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「ふむふむ成る程。どれも面白い推理だね。是非僕もその議論に参加したかったよ」
なぜか残念そうな顔で天木が首を振る。
先ほどまで三村を誰が殺したのかについて議論が交わされていたが、各々の意見が交錯し収拾不能に陥った。加えて天木を完全に忘れて話をしていることを心木が指摘し、一時議論を中断。天木に状況を説明するのと、頭を冷やすために休憩することとなった。
天木への説明を担当したのは刹亜と宗吾――というか主に宗吾。先の議論で意見を出さなかったことから、比較的中立に話ができるはずと説明を任された。
「ここまでの話を聞いて、天木先生はどうお考えですか? 三村隊員を殺したのは、僕たち隊員の誰かか怪獣か」
「うーんそうだなあ。意見を言う前に、君が彼の死体を発見する直前の皆の位置関係をまとめてみようか」
さらさらと、死体の周辺図と人物の居場所を描いていく。
天木がそれを描いている間、とあるものを見ながら刹亜が尋ねた。
「今更だけど、あれってなんなんだ? 俺たちが部屋を出る前はなかったと思うんだけど」
刹亜が見ていたのは部屋の奥に取り付けられた長方形の黒いパネル。人の背丈よりも高い三枚の黒パネルがコの字型を取ることで、部屋の中にもう一つ小部屋を作り出していた。
天木はちらりと黒パネルを見ると、「ああ、あれは僕の私物」と言った。
「実験するときとか、人目があると集中できない質でさ。今日みたいに外でやるときはいつも持ってくるようにしてるんだ」
「あんな大きな物、よくリュックの中に入りましたね」
「あれも僕の発明の一つでね。闇蝙蝠の羽をベースにして作った伸縮自在のパネルなんだ。リュックの中に簡単に詰め込んで持ってこれる優れものさ。興味があれば貸してあげるよ」
「機会があればぜひ」
「うん――と、こんもんかな」
天木は完成した周辺図を見て満足げに頷く。「これで間違ってないよね?」と周辺図を渡され、二人も確認した。
「はい、間違ってないと思います」
「だな。まあ死体発見時に誰がどこにいたかってのがどんだけ重要なのかはよく分かんねえけど」
「もちろん死亡推定時刻の位置関係が分かるのが一番だけどね。三村君が通路に出てから発見されるまで、確か十分程度なんだよね。だったら発見時の居場所でも十分役に立つと思うんだ」
「そうですね。……でも、これだけ見ると僕が一番怪しい気がしてきます」
「まあ第一発見者だから仕方ないさ。これを踏まえて、次は誰に彼を殺す機会があったか考えてみようか」
一般の隊員にシルバースターである三村を殺せるかという問題はさておき。誰にも見られず殺す機会があった人物を挙げると次の通り。
第一発見者であり、その時点では単独で行動していた石神宗吾。
三村に指示をするため一緒に廊下に出ていたという一倉。
基本的に単独で行動していた心木、水瀬。
の、計四人となる。ただしこれは単独犯であることを前提としたもの。共犯まで疑うのであれば、全員が容疑者となり得る。
これらの情報をまとめ、各々誰が犯人か黙考する。しばらくの後、刹亜が「まああれだな」と口を開いた。
「俺と宗吾みたいな二人で行動してた奴はまだ犯人候補だけど、部屋に残ってた四人に関しては流石に全員グルとは思えねえし、天木、二宮、北條の三人は犯人じゃないって確定していいか?」
「そうだね。現状そこを疑う理由はないと思う。あ、でも、天木先生なら何か特殊な武器で部屋の外にいる彼を殺すこととかできませんか?」
「おお、急に凄いこと聞いてくるね君。まあでも、残念ながらそこまでの武器は作れてないかなあ」
曲がりなりにも疑われているというのに、天木の口調は軽い。それどころか、そうした武器を発明していないことを悔しがっているようにすら見えた。
「まず部屋にいる他の隊員に見られないよう、ステルス機能がないとダメでしょ。それだけならギリギリ作れると思うけど、次にあの重い扉を開けないといけない。これがめちゃくちゃ困難だ。加えてこの場には一倉君もいる。二人も気づいてると思うけど、彼の聴力は並外れてるからね。見えないだけでなく音もしない殺傷兵器は、まだ素材が足りない。扉や肉壁を透過できるタイプの武器があれば何とか可能だとは思うけど、その武器でどうやって外にいる相手を狙えばいいか分からないしそもそもそんな武器はない。ああでも、壁を透過する武器ならあの怪獣とあの怪獣を組み合わせれば――」
事件そっちのけで新兵器の開発に没頭し始める天木。
宗吾と刹亜は顔を見合わせ首を振ってから、「戻ってきてください」と声をかけた。
「最初からそんな都合のいい武器があるとは思ってませんから安心してください。それより、僕らの中の誰かが殺したのではなく、怪獣が殺した線はどう思いますか?」
天木は恥ずかし気に頬を染めつつ答える。
「ああうん、怪獣が殺したかどうかね。それに関しては僕も一倉君と同意見かな」
「というと」
「怪獣は人間を恐れない。もし怪獣が三村君を殺したのなら、他に被害が出ていないのも怪獣が死んでないのもあり得ないことだと思う。だから怪獣の仕業とも思い難いよね」
「なら戦艦亀が殺したっつう可能性はないのか」
水瀬が急に言いだした推理を刹亜が口にする。そんなことあるはずないと、一笑に付されるかと思いきや、天木の回答は慎重だった。
「ないとは、思う」
「絶対にありえない考えではないんですか?」
「うん。そもそもさ、戦艦亀が本当に死んでいるかどうかって分かってないんだよね。数多の砲撃に晒され完全に動きを止め、一切反撃もしてこなくなった。甲羅を切断したり、大砲を解体したり、こうして体内に入っても何も反応がない。だから死んだとみなしてるだけ」
「……マジですか」
ドンびく刹亜と宗吾を気遣うことなく、天木は気安く頷く。
「だから戦艦亀が実は生きてて、その能力で体内に武器を生やし、三村君を殺した可能性は零じゃない」
「じゃあ――」
「ただこれも怪獣が犯人とする説と同じでね。なぜ三村君しか殺さなかったのかが分からない。もし何かきっかけがあって起きたのだとすれば、当然僕ら全員を殺すはずだからね」
「結局よく分からないって言うのが答えか」
長い議論に飽きた刹亜が大きく伸びをする。
すると見計らったかのように一倉がこちらにやって来た。
「話は済んだか。それならそろそろ行くぞ」
「行くってどこに?」
「戦艦亀の外に決まってるだろ」
一倉は銃をしっかりと構え、当然のように外を示す。
「今この場には三村を殺せる脅威が存在している。そしてその脅威についてまるで分かっていない。となれば現場を離れる以外に選択肢はない」
「え、それは困るよ」
「困るだと」
殺気すら纏った視線を向けられるも、天木はけろりとした表情で応じる。
「戦艦亀の体内に来られる機会なんて次いつになるか分からないんだから。中途半端な形で帰るわけにはいかないよ」
「ふざけるな。いつまた誰が殺されるか分からない状況なんだ。死にたくないなら撤退以外の選択肢なんてない」
「いやいや、僕らを殺されないよう守るのが君の仕事でしょ。無理だから帰るなんて仕事放棄は良くないよ」
「お、お前……」
一倉は青筋を浮かべ、近くの肉壁を拳で殴りつける。
天木はピクリと眉を上下させるも、何も言わずに一倉を見返す。
二人は睨み合ったままどちらも引く気配を見せない。
見兼ねた二宮が、「一倉」と彼の肩を掴んだ。
「今は引け。ここで争っても時間の無駄だ」
「……」
「それから天木研究長」
「何かな?」
「今後、あと一人でも誰かが殺されたら、即時撤退を認めていただけませんか」
「嫌だよ」
「では制限時間を設けさせてください。今から一時間以内には調査を終わらせ帰還すると」
「それならいいよ。元から一時間程度で終わる予定だったしね」
「有難うございます」
我儘極まれりな天木に対しても、一切表情を崩すことなく二宮は対応する。
礼節を保ったまま交渉を終えた二宮に、刹亜は内心で拍手を送った。
天木が腰を上げ黒パネル部屋に入るのを見届けてから、二宮は全隊員に向け、
「今から一時間ここで待機だ。自由行動は一切禁止。命令違反者は射殺する」
そう宣言した。




