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大怪獣がトリックです ~第1怪:戦艦亀~  作者: 天草一樹


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10/19

殺人

 それから二人で天木らが待つ部屋に戻ることに。

 単独行動をしたことを宗吾に謝らないとなと考えていた刹亜だったが、既に事態は大きく動き始めていた。

 次の角を曲がれば目的の部屋が見える。

 そうなったところで、急にリュウが「変な臭いがするのじゃ」と囁いてきた。

 刹亜はピクリと肩を震わせるも、何も反応せず淡々と歩みを進める。何が起きてもすぐ動けるよう警戒感を高めつつ角を曲がると、視界にまず宗吾の姿が映った。

 なぜか部屋に入らず、扉から少し離れたところで立ち尽くしている。

 その背に声をかけようとしたところで、ようやく刹亜はもう一人の存在に気が付いた。いや、それは既に一人ではなく、一体と呼ぶべきであったが。

 肉壁の通路に背を預け座り込む第四の隊員。確か名前は三村だったか。ここまでバスの運転を担当していた隊員だ。

 眉間には小さな穴が開いており、そこから一筋の血が流れている。ぱっと見ではあるが他に傷があるようには見えず、衣服も乱れていなかった。

 手には銃を持っているものの、周りに銃痕はなく使用された様子はない。

 不意打ちで眉間を撃ち抜かれ殺された。それが第一感であった。

 死体の観察を終えてから、刹亜は宗吾に声をかけた。


「何が起きたか見たのか?」


 宗吾は振り返らず、小さく首を振った。


「いや、見てない。僕がここに来た時には既にこの状態だった」

「なるほどねえ。それはつまり、怪獣の姿も見てないってことか」

「ああ」


 二人がそう言葉を交わしていると、反対側から「うわあ!」という悲鳴が聞こえた。

 いつの間にか向かい側に、御園生と第五の隊員――名前は鏑木だったか――の二人が立っていた。正確には鏑木は腰を抜かして座り込んでいたが。

 刹亜は大声で御園生に呼びかけた。


「おい! そっちに怪獣はいかなかったか!」


 御園生は困惑した表情で首を横に振る。するともう一人、見かけぬ第六の隊員こと水瀬が姿を見せ、「何事ですか?」と尋ねてきた。


「第四の隊員が殺されてる! こっちに怪獣は来てないから、いるとすればお前らの方だと思うんだが姿は見てないのか!」

「少なくとも僕は見ていません」

「つうことは、まさか部屋の中か」


 通路のどちらにも怪獣がいないとなれば、残る選択肢は部屋の中しかない。

 宗吾と刹亜は二人で扉に近づく。一度顔を見合わせ頷き合った後、一気に扉を押し開け中に入った。

 緊張と共に部屋の中を見回す。しかし二人の予想に反し、中は平穏そのもの。扉の隣に立っていた一倉と北條が怪訝そうにこちらを見つめてきた。


「何だお前ら。そんなに勢いよく入ってきて。怪獣にでも襲われたか」

「……襲われたのは俺らじゃねえよ。つうか、あんたらは無事なんだな」

「こっちは何も起きてないが……襲われたのがお前らじゃないというのどういう意味だ」


 刹亜は顎で通路を指し、「聞くより見たほうが早いだろ」と言った。

 一倉は険しい顔で通路を覗き――血相を変えて死体に駆け寄った。


「三村! なぜお前が!」


 絶叫とも呼べる一倉の大声に、部屋の中に残っていた二宮と北條も通路に出てくる。

 天木を除く全員が、三村の死体の周りに集まる。

 目から大粒の涙を流していた一倉は、三村の死体を抱えたまま、急に周りを見回し始めた。そしてそこにあるべきはずのものが見当たらなかったからか、周囲の人間を睨みつけ、「誰が三村を殺した!」と怒鳴りつけた。


「おいおいあんた、急に何言いだすんだよ。まるで俺たちの中の誰かが殺したみたいな――」

「ここには怪獣の死体がない!」


 刹亜が落ち着かせようと口を開くも、一倉はそれを遮り大声で語りだす。


「怪獣は俺たち人間を恐れない! 奴らにとって人間はただの餌で玩具で、自分たちより下等な存在だと認識しているからだ!」

「それはそうかもしれねえけど――」

「もし! 怪獣が三村を殺したのなら、その後に扉を開け俺たちを殺すか、もしくは通路にいたお前らを殺しに行ったはず! しかしここには三村以外の死体がない! となれば考えられるのは三村と怪獣が相打ちになった可能性だが、この場には怪獣の死体がない! つまり三村を殺したのは怪獣ではなく、必然的にお前たちのうちの誰かということになる!」


 一方的な断罪。その推理が正しいかはともかく、あまりの語気に誰もが気圧され反論できない。

 とはいえこのまま黙っていれば、一人ずつ拷問にかけてきそうな勢いだ。

 刹亜は頭をフル回転させ、反論の言葉を探す。しかし思い浮かぶ前に、宗吾が口を開いた。


「お言葉ですが一倉隊員。それは無理があると思いませんか」


 一倉は怒気をにじませた声で応じる。


「無理があるだと? この場に怪獣がいない以上お前らがやった以外の答えは無いはずだ!」

「確かに怪獣がこの場にいないことは不自然です。ですが、僕らのうちの誰かが三村さんを殺したと考えるのはもっと不自然だ。彼もまたあなたと同じシルバースターを持つ特務隊の英雄。そんな人を、どうやって僕らが殺せるって言うんですか」

「それは……」


 第四に所属する隊員は総じて身体能力、危機関知能力に優れている。ましてシルバースターである三村の実力は、その中でも疑いの余地なくトップレベル。そしてそれは、同じ部隊で過ごしてきた一倉にとっては、この場の誰よりも明白な事だった。

 数秒前までの激情が静まり、一倉の目に困惑の色が浮かぶ。

 三村を殺せる者が怪獣以外にいるとは思えない。しかし怪獣が殺したのならその姿が見えないのはおかしい。

 生じた矛盾に答えを出せず、誰もが口を閉ざす。

 すると突然、北條が体の一部を変化させ一倉を組み伏せた。

 誰もがその行動を予期しておらず、適切な反応が遅れる。真っ先に次のアクションに移れたのは、もう一人のシルバースターである二宮だった。

 銃を北條に向け、冷徹な声で「一倉を離せ。さもなくば撃つ」と命令した。

 それに対し北條は相変わらずのへらへらした表情で、「おいおい。撃つならこのウラギリ者の方だろ」と嘲った。


「裏切り者、だと。この俺が」

「そうだよ。あんた以外にそいつを殺せる奴はいねえんだから」

「何を言って――」

「いったんちょっと待て!」


 場の展開についていけず、刹亜が大声で待ったをかける。

 それから押し倒された一倉に近づき、「まず一つ質問させろ」と言った。


「そもそも、どうして俺と宗吾以外もこんなに部屋から出てたんだよ。俺らが出て行こうとした時はあんなに渋ってたのに」

「それはお前らが部屋を出たのが原因だ。お前らだけ自由に行動させるのは不平等だとうるさく言う奴がいてな」


 抗議の声を上げる人物がすぐに思い浮かび、刹亜はそちら(心木)に視線を飛ばす。心木は即座に顔を背け視線を回避した。


「……まあそれは俺らが悪かったとして。死んだ三村はどうして通路にいたんだ。まさかシルバースターのくせに自由行動がしたいとか言い出したわけじゃないだろ?」

「当たり前だ。三村には俺が外で見張るよう指示をしたんだ。ここの扉はどれも頑丈なだけでなく防音も完璧だ。通路でどれだけ音を出されても中にいては気づけない。だからもし怪獣から逃げてこの通路までくる奴がいた時、すぐに対処できるよう三村に任せたんだ」

「そうだよなあ。わざわざ二人だけで廊下に出てなあ」


 北條が口を挟んできた。


「部屋の中に残ってた奴のうち、あんただけが指示を出すためにミムラと一緒に通路に出たよなあ。その際わざわざ扉までしめてよう。そこであんた、本当はミムラを殺してたんだろ。他でもねえシルバースターでありセンユーでもあるあんただけは、隙をついて殺す実力があるわけだしなあ」

「ふ、ふざけるな! 俺がどうして三村を殺さなきゃならない!」


 当然の如く、一倉は烈火のごとく怒りだす。しかし怪獣化している北條に力で勝てるわけもなく、怒鳴るだけで動けない。

 それをいいことに、北條は嗜虐的な笑みを浮かべ言い返した。


「ドウキなんて知らねえさ。ただ一つ言えるのは、あんただけがミムラって隊員を殺せたという事実だけ。犯人ってするにはそれで十分だろう?」

「十分なわけ――」

「ないな」


 怒りに任せた一倉の言葉にかぶせるように、二宮が口を開く。

 相変わらず銃口を北條に向けながら、二宮は冷静に反論した。


「俺たち第四は常に死地で戦っている。それはつまり、仲間を殺そうと思えばいくらでも殺せる環境にいることを意味している。わざわざこんな場所で、自分の手を汚してまで殺す必要は一切ない」

「んなこと言いきれるかあ? 急につい最近ころしたい理由ができて、それが今ころさないとまずかったって可能性もあんだろう? てかそれをヒテーすることは――」

「戦艦亀」


 唐突に。これまでずっと押し黙っていた水瀬が口を開く。そしてここまでの議論をぶち壊すかのような言葉を言い放った。


「戦艦亀が殺したんですよ」


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