第三十二話 潰れゆく
「合体技? 何それ」
「神南さんの炎に、俺が酸素を送ります。そうすれば、瞬間的にすごい熱を出せるはずです」
俺がそう言うと、神南さんはふむふむと頷いた。
イデアの炎といえども、ある程度は物理法則にしたがっている。
酸素を送り込んでやれば、その勢いは大幅に増すのだ。
「問題は、それを叩き込むすきがあいつにあるかどうかね。攻撃を仕掛ける直前に、イデアで動きを止められたらこっちがヤバいわ」
「……あいつ、かなりギリギリまでイデアを使いませんでした。たぶん、何らかの制限があるんじゃないですかね」
「なるほど。確かに何の制限もないなら、初手で動きを封じてたでしょうね」
重力なんて、きわめて使い勝手の良い能力なのである。
それを今まで温存していたからには、何らかの理由があるに違いない。
消耗が激しいのか、利用できる回数そのものに制限があるのか……。
いずれにせよ、ポンポンと連発はできないはずだ。
「とは言っても、何の策もなかったら止められるだけよ」
「そこは――」
俺は神南さんに近づくと、鎧のモンスターに声が聞こえないよう耳打ちをした。
すると俺の考えを聞いた神南さんは、渋い顔をしつつも言う。
「賭けになるわね。でも、それしかないか……」
「やりましょう」
「そうね、ギャンブルは嫌いじゃないわ」
そう言うと、神南さんは勢いよく鎧のモンスターに向かって飛び出した。
途端に増大した重力が容赦なく彼女の足を止める。
しかし、これは事前に予想していたこと。
すぐさま俺が動き出し、雷撃を放つ。
「ぐっ!」
今度は俺の身体を強烈な重力が襲った。
これは結構堪えるな、未知の感覚だ。
内臓まで重さを増しているせいだろう、強烈な吐き気がしてくる。
だが一方で、神南さんの方は重力から解放されたようだった。
やはり、一人にしかこのイデアは使えないようだ。
「はああああっ!」
神南さんの一撃が、鎧のモンスターに炸裂した。
――キイイイィンッ!!
剣と剣が交錯し、激しい金属音が響く。
すると俺の身体が、にわかに重力から解放された。
剣戟を繰り広げている状態では、イデアを使うことができないようだ。
「外気法……! サンダーボルト!!」
威力を底上げしたサンダーボルトを放つ。
雷撃がまっすぐに飛び、鎧のモンスターを覆った。
若干の溜めが必要だった分、大きく増幅された威力にモンスターの動きが止まる。
そして――。
「逃げた?」
ここで、鎧のモンスターが大きく飛びのいた。
モンスターの方から俺たちと距離を取るのは、これが初めてである。
さて、何を仕掛けてくるだろうか?
前回遭遇時の行動からして、恐らくは――。
「そう来たか!」
鎧のモンスターの腕が変形を始めた。
たちまち、手持ち式の大砲のようなものが現れる。
入鹿ダンジョンで猛威を振るったビーム砲だ。
その狙う先は、もちろん神南さんだ。
「先に攻めるっ!!」
攻撃を撃たれる前に、距離を積めようとする神南さん。
モーターのような駆動音が響く中、全速力で駆け抜ける。
そして発射の準備が整ったと同時に、神南さんが空高く飛び上がった。
「いまだっ!! ウィンドハンマー!!」
攻撃が放たれる直前。
俺が魔法で神南さんの身体を吹き飛ばした。
直後、青白いビームが天井に向かって放たれる。
――ズドゴォオオンッ!!
コンクリートの分厚い天井に穴が開き、そこから一気に亀裂が走った。
たちまち、膨大な土砂とコンクリートの塊が降り注ぐ。
「ムダダ」
再び、電子音じみた声が響いた。
それと同時に巨大なコンクリートの塊が宙に浮かぶ。
流石は重力を操るイデア能力。
重くすることができるならば、軽くすることもできるらしい。
だがこれは、俺たちの予想した通りだった。
「いや、これこそが望んだ状況だよ」
「ナニ?」
「イデアを発動している間、あんた何もできないでしょ。さっき戦っている時も、イデアを使う時は必ず他のことをしなかったし。逆に、戦闘中にイデアを使うようなこともしなかった」
「ナニガイイタイ?」
「つまりあんたは、その岩が落ちてこないように抑えているのが精いっぱい。私たちが何をしようが、指をくわえて見てることしかできないってこと」
神南さんがそう言い切った瞬間、鎧のモンスターからくぐもった声が漏れた。
やはり、俺たちの予想した通りだったらしい。
身動きの取れない鎧のモンスターを、神南さんは憐みの籠った目で見つめる。
そして、剣を抜いて炎を高めた。
「行くわよ!」
「はい!」
燃え盛る炎に向かって、思いっきり風を吹き込む。
赤々と燃えていた炎がみるみるうちに青白く変化していった。
高まる熱、吹き荒れる熱風。
神南さんの髪がふわりと浮き上がり、何とも言えず幻想的な光景が生まれる。
その姿はまるで、戦女神のようだった。
「いまだ!」
「はああああっ!!!!」
それはもはや、光の剣とでもいうべき代物であった。
一閃。
鎧のモンスターの身体が、その上に浮いていたコンクリートごと切り裂かれる。
時が一瞬、止まったように思えた。
そして――。
「グガガガガアアアアッ!!!!」
断末魔の叫びを響かせながら、押しつぶされていく鎧のモンスター。
こうして、戦いは無事に終わったのであった――。
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