○○が犯人でない理由
「そもそもどうして人間怪獣が犯人だと考えたか。その理由を説明します」
宗吾の予告通り、犯人が指摘されたにもかかわらず、誰一人として取り押さえに動く者はいなかった。
名指しされた人物は、今回の事件で唯一と言ってもいい程に完璧なアリバイを持ち続けていた者。加えてこれまで人類に多大な貢献を与えてきた、人類の宝とも呼ぶべき偉大な研究者。
声にこそ出さなかったが、この場の誰もが嘘だ、信じたくないという気持ちを共有していた。
しかし無情にも、宗吾の説明は彼らに現実を突きつけていく。
「一つは、心木さんが先ほど言ったように、殺害犯を人、怪獣のどちらで考えても矛盾が生じるからです。どちらか一方で矛盾が生じるなら、その両方の性質を持つ存在なら矛盾も消えるんじゃないかと、そう考えました。
そしてもう一つはもっと単純な理由です。結局のところ、犯人が人でも怪獣でも、シルバースターである三村隊員や、まして怪獣人間である北條さんを簡単に殺せるはずがないんです。それを可能にするには、彼らの不意を突くしかない。だけどこの戦艦亀体内の通路で、どうやって不意を突くか。通路は直線で遮蔽物もなく、天井も高いとはいえ視界に捉えられる程度の高さ。不意を突けるような隙間や空間はありません。
――ですが、もし犯人が戦艦亀の作り出した兵器であったなら。作られた兵器の特徴である、戦艦亀の体内を自由に動く力を使えたのならば。この場の四方全てが犯人の攻撃可能範囲であり、隙を突くなんて造作もなかったはずです」
天木を除く全員が、一瞬体を震わす。
何気なく立っていた場所が怪獣の腹の中であり、自身に害意を持つ危険地帯であると再認識したから。ただ、最初から犯人を戦艦亀と主張していた水瀬だけは、どこか嬉しそうに足で肉壁を突いていたが。
「さて、犯人がこの方法で隊員を殺していたとするならば、一気に候補は絞られます。犯人は対象を殺す際、実際に自分がその周囲の肉壁まで移動する必要があった。つまり、犯行が起きたと思われる時間に、一人でいた人物に限られるということです。そして第一の犯行から一貫して一人でいた、姿を見られていなかった時間があるのは二人だけ。天木先生と心木研究員です」
「ああ、言われてみれば私もそうね」
心木が今気づいたと言った様子で呟く。
第一の三村殺害時、短時間でも一人で行動する時間があったのは宗吾、心木、水瀬、一倉、天木の五人。
第二、第三の鏑木と北條殺害時は、心木、宗吾、天木、二宮の四人。
実は宗吾も全ての犯行時に一人の時間が僅かにあったが、この推理を話している時点で犯人でないのは間違いない。となると、全ての殺人に関与できたのは心木と天木の二人だけということになる。
天木は「なーんだ、じゃあ心木君が怪獣じゃないか」と皆に笑顔を振りまいた。
「ここまで人類に貢献してきた僕が怪獣なわけないからね。一倉君も二宮君もそう思うでしょ?」
「それは……」
「……」
標的にされた二人は気まずそうに視線をそらす。
予想はしていた通り、ここまで絞り込んでも第四の隊員は動くのに抵抗があるらしい。彼らの最重要任務は天木の護衛だろうから、それも仕方ないのかもしれないが。
宗吾は困り顔で息を吐き出した。
「実は、僕もこの二人のどちらが怪獣なのか示す根拠がなくて、十分時間をいただいたんです。そもそも今回の戦艦亀調査を企画したのが天木先生であり、さも当然のように誰も入ること見ることを禁じるパネルまで用意していたこと、死人が出たにもかかわらず脱出を試みないことから、九割方天木先生が犯人だと確信してはいるのですが、第四の皆さんはそれだけじゃ動けませんよね」
「申し訳ないが、その通りだ。今回の俺たちの最重要任務は天木研究長を無事に帰還させること。もし僅かでも彼が怪獣でない可能性があるなら、殺すのも捕らえるのも厳しい」
「そうだよね。あんまり無礼なことして僕に研究を止められちゃ困るもんね。ねえ石神君。君も確たる根拠がないなら、心木君を犯人としてこの一件を済ませたほうが――」
「残念だが。それはねえんだよ」
唐突に、これまで沈黙を貫いていた刹亜が声を上げた。
全員の注目を集める中、彼はスタスタと心木に歩み寄り「悪く思うなよ」と言った。
「それってどういう――て、ちょ」
刹亜は彼女の了承を得ることなく、勢いよく服をまくり上げる。
彼だけが偶然目撃し、知っていた事実――腹から背中にかけて塗りたくられた、モーターサウルスの血液を。
まさかの光景に周囲からドン引きする声が上がり、心木からは全力のグーパンチが飛んでくる。一気に騒がしくなった部屋の中、刹亜は「これが根拠だ」と堂々主張した。
「今見てもらった通りだ。こいつは変態で、この臭いが効かない空間をいいことに、自分の体にモーターサウルスの血を塗りたくってたんだ。それも三村の死体が発見される少し前からな。だからこいつには第二、第三の犯行は絶対にできない。怪獣の血は怪獣の血と反発するって法則があるんだからよ」
心木の隠された性癖の暴露に、怪獣を見る以上の嫌悪の視線が拡がる。
どこか話題がすり替わりそうな中、宗吾が流れを無理やり戻した。
「と、このように僕の相棒が心木さんの無実を証明してくれましたね。モーターサウルスの血を自身の体に塗っていた彼女は、肉壁を使用した移動をすることができない。つまり、戦艦亀が作り出した兵器として、この肉壁を自由に行き来し殺害を行うことができたのは、天木先生、あなた一人だけなんですよ」
二度目の犯人としての指摘。
今度は先ほどと違い、天木以外に犯人がいないことを証明したうえでの告発。数瞬遅れながらもその意味を理解した一倉、二宮、御園生は天木を取り押さえようと動き始める。
しかしそんな彼らを制すように天木は両手を上げると、「まだ説明が足りてないんじゃないかな?」と疑問を呈した。
「成る程、確かにその理屈で言うなら犯人は僕になるだろうね。でもさ、そもそもどうして僕は皆を殺したわけ? 単純に怪獣の本能として?」
態度からして指摘を受け入れているとしか思えない一方、言葉ではまだ抵抗する様子を見せる。
そんな天木の姿勢が無様に見え、刹亜は嘲った笑みを浮かべた。
「あんた自分で言ってただろ。戦艦亀はまだ死んではいないって。だから蘇らせるための餌として俺たちを集めたんだろ」
宗吾も続けて言う。
「ただ今のままでは、当時の人類に負ける程度の強さ。それじゃあ蘇ってもまた殺される。だから強大な戦力を得るしかない。たとえば、怪獣人間のような強力な兵器を食べさせて」
「先に戦艦亀を起こさなかったのは、寝起きで北條や御園生と戦うのはきついって考えての親孝行ってやつだろ。まあそれが仇になって、起こす前に正体ばれちまったわけだけどな。ざまあ」
くくくと笑い声をあげる刹亜。
真っ向から馬鹿にされた天木は顔を俯かせる。しかし再び顔を上げた天木の表情は、怒りでなく笑みに溢れていた。




