人それぞれの理由
練習にはあまり時間をかけられなかった。今回のレースにおけるレギュレーションも確認したが、能力値は全プレイヤーで差が出ないように専用サーバーではキャラクターの外見だけを適用し、スキルも決められたものだけが使える仕様だ。
そのため、あえてレベルの低い職業を使っていつもより動きづらい状況でどれだけ動けるか試してみたのだが…………
「あだっ!?」
「職業レベルが低いだけでここまで動きが悪くなるでござるか」
「うん、これは厳しそうだね」
ほぼ全員、うまく体を動かせない事態に。
特にみょーんさんがヤバい。さっきから何度もコケている。
「大丈夫かのう、こんな調子で」
「さぁ? 参加賞だけでも貰えるだけいいと思うニャ」
「それもそうよねー」
「あはは……でも、なんでお兄ちゃんは普通に動けているですか?」
「アリスちゃんもね。まあ、僕の場合は今までデバフ状態で動いていたようなものだから、動きづらいのに慣れているんだよ」
「ああ、パソコンのスペックが低かったんじゃったな」
今は改善されたからスムーズに動けるが。
あと、元々ステータス補正の低い職業を使っていたから動きの悪さは何度も味わっている。っていうか、とっくの昔に慣れた。
「そもそも魔法使い系の職業って俊敏低いのに、なんでそれでもみょーんさんはあんなにすってんころりんと転げ回っているんだよ」
「某たちも不思議に思っているでござる。いくら慣れていない職業とはいえ、あそこまで転ぶものでござろうか?」
「…………確かにステータスもあるんだけど、一番の問題は足なのよ」
「足?」
「ほら、トライアスロンって全員専用のウェアを着ることになるじゃない」
「それは知っているけど」
「種類豊富だったですよね」
専用サーバーに移動すると、自動的に服装が変わる――っていうか、キャラの外見データだけを読みこんで再現しているってほうが正しいのかな?
で、参加登録したときにウェアを選んだんだけど、結構な種類があった。それぞれ自分のイメージカラーにあったものを選択済みである。
「それがどうかしました?」
「……靴も運動靴っぽいのになるじゃない、で…………いつもヒールだったから感覚が違いすぎて」
「転ぶと。そういえばみょーんさんいつもヒールでしたね」
「最近は角度がえげつなかったのう……いや、VRなんじゃからそこまでハッキリとした感覚無いと思うんじゃけど」
「ワタシはね、初期のフルダイブマシンを使ったことがあるのよ……昔のよしみで今もテスターとかやっているから、フルダイブの感覚に慣れているんだけど……逆に、慣れ過ぎてバランスとりづらくなるとすぐこうなっちゃうのよ」
「うわぁ……」
「引いているところ悪いが、村長も大概じゃからな」
「それはそうだけども」
でもそれならそれで、みょーんさんにはあまり期待しないほうがいいかもしれない。いや、今回は個人戦だからそもそも協力は無しの方向でいこう。
「ええ!? 見捨てるの!?」
「よく考えたらそこまでガチになって優勝目指すわけじゃありませんし、優勝賞品も自転車だっけか?」
「そうですよ。初期装備のものよりも性能の高い品ですが、記念品みたいなものでしょう。あとは上位にも景品が出るぐらいですか」
「上位は狙いたいです!」
「そうだニャ。まあ、そこぐらいがちょうどいいニャ」
「で、ござるな」
「某は、少しばかり本気で天辺目指してみるでござるよ」
「まあそのあたりはお好みじゃな」
「そもそも完走できるか怪しいワタシはどうすれば!?」
「がんばってくださいとしか……」
今回のレギュレーションでは使用可能スキルは二つ。『チャージダッシュ』と『跳躍』だ。
一つ目、『チャージダッシュ』はエネルギーを溜めてスピードを上げるスキルなんだけど、どうやら今回のアップデートで追加された新スキルらしい。しかも初期スキルに登録されているので、全プレイヤーが使用可能だ。
もう一つの『跳躍』は【盗賊】などのシーフ系職業が覚えるスキルで、高いジャンプをするスキルだ。最近スクロールが見つかって他職業でも覚えられることが判明したが、かなりレアでマーケットでも恐ろしい値段がついている。僕も何とか手に入れられないかと探しているが……ちょっと諦めかけている。
「とりあえずチャージダッシュの練習?」
「あとは自転車の使い心地も確認したほうがいいでしょうね」
「あれ? これ本当にワタシを無視する流れ?」
「とりあえず、島の外周ダッシュでいいんじゃニャいかニャ? あとは各自泳いだり、作戦考えたりで大丈夫だと思うニャよ」
「ははーん。さてはワタシは放っておいても最下位とか思っているわね? 上等じゃないのよ、やってやるわよ――あで!?」
…………本当に大丈夫なのだろうか、あの人は?
そんなわけで、各々が本番のレースのために練習をすることとなった。時間もないし、動きの確認程度だけどよほどの廃人プレイヤー以外はみんな似たようなものだろう――いや、そもそもログイン制限にひっかからないようにしないといけないだろうから、そこまで練習時間取れないのか――いや、ニー子さんとかはサブアカウントでサブキャラによる練習とかしていそうだな。
勝ちを狙いに行くなら、厄介な人たちの対策も考えておかないといけないか。
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そしてトライアスロンイベント当日。ヒルズ村に集ったみんなの顔は、やれることはやったもののふの顔だった――違う。全員劇画タッチになる装備【ハードボイルドマスク】をつけているだけだ。
「なにやってんですか……」
「いや、なんとなく」
「あ、この頃お兄ちゃんはログインしていなかったから知らなかったんですね。この前みなさんでダンジョン攻略したら手に入れたですよ」
「へぇ……」
ただそれ、僕も持っているんだよなぁ……趣味じゃなかったから使わないで倉庫の肥やしになっているけど。というかいらないアイテム多すぎて、そろそろ整理しようと思っているんだけど、捨てるには惜しいアイテムもあるし……最近、倉庫枠増やすのに課金しようか悩んでいる。ガチャを回したりとか本格的な課金はお財布事情的にもできないが、倉庫ぐらいなら払えるからなぁ…………今後更にアイテムが増えると倉庫がいっぱいになってしまう。
今まではプレイヤーホームのおかげで何とかなっていたが、近い未来倉庫がいっぱいですの表示が現れてしまうだろう。うん、あとでどうするかちゃんと考えよう。
「……世知辛い」
「急にどうしたんですか」
「いや、こっちの話。それで、みょーんさんは大丈夫なの?」
「ふふふ、問題ないわ――これはゲームなのよ。休憩挟む必要なんかない、つまり走り続ければいいのよ!」
「実は足を動かし続ければ転ばないということに気が付きまして」
「それ、転ばないように足を前に出し続けていたら結果的に走っているだけじゃね?」
「そうとも言います」
「……休憩の代わりが、MP回復のためにスキルを使わない状態だよね」
「ええ。MP管理が勝利のカギとなるでしょう」
「そして、時にはスピード落として回復力を上げることも重要と」
MPの自動回復だけど、レベルが上がってくると最大値も上がるからあまり気にしなくなるんだけど……じっとしていたほうが回復速度が早い。
今回はステータスが一律だから、より効率よく速く移動できるものが勝者となる――つまり、MPの自動回復をどう効率よく行うかも重要なのだ。
「まあそのあたりは僕も対策たてているけど」
「ふっふっふ。ワシの秘策を見ても驚くんじゃないぞ」
「秘策ねぇ」
ライオン丸さんは何か考えがあるらしく、不敵に笑っている。僕やめっちゃ色々さんは普段、アイテムの持ち込みや装備の組み合わせなどで挑むタイプだから今回のように純粋な技術のみ試される系苦手なんだよなぁ……そして、【鍛冶師】というアイテム製作系職業がメインのライオン丸さんもそれは同様のはずなんだが。
正直スキルも封じられるからかなりやりづらいのに。ちなみに、同じ製作系のディントンさんは結構な武闘派で、普通に強い。
「んふふー、私は勝ちにいくわねー」
「正直種族ごとのステータス差も反映されないのはきついニャ」
「ケットシー有利かと思っていたですけどね」
「某もオーガの筋力ならばと思っておったでござるが」
「拙者も自前のスキルさえ使えれば」
「まあ、言っても仕方がないよ。とりあえず、やれるだけやってみよう」
そんなわけで、時間である。教会から専用サーバーへワープする――いつもと違い、サイバーな空間を通り抜けて、装備が変更される。そして、降り立ったのは最西端にあるという孤島だった。まあ、通常空間とは異なり、トライアスロン会場用に横断幕とか飾りつけされているんだけど。
すでに多くのプレイヤーが降り立っており、みんな専用のウェアになっている。見回してみると、ヒルズ村のみんなも転送されてきた。
「いつもと違った感じです――結構人いるですね」
「みんな暇ねー」
「ディントン殿、拙者たちにもブーメラン刺さっているでござるよ、その発言」
「それにしても見覚えのある人たちも多くいるわね」
イチゴ大福さん、ポポさん、ど・ドリアさん、ニー子さん、マンドリルさん――あ、アリスちゃんに殴り飛ばされた。そっか、スキルは使えないけど直接殴り飛ばすことはできるのか。
それにマスターJさんをはじめとした、炭鉱の新人ズもいるし、暗黒四天王やいつかの力士もいる。あと、向こうに見えるのは銀ギーさんかな? あの人たしかヒューマンだったよな……いつの間にフェアリーに変えたんだ?
「あれ? 村長知らなかったっけー?」
「ディントンさん、銀ギーさんとはそれほど話したこと無いんだけど、少なくともベヒーモス戦の時はヒューマンだったぞ」
「あれ5月ぐらいじゃないのよー。えーっと、いつだったかな……ああ、夏イベント後半の時にはもうフェアリーに変えていたわよー」
「結構前じゃん」
それ確か8月くらいだし……少なくとも2か月以上は前なのか。
あらためて周りを見回すと他にも見知った顔がいっぱいいる。ふと、思いついたことがあったのでフレンドリストを開いてみた。
「お兄ちゃん、どうかしたです?」
「いや、気になったことがあって……フレンドほぼ全員この場にいるみたいなんだけど」
「……クラーケンの再来じゃな」
「不吉なこと言わないでくれませんかねぇ」
結構な広さがあるし、見えない場所に他の知り合いもいるのだろう。らったんさんとかはリアルフレンドと一緒に参加すると言っていたし、らむらむさんも指輪職人さんと共に参加するってメールが来ていたし。ユーリクリさんはさすがに今日はログインしていない――って、ログイン状態になった!? え、奥さん大丈夫なの? 驚いていると、その当人が現れた。隣に女性を連れて――ってオイ。
「ユーリクリさん、この間ぶりなのはいいけど、奥さん妊婦さんだよね? ゲームやって大丈夫なの?」
「たまには息抜きしたいって言うもんだから……」
「んー……ああ! 前に戦った盾使ってた魔法使いの人と、盗賊の人です!」
「あー本当ねー」
「そ、某の古傷が……」
あ、そう言えばその時よぐそとさんはカウンター攻撃にカウンター決められて一撃で消えたんだっけか。そっか、トラウマになっていたか。
「あなたが有名な村長さんね。わたしはユーリクリの嫁で『星のみー』よ。よろしくね。もっとも、今日を最後に事実上の引退だけど」
「大丈夫なの? さすがに妊婦が長時間こういうゲームやるもんじゃないと思うんだけど」
「あはは。わかっているのよ、でも最後に何か大きなイベントに参加したいじゃない? だから、今日のこのイベントは渡りに船だったの」
「そんなわけで、今日は俺たちも全力で行かせてもらうぜ」
「これは強敵ね」
「……みょーんさんはまず完走できることを第一目標にしなよ」
「そうじゃぞ。ワシら茶化してはいたけど、かなり心配なんじゃぞ。ほら、足がまるで生まれたてのバンビちゃんじゃぞ」
「言葉のフレンドリーファイアには気をつけなさい! ワタシもメンタルはそこまで強くないのよ!」
目の前のご夫婦はそんな僕たちのやり取りを見て苦笑いしている。
「いつもそんな感じなのか……」
「正直、あの時のユーリクリさんも相当だったけど」
「すまない、それは言わないでくれ……あの時はいろいろと不安定だったんだ」
「わからないでもないけどね」
とりあえず、二人とはそこで別れた。どうやら他のフレンドに挨拶しに行ったらしい。そうだよな、事前に引退するって決めているなら挨拶するプレイヤーもいるだろう。
オンラインゲームで一番多い引退が自然とログインしなくなっていくパターンだと思う。まあ、飽きたとかそういった理由だろう。唐突に復帰する人もそれなりにいるが。
彼らみたいにリアル側の都合でやめる人ももちろんいる。そして、VR化によってゲーム内での人同士のコミュニケーションの主体は会話へと移った。FPSなどボイスチャットを多用していたゲームも数多くあったが、VRMMOでは世間話のようなゲームに関係のない会話も見ず知らずの人と行う。それゆえ、こういった引退する状況においてもああやって報告する風景が増えたのだとか。
「お兄ちゃん、どうかしたですか?」
「いや、僕もいつかゲームをやらなくなる日が来るのかなって」
「……やめない、ですよね?」
「まあ、少なくともあと1年ぐらいはやめないだろうけど」
正確には、高校受験の前後だが。僕のことだから受験終わったら即ログインする。
「そ、そうですよね」
「まあゲームが現実の生活を脅かすようじゃいかんじゃろ。少なくとも、普通に生活している以上はな」
「そうだニャ。学生組の本分は勉強だからニャ。ないがしろにしちゃいけニャいニャ」
「……そう言っているでござるが、その学生組諸君は普段勉強しているんでござるか?」
「「「「全然」」」」
「アホかー!!」
ハリセンを使えなかったので、チョップで叩かれる僕ら四人。いや、しんみりした空気出していたけど、よくよく考えたらテスト対策以上のことを家でやった覚えが……いや、宿題ぐらいはやっているけど。
アリスちゃん、ライオン丸さん、あるたんさんも同様で、ダメ学生四天王である。最近、らったんさんもここに加わった。5人になるので呼び名をどうするか考え中。現在の意見は、四天王なんだから5人で当然というものだ。特に名乗っていなかったので別にどうでもいいかってのが本音。ちなみに四天王云々を言い出したのはみょーんさん。
「まったくもう」
「あはは……まあ、私も学生時代は人のこと言えない生活でしたけど、手を抜き過ぎて赤点とかは取らないようにしたほうがいいですよ」
「そうでござるよ。この際多くは言わないでござるが、赤点取ったら補習でゲームをやる時間なくなるでござるからな」
「そういう問題でもないのですけど」
「こういった者たちは、この脅し文句が効果覿面でござるから」
よぐそとさんのかけた言葉に、僕ら四人の心は一つになっていた。
「さすがにマズイ。それはマズいからね!」
「です。怒られてゲーム取り上げられたりしたらダメです」
「そうじゃな。取り返しがつかなくなるのはマズイのう」
「だニャ。アタイも遊べニャくニャるのは嫌だニャ」
「見事に効いていますね」
「でござろう」




