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彼女の昔話1

この話を恋愛に分類してもいいのか迷いますが、かといって文学やファンタジーでもないです。

おそらく5,6話でまとめます。


よろしくお願いします。



「我がクラベス家はお終いだ。」


 私のささやかながら幸せな日々は、顔を青くした父のこの一言で終わりを告げました。

 子爵家の国外追放という、この上なく不名誉な沙汰と共に。


 

 *+*+*


 建国六百年を数えるデュトリス王国、その西の片隅にあるのがクラベス子爵領です。いえ、今となっては「だった」というのが正しいのでしょうか。

 何しろ子爵家の人間が、揃いも揃って碌なことをせず、没落どころか国外追放となったのですから。

 

 元々クラベス家は、そこそこの領地でありながら、作物や家畜の育成にも力を入れていたため他領よりもゆとりがあり、領民に支持され中央にもその手腕を認められていたのです。もちろんそこそこの大きさの領地ですから、領主といえども華美な生活をするほどの余裕はありません。それでも貴族として必要なものを揃えるのに困るわけではなく、多くを望まなければ十分豊かな生活を送れていたのです。

 

 しかし祖父の代から、少しずつ子爵家に陰りが見え始めました。

 始まりは領民への増税だったといいます。国から定められた税をきちんと渡していれば、残りは領主の裁量に任されるのです。今までの領主であれば、その余剰分を公共施設の建設や、教育機関への援助など、領民のために使ったことでしょう。しかし祖父は、それらに目を向けることなく、私財を増やすことに喜びを感じるような人間だったのです。

 

 さらに悪いことに、父は祖父に輪を掛けて問題のある人物でした。貴族至上主義に始まり更なる増税、中央での権力を欲したのか上位貴族への賄賂や接待のために毎日を過ごし、いくら周りが窘めようとも聞く耳をもちませんでした。


 そして母と姉ですが、彼女たちの浪費癖はそれはもうあればあるだけ使ってしまうという、どうしようもないものでした。

 我が家には不釣り合いな侯爵家から嫁いできた母は、それまでも実家で大層甘やかされてきたようで、結婚して子爵家の人間になったというのに「私は侯爵家の人間です」と憚ることなく言い放つような女性なのです。そのような高飛車な態度が敬遠されて、なかなか縁談がまとまらなかったというのを、母が侯爵家から連れてきた侍女にこっそり教えてもらったのですが、それも仕方ないと思えるのです。

 子爵家の為に福祉活動をしたり、サロンを開いたりするのなら私も分かります。自領を豊かにしようとするのは、貴族の務めなのですから。しかし母の望みは、いつだって自分がいかに優れているのか、どれほど慈愛の心を持った人間なのかというのをアピールして持て囃されていたいというそれだけなのです。母のその自尊心を満たすために、どれほどの税金が高価な宝石やドレスに変わったのでしょう。少しでも気に入らないことがあれば、すぐさま使用人にあたり散らし、ヒステリックに叫ぶ母の姿は、幼い私を失望させるのには十分なものでした。


 そんな、子爵家にも父にも遠慮などしない母でしたが、唯一姉のことは大切にしていました。なにしろ姉は母に外見も気性もそっくりでしたから。それに比べて私は、両親に似ているところを探すほうが難しいと思えるくらいでしたので、甘やかされることも、かといって冷遇されることもなく今まで生きて参りました。きっと毒にも薬にもならない娘など、相手にするだけ無駄だとでも思っていたのでしょう。



 さて、姉が十五歳になりますと、子爵家令嬢として舞踏会や茶会のお誘いがかかるようになりました。この頃にはクラベス子爵がとんでもない悪政を強いていることは周囲の領主にも知られるようになっており、できればそんな領主の妻と娘と交流の場を持つなど遠慮したいというのが彼らの思うことだったでしょう。しかし、自分達だけ招待されなかったと知った夫婦がどのような愚かな行動を起こすのかと考えれば、それならば少々不愉快な時間を耐える方を取るのがまともな対応というものでしょう。

 母の供から帰った侍女たちから聞くところによると、両親も姉もその場にどんな人物がいようと、自分達が上位であるかのように振る舞い、かなりの顰蹙を買っているようです。もちろんそれとなく苦言を呈して下さる方もいらっしゃるようですが、それを聞き入れるような人たちであればこんなことにはなっておりません。


 さらに悪いことに、母と姉の豪遊のせいで、子爵家の財産の大半が喰い尽されました。これには父も慌てたのか母に注意を促しましたが、「あら、子爵家にないならお父様に頼めばいいのよ。」とこれまた態度を改めることもせず、祖父に泣きついておりました。遅く生まれた末娘を殊のほか愛していた祖父は、娘を窘めるどころかさらに甘やかし、母の望みを叶えるべく言われるがまま遊ぶ金を渡そうとしました。

 ところが流石は侯爵家、既に当主の座は母の兄のものとなっていたのですが、「大事な税金を浪費家の妹に渡す訳にはいかない。」と反対した侯爵には祖父でさえ逆らえなかったのです。更に、母の悪行をこれでもかと祖父の前に積み上げたため、祖父も泣く泣く手を引くしかありませんでした。


 ここで漸く家中のドレスや宝石を売り払った母でしたが、そのお金でまた新しいものを買い漁っていては意味がありません。しかもこの年になって初めて財産には限りがあると分かった母と姉は、ならば姉を有力貴族へ嫁がせ、その恩恵にあやかろうという荒唐無稽な企みを考えるようになりました。私に言わせれば、ヒステリックで喧しく、浪費ばかりで何一つ家の為にならないと分かっている人間を嫁にしようなどと、まともな神経があれば即お断りです。

 それなのに母には、姉の姿が女神のように美しく、誰にでも愛される存在と映っているのです。これは遠回りな自己愛というものだと思うのですが、つまり母は、自分にそっくりな姉が殿方に好かれないわけがないという、根拠のない自信を持っていたのです。

 実際、舞踏会ではちやほやされているようですが、全て子爵家より爵位の低い家の方達のようです。よく考えなくても子爵という地位だけを狙っているのだとわかるのですが、母と姉には、姉の美しさに跪いているとしか思えないようでした。まったくおめでたいことです。姉にならば王太子でも求婚するだろうという、完全に妄言でしかない話を聞かされた時には、これが血の繋がった母親なのかと寒気が止まらなかったものです。



 さて、そろそろ私の話をしましょうか。ここまで最低な家族に囲まれた私ですが、幸いなことに姉のようにはなりませんでした。

 父と母の姉に対する愛情を見ていた家人たちが、私が生まれた際にできるだけ遠ざけるようにしてくれたからです。幸運なことに父からも母からも見放されていましたので、それは難しいことではありませんでした。私が母から生まれたのは疑いようのないことですが、私の父親が父であるかどうかははっきりしないのでしょう。だからこそ父にも母にも似ていない私は、ほぼいないものとして扱われていたのです。

 それでも戸籍上は子爵家の二女でしたから、生活や教育は十分なものを与えられ、歳の割に妙に現実的なところはありましたが、概ね健やかに育ちました。

 特に、淑女の嗜みとして習った刺繍は、家庭教師も驚くほどの腕前になりました。いよいよ子爵家が傾くかという時には、侍女たちとせっせとハンカチに始まりドレスにまで刺繍を施し、こっそり売ってその時に備えたものです。

 結果として子爵家は何とか生き残ったのですが、そのうち私の刺繍が気に入ったというお客様が現れ、ご指名して下さるまでになりました。まさか領主の娘ですと言うわけにはいかないので、偽名を使って注文を受けるようにしていましたが、あれよあれよと人気が膨らみ、とうとう王都から遥々商人がやって来るようになったのです。

 幸い両親も姉も、私のしていることに関心を持つことはなかったので、館の広い部屋を専用とし、そこで黙々と注文をこなすようになりました。


 家族として愛情があるわけではない、人間としても尊敬できない。私自身、なぜ彼らを見捨てないのかと思うこともありました。

 しかし、私一人が子爵家を捨てたとしても、この状況が良くなるわけがないのです。それどころか、子爵家令嬢という駒がいなくなってしまうことで、更なる悪循環を生みだすように思います。それに、姉が奇跡的に他家に嫁げば、私は婿をとって子爵家の立て直しができるのです。私は父よりはまともな人間ですから、なんとかできるのではないかと望みを持っていました。姉が嫁ぐなど無理な気もしていましたが、もし姉が居座るようならば、その時には子爵家を見限り、私を子爵家から除籍してもらって庶民となり、針子の仕事をして生きていこうと決めていたのです。



 それなのに、冒頭の父の言葉です。没落どころか国外追放。


 私の幸せは、まだまだ遠いようです。


 

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