった強面のあの男も、エッジワースを前にしては子犬同然だ。

 だがそうは言っても、彼の立場を軽んじてはいけない。都市の生活に要するエネルギーはすべて、あの湾港工業地帯から採掘される過脊燃料(ギャゾレイト)によって賄われていることは知っているだろう? 採掘マシーンを稼働させるか否か、その決定権はダグラスの手に握られている。エッジワースの要求に対して、あの無敵とも思える権勢を奮っていたレーヴァトール社を始めとする企業連合体が及び腰になっているのは、ひとえにダグラスの存在があるからだ。もし、彼の洗脳(・・)を解く何かしらの手段をあなたが見つけたら、おそらく魔導機械人形(マギアロイド)の計画は多少の変更を余儀なくされるかもしれないが、まずそんな可能性を見つけることが難しいのと、計画の頓挫には繋がらないだろうし、あまりお勧めはできない。


 エッジワースは法曹界にも洗脳の種をばら撒いている。《スター・シューター》こと、ラクウェル・ハンクシャープ判事。(スター)撃ち落とす(シューティング)勢いで法曹界のパワー・ゲームを支配する彼女を、その美貌だけでのし上がってきた現場経験に乏しい女と揶揄する声もあるが、それは完全に彼女の作戦だ。司法研修所在籍時代の彼女のテーマは裁判制度の改革であり、テーマ実現のためにあらゆる手段を講じるだろう。暗示をかけられた彼女が、エッジワースたちの活動をスムーズなものとするために、有利な法的工作を仕掛けてくるのは間違いない。


《法曹界の老猿》こと、シリウス・エイプス弁護士の動向も気がかりだ。民事再生法のプロフェッショナルである彼が、企業連合体の弱体化に一役買っていることに、溜飲を下げる者もいるだろう。

 だが、彼はその手続きを悪用して企業の財産を切り売りし、エッジワースたちの活動資金を捻出している。その証拠となるデータ・ファイルを私は途方もない時間をかけて電脳空間の深部で発見したが、しかし十分な材料をそろえる前に、ブルーオーシャンの手先にやられてしまった。そうだ。電脳世界の暴走族である《ライダース》の一味だ。彼らにも気を付けるが良い。


 特に《チーム・クリテイシャス》のリーダーを務める更新強化人(エキスパンダー)の《レックス》なる優男と、彼が引き連れる違法改造されたペット・アバターの軍勢・《強竜軍団(ダイナソー)》に目を付けられたら、まず命はないと思え。彼らはブルーオーシャンの類まれなる電子工作能力をバックアップに、電脳空間と現実世界の両面から、敵対者の居所をたちまちのうちに突き止めてくるはずだ。


 科学の方面だけではなく、呪術の方面にも注意を払うべきだ。今や都市随一の呪術キットの製造と販売を担うまでに成長した一大企業のメリアデス・グループ。その総帥を務めるスティンガー・アル・ミラージ。先天的に頭部の重度皮膚異常を患った呪学療法士のこの男は、かつてのモージョー一族に代わり、企業連合体の用心棒として君臨し、数多の弟子たちに失われた呪術の奥義を授け続けているという話だ。


 また、彼の周囲には不気味な相貌の、亡者然とした者たちがしこたまうろついている。私は彼らを《生屍人(グールズ)》と勝手に呼称しているが、その性別も年齢もバラバラなのが気になる。九十を超えた車椅子姿の老婆から、キャンディを舐めてばかりの五歳児まで、実に様々な者たちが、一様に生気を無くした顔色で本社の敷地内を巡回している姿は、まるでホラー・フォーラムにいるかのような恐怖感を喚起させてくる。市警や機動警察隊(クリミナル)の連中ですら、あの敷地周辺のパトロールは形式だけで済ますぐらいだ。


 ひとつ、追記しておこう。スティンガーの目的は企業連合体の子飼いになることではなく、新秩序の創生にあるであろうことは、裏の世界を知っている私の目には明らかだ。彼とエッジワースは明確な協力体制を敷いているが、私には、彼がエッジワースの《計画》に相乗りする形で、何かしらの悪事を企んでいるように思えるのだ。


 ここまで紹介してきたのは、都市の普遍的な原理原則に積極的に介入し、自分たちにとって都合の良い真実を捏造し、都民の思考のベクトルを、自分たちの希望通りに捻じ曲げることに快感と達成感を覚える者たちの主なリストだ。

 そして、ここから先はグレーゾーンの人物たちについて記していこう。それはつまり、まだ彼らが、この都市にとって害悪なる存在となるか、それとも良心の灯となるか、現時点での私の眼力では判別がつかないことを意味するが、もしも協力を乞えるのであれば、是非とも接触を試みてほしい。


 プロメテウス実銃所有協同組合――通称・プログオックと、それを収めている団体《炎と祈りの交流会》は、生粋の銃愛好者たちから構成される非営利団体だ。中でも、代表を務める《女将軍(ジェネラル)》こと《八代目コルト・ガバメント》なる妙齢の女性は、筆舌に尽くしがたいほどの優れたガン・ファイターであり、五万人を超える会員から尊敬と羨望の眼差しを浴びつつも、決して派手な言動は好まない、多くを求めない女だ。


 だが、多くを求めないということは、逆説的に、たった一つのことに異様なほど固執することを意味する。彼女にとっては「銃」と、「銃」がもたらす「奇跡」こそが人生の全てだ。かつての昔、この都市に叛意を剥き出しにして闘争を挑んだ、荒くれ者のガン・ファイターの肖像画を自室に飾る彼女は、武器としての銃と、観念としての銃の、双方を等しく重んじる。彼女にとっての「力」とは「撃滅」を意味するのだ。もしも、銃の熱狂的な信奉者である彼女がエッジワースの《計画》に端を発する事件に巻き込まれ、己の人生を汚されたと感じたら、文字通り全てを投げ打って、都市を火の海に変えてしまうだろう。そうなる事態は、絶対に避けなければならない。


 企業連合体に名を連ねる娯楽福祉企業、メスメティウス電脳技研の執行役員であり、メスメティウス・ゲマリア・カンパニーの代表を務めるシャム双生児、両性具有者(アンドロギュノス)のギレンホール兄妹は、自分たち(・・・・)の身にまつわる悲劇的な過去を、社会の荒波を乗り越える力に変えている稀有なタイプだ。

 もしもゲーミング・フォーラムの一角で、あの兄妹を見かけたら、積極的に声を掛けてみてほしい。都市随一のプロゲーマーたる彼らは、この広大な電子の海の水平線の彼方まで見通せるほどの一線級の監視員(ガードナー)でもあるからだ。彼らの懐には都市のあらゆる情報が、ひとりでに集まっている。

 しかしながら、彼らの信頼を得るのは並大抵のことではない。実力を示せ。ゲーミング・フォーラムで毎週開かれるランキング戦で掲示板に名前が載るようでなければ、彼らは興味を持たないだろう。


 最下層の治安を暴力的手段によって統括する機動警察隊(クリミナル)は、残念ながら、その大部分がエッジワースたちの手に堕ちている。しかしながら、その大本である市警に在籍する者の中には、まだ良心の光を信じて活動している者たちもいる。

 腕利きの捜査官である《ロープ・マスター》ことキンバリー・ライブラ。

 義肢関連の知識に明るい刑事課の全身義体者(フル・サイボーグ)、サスカッチ・ブライトバーン。

 この二人は強引な捜査手法がよく放浪者(クローラー)たちの薄汚い手で取り沙汰されるが、それもこれも都市の現状を憂いてのことだなのだろう。

 元児童相談所職員という経歴を持つ《ミス・クレイドル》ことマギー・マディソンが独自に組み上げた「保護すべき子供たちのリスト」は、正しい者たちの手に渡れば凄まじい効力を発揮するはずだ。近年、アンフェタミン・シガーの一種である新型違法薬物ディサッピアの低年齢層への流入の背後に、エッジワースに連なる者たちの影が蠢いているからだ。


 それでも警察機構というのは、そこに在籍する人間たちを、圧倒的で複雑怪奇な組織力によって、いともたやすく歯車に変えてしまうパワーを秘めた魔獣の腸だ。先に挙げた人物たちが、すでに有象無象の思惑に絡めとられ、胸に宿していた灯を吹き消してしまった後かもしれない。そのことは念頭においてほしい。


 特に気がかりなのは、遅咲きの苦労人にして、生前の私とも交流のあった《フック・マン》ことコフィン・ドライバー刑事部長だ。人を集める(フック)力に優れ、常にメインストリームとは反時計回り(フック)に物事を考える、一癖も二癖もある変わり者(スプーキー)だが、その地道な捜査能力に裏打ちされた推理力と、人の本質を見抜く観察眼が、いまだに曇っていないことを願うばかりだ。もしも彼がその聡明さを今に至るまで失わずにいるのなら、そこにはきっと、《ホワイト・ギルド》の存在が大きく関係しているに相違ない。


 ホワイト・ギルド。この都市に残された最後の希望。陰謀論に打ちのめされず、都市原理の因果関係を理知的な手段で洗いざらいにし、果てしなき暗闇の向こうに真実の地平を見い出そうとする勇敢な者たち。彼らのことを「市警の走狗」となじる者は多い。事実、弱体化した市警に代わって、都市の揉め事を合法的に解決しているのは彼らなのだ。


 だが、彼らは決して狗ではない。従来のハンターズ・ギルドのような、金だけのためにすべてを犠牲にしてしまうような、浅慮を極めた利己的集団ではない。イルカの如き知性と、ライオンの如き力を兼ね備えた、この都市の正統な守護者であるのだ。


 あなたはホワイト・ギルドを頼るべきだ。いや、どうか連絡を取ってほしい。ホワイト・ギルドの中でも、特に信頼に足りうる《ギャロップ・ギルド》のエージェントたちに。私はこの七年間、裂け目(マトリクス)の向こう側から彼らを観察してきた。彼らひとりひとりの能力の高さと、エージェント同士の適切な距離感には、非常に高い好感を抱いている。


 だがそれでも、私自身が彼らと直接的な接触を図るのは、控えた方がいいだろう。このテキストをギルドに持参する際には、私に関する項目は徹底的に削除(デリート)しておいてほしい。それによって情報の信頼性は低下するだろうが、たとえ匿名のテキストであっても、彼らの目なら、このテキストの至るところに漂う切実な空気感を看過するはずだし、何より……私には勇気がない。彼らの前に姿を現す勇気が。それだけ、あの小規模なギルドには、私と根深い関係にある者たちが多いのだ。


 ギャロップ・ギルドの長を務める《コーチ》・ミハイロヴィッチは、かつて三統神局(ゲル・ニカ)の主任研究員を務めていた、生まれながらのエリートだ。だが彼は私の前から去り、そして最下層へ自ら下っていった。蒙昧した挙句に都民の良いおもちゃとして堕ちていった私とは、全く異なる経歴の持ち主。

 彼は落伍者(フォーリナー)ではない。彼は自らの意思で、都市の階梯を下っていったのだ。精神分析医としての資格を持つ彼は、人ではなく都市そのものを患者に見立てることで、都市を健全な状態に戻そうとしている。かつて「私だったもの」が都市の《教化》に熱中していたのとは対照的だ。彼は穏やかな手法で都市を《清掃》することを目的に、ホワイト・ギルドを立ち上げたのだ。《浄化》ではなく《清掃》という部分が、いかにも彼らしさを覗かせる。


 彼の理念に共感するエージェントたちについても、述べておこう。


 ギルドの会計監査を一手に担う《過たない女(エックス)》ことエクセリア・シルバーラップ。弁が立つ彼女は、いついかなる時だろうと冷静さを崩さない。彼女なら、このテキストが発する警告を、正しく見極めることができるはずだ。


 ウォルト・プロテクト。まだ十代という若さながら、電脳犯罪事情のエキスパートであり、特に重要データの違法取引に関する摘発業務が、彼の主な役割だ。その優秀さには目を見張るものがある。娯楽と文化を愛するサブカル・ガーディアンにして、ややニヒリズムの傾向がある彼の性格に、もしかするとマイナスな感情を抱くかもしれない。だが、心配はするな。攻撃ではなく「防衛」と「蒐集」に特化した彼の電子工作技術があれば、必ず電脳空間におけるあなたの活動を力強くバックアップしてくれるに違いない。


 元保護司にして人権保護団体に所属していた経歴を持つ《隠し屋(ヒドゥン・キーパー)》ことマリオ・オプトは、ウォルトとは対照的な楽天家(オプティミスト)だ。とはいっても、それは緊急事態を楽観視するという意味ではない。むしろ、あらゆる状況を想定したうえで、常に心身共にリラックスした状態で対処に当たるのが彼の流儀だ。更新強化人(エキスパンダー)としてその身に備わった《歪髪(モイスチャー)》の力で、全身の体毛を手足のように自在に操作し、地面にばら撒かれたミリサイズのピンボールをものの数秒ですべて拾い上げる精密操作性と、四トントラックを軽々と持ち上げる強靭性で以て、これまで数多くの犯罪者たちを留置所送りにしてきた、名うてのエージェントだ。


 そして……あの娘(・・・)が所属するまではギルドの紅一点であった、アイリス・ツインブラッドも忘れてはならない。彼女と私とに個人的な繋がりはないが、私は決して彼女の存在を無視するわけにはいかない。人心を吸引するかのようなアーモンド・アイと見目麗しい容貌で多くの同業者たちを虜にする彼女の出自には、一説によると、五十年以上もの昔に、この都市を震撼せしめた夜の眷属、鬼血人(ヴァンパイア)が関係しているらしい。そんな噂がついて回るのは、更新強化人(エキスパンダー)としてその身に宿した能力が関係しているのだろう。唾液、尿、涙など、体内で調合した麻薬成分入りの体液を放出する《歪液(ジューサー)》の特性は、恐らく彼女の血液すらも能力仕様の対象として捉えているはずだ。


 アイリス・ツインブラッド。私は彼女に心からの謝罪をしなくてはならない。だが、それは私の甘えでもある。許されることで罪から解放されたいと願う、私の怠惰な性根を、彼女の双眸は見透かすに違いない。私には、それが耐えられない。


 そして、もうひとり、真摯な謝罪を送らねばならない人物がいる。


 アイリス・ツインブラッドの妹分。ミハイロヴィッチが全幅の信頼を寄せる、ギャロップ・ギルドの若きエース・エージェント。同業者はもちろん、市警にもその名は広まっているようだ。マギー・マディソンは彼女に「ママ」と呼んでもらいたがっているし、キンバリー・ライブラに至っては、彼女の引き抜きを画策するぐらいだ。


 その小さくも力強い手で都市の錆付き(ラスティ)を拭い去り、絶望と憎悪に満ちた都市の底を照らす(アンダーライト)ことに邁進する《研磨呪学士(ザ・クリーナー)》こと、ルル・ベル・アンダーライト。


 私は彼女を激しく傷つけた。そして忘れ去ろうとした。私の一人娘の代わりになろうと、禁断の呪術に手を染めた彼女を、役目を逸脱した哀れな人形(・・)として、捨て置こうとした。そうすることで、私は逃れたかった。誰かに愛情を向けることに、いつの日からか躊躇し、拒絶するようになった私は、私に向けられる無垢な想いのこもった視線に、耐えきれなかった。


 彼女は立派に成長した。私の下を離れ、最下層の《番外地》に居を構える呪術王の下で研鑽を積んだ彼女は、果たして私との対面を希望するだろうか? だがもしそうであっても、私は会えない。会う資格がない。もはや傍観者としてしか振る舞えない私など、彼女にとっては重荷になるだけなのだ。


 もし、あなたがそれなりの力を持つのなら、お願いだ。どうかルル・ベルの力になってくれないだろうか。このテキストを彼女に届けてくれ。そして伝えてくれ。いま、この都市に未曽有の危機が迫っていると。


 ああ、くそ――そうこうしているうちに、気づかれたようだ。ブルーオーシャンめ。裂け目(マトリクス)を隠していたオブジェクト・スクリプトが、悲鳴を上げるかのように剥ぎ取られていく。もうこの隠れ家にはいられない。別の場所に移動しなければ……


 ここで話はお終いだ。私は早々にこの場を立ち去り、電脳空間のどこかに身を潜め続けることになるだろう。都市が安寧を取り戻すまでは。


 では、さらばだ。この都市で暮らす、名も知らぬあなた。


 あなたの良心を、私は信じる。


 あなたと、あなたの近しい人々に、どうか幸があらんことを。

</p>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新されたんで一話から読み進めてやっと追い付いたんだけど。 めっちゃワクワクする導入じゃねーか!
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