リュウの能力
そこから二度ほど別のポイントで採取を行いつつ、天木の目指す目的地に向かう。ようやく到着したころにはおよそ5時間近く経っており、第四の隊員はともかく第五、第六の隊員はかなり体力を消耗していた。
「いやあ皆お疲れ様! 皆のおかげで無事にここまでたどり着くことができたよ。それじゃあ早速僕は調査に取り掛からせてもらおうかな。大体一時間くらいかかると思うから、それまでは皆自由にしてていいよ」
「ここが、目的地……」
最年長ながら元気溌剌な天木が到着を告げたのは、他の部屋よりもかなり大きな一室。扉は今入って来た一か所しかなく、袋小路となっている。
測量図からするとちょうど戦艦亀の中央部分。他よりも部屋が広いことから、何か重要な器官なんじゃないかとのコメントがつけられていた。
出口が一つであることから見張りやすく、第四の隊員も一倉と北條以外は腰を落ち着けて休んでいる。
刹亜と宗吾は目を合わせると、扉を守っている一倉に声をかけた。
「すいません。少しの間周りを見回ってきてもいいですか?」
「何寝ぼけたことを言っている。駄目に決まってるだろう」
にべもなく断られる。
まあそれは想定内のため、二人はしつこく説得を試みた。
「大怪獣の中を見られる機会なんてもう二度とないかもしれない」
「知らん奴とずっと一緒に動いててストレス溜まった」
「絶対に変なことはしないし遠くにもいかない」
「怪獣が出ても逃げるくらいならできる」
ギャーギャーわめく二人に辟易したのか、一倉は眉間に皺をよせ「死んでいいならさっさと行け」と吐き捨てた。
内心ガッツポーズをしながら、二人は部屋を出る。
怪獣に会いたくはないので、ひとまず来た道を戻る。何度か角を曲がり、定期的に背後を振り返る。誰もついてきていないことを確認すると、「よし、いいぞ」と白マフラーもといリュウに声をかけた。
リュウは体をもぞもぞ動かすとポンと顔を出し、「疲れたのう」とぼやいた。
「お前はなんも動いてないから別に疲れてないだろ」
すぐに刹亜が突っ込む。リュウは不服そうに体を震わせた。
「いつも言っておるが擬態するのは疲れるのじゃ。しかも常に隣に怪獣討伐の専門家がおって心休まるときもない。疲れもするのじゃ」
「分かった分かった。てかリュウはここの臭いとか大丈夫なのか?」
「うむ。いい匂いとは思わんが、我慢できぬほどではないの」
「流石は怪獣だな。んじゃ、そろそろ用件済ませちまおうぜ」
「うぬ」
リュウはするすると体を伸ばし、肉壁に近づく。大きく口を開け、がぶりと噛みついた。リュウの歯はあっさりと肉壁を切り裂き肉片を口内に。ゆっくりと、味わうように咀嚼した後、リュウは頷いた。
「どうだ、分かったか」
「ああ、問題ない」
マフラーの形に戻りつつ、リュウは食べたことで知った情報を口にした。
「戦艦亀。主な能力は次の通りじゃ。
その場に適した兵器を体から産生できる。
作り出せる兵器は過去に食べたモノに限られる。
生み出された兵器はオート可動。戦艦亀の体内を自由に移動できる。
以上じゃ」
人間の味方をしているという時点で怪獣としては例外中の例外。しかしそれ以上に特殊なリュウの能力は、怪獣でありながら他の怪獣を食べることができ、さらに食べた怪獣の能力を知識として蓄えることができることだった。
戦艦亀の能力について聞き、刹亜と宗吾はそれぞれ感想を口にする。
「ふうん。資料に載ってたのとまんま一緒でシンプルな能力だな。まあだからこそ討伐されたわけか」
「能力自体はかなり強いと思うけどね。体内を自由に動き回れる兵器を量産できるんだ。それもオートで動く兵器を。実質死角が存在しないわけだし、良く勝てたなって気がするけど」
「資料によれば、確かとにかく物量で押し潰したんだったか。とにかく大怪獣を討伐したという実績を作りたいからって、過剰なまでの戦力が投入された戦いだったらしいが、結果としては正解だったわけだな」
「そうだね。それに早い段階で倒せたのは幸運だったかも。食べた物を兵器として作り出すってことは、原発とか食べられてたらとんでもないことになってたかもしれないし」
「はは。そしたらマジでゴジラとガメラが合体したような怪獣になってたかもな」
「いや笑い事じゃないよ。冗談抜きで世界が滅んでたかもしれない」
「うぬ。しかし戦艦亀に限らず、進化する大怪獣というのもおるかもしれんからな。あまり悠長なことは言ってられぬかもしれんぞ」
「つったって今以上を目指すのは無理だろ。それができるんならこんな世界になってねえ」
周りを警戒しながらも、二人と一匹は軽快な会話をしばらくかわす。
ある程度話をした後、あまり長いこと戻らないと不安がられると天木らのいる部屋に戻り始めた。
宗吾が前を進み、刹亜が後ろに続く。
とある角を曲がった際、刹亜は何か物音を感じ足を止めた。宗吾に声をかけるか悩むも、姿を確認するだけなら一人でいいかと音のする方に向かう。
音源は近くであり、刹亜の目はすぐに正体を特定した。
「……いや、お前何やってんだ」
「……パックよ」
「……」
「……」
音の正体は、怪獣の血を自分の肌に塗りたくっている心木だった。
彼女のそばには、ポリ袋の中に入れていたモーターサウルスの心臓と、そこから今まさに血を抜き取っていたと思われる注射器が。そして心木自身は、上の服をまくり上げ、体に血を塗りたくっていた。
ある意味怪獣を見つけるよりもやばすぎる光景に、流石の刹亜も思考が停止する。
一方の心木は比較的すぐに現状を理解したらしく、何事もなかったかのように服を元に戻す。そして心臓と注射器をポリ袋の中に戻し、そのままスタスタと歩き出した。
当然のように刹亜の横を通り抜けようとする彼女の肩を掴み、「ちょっと待て」と刹亜は声をかけた。
「何かしら?」
「何かしら? じゃねえよ。何してんだお前は」
「だからパックよ。ガサツな男には分からないでしょうけど、美容意識の高い女子は定期的にケアしないといけないの」
「色々と言いたいことはあるが、取り敢えず今お前が体に塗っていたものは違うだろ。いやまあお前の嗜好的には正しいのかもしれないが、よりによって何で今やってんだ」
心木は胸を張って堂々と答える。
「それは今が好機だからよ。怪獣パックは臭いがきつすぎて本部じゃできないわ。でもここなら皆臭いを遮断するためのマスクを着けていて、私がパックをしてもばれる心配はない。むしろ今日この瞬間以外にチャンスはないと考えての行動よ」
「……OK。お前の頭がおかしいのは理解した。それで、ここから出た後はどうするつもりだったんだ。マスク外せば皆にばれるぞ」
「勿論それは想定済みよ。ここから出る際に、わざとつまずいて二足狐の死体に飛び込むの。それで臭いの問題はごまかせるはずよ」
「……凄い執念だな」
「ええ。私にとっての生き甲斐だもの。それから、これに関しても口外禁止よ。もしチクろうものなら一生かけて――」
「分かった分かった。誰にも言わねえから」
「ならいいわ」
あくまでも毅然とした態度を崩さず、どこかカッコよさする感じさせる心木。なぜこんな奴に二度も関わっちまったのかと、刹亜は大きく肩を落とした。




