第二十九話 囚われの姫
「触れたら死ぬで? 殺されたくなかったら、はよ降参せえや」
そう宣言すると、新沢さんは氷の刃を手に駆け抜けた。
――速い!!
瞬く間に、数十人いた山猫の構成員たちが切り伏せられる。
そしてそのまま、誰も起き上がってくることはなかった。
傷はさほど深くないにもかかわらず、だ。
「全員死んだ……?」
「瀕死になっとるだけや。完全には死んどらん」
「噂通り、とんでもない能力ね……。いったいどうしたら……」
倒れた構成員たちを見ながら、何とも言えない顔をする神南さん。
イデア能力というのは、当人の願いを反映すると言われている。
命を吸う氷なんて極めて殺意の高い能力、一体どうしたら発現するのか。
神南さんが恐ろしさを感じるのも無理はなかった。
俺ですら、改めて新沢さんに得体のしれないものを感じる。
「おぉっと、怖がらせてしまったようやな。ま、俺はちょうど災厄世代ど真ん中やからな、いろいろあったんよ」
そういうと、新沢さんは朗らかに笑ってみせた。
災厄世代というのは、ダンジョンが出現した前後に生まれた世代のことである。
当時は世相が著しく混乱していたため、非常に苦労した世代とか言われている。
飄々とした態度だが、新沢さんもいろいろあったということか。
とはいえ、ここまで殺意の強い能力はいろいろと恐ろしいけれど……。
「おっと、新手や!」
「げっ、何あれ!!」
新たに現れた山猫の構成員は、まるで鎧のようなスーツを着ていた。
そしてその手には、巨大なガトリングガンを抱えている。
……それ、明らかに人間じゃなくて車両とか建物に使う武器じゃないか?
呆れるのも束の間、回転式の銃身が勢いよく弾丸を吐き出す。
「こりゃたまらん! 回避や!」
左右に移動して、どうにか射線に入らないようにする。
――ゴゥッ!!
身体のすぐ近くを弾丸が通り過ぎ、嫌な音が耳に残る。
この威力だと、流石に当たったらただじゃすまないな!
「大丈夫や、あの連射速度じゃすぐに弾が尽きる! 凌げばええ!」
「そうは言ってもねえ!」
「まずい、二人目だ!」
そういっているうちに、もう一人、ガトリングガンを抱えた者が出てきた。
流石にこの狭い場所で二人が相手となると、かなり厳しいぞ。
ちょっと誤魔化せるか怪しいけど、上級の雷魔法でやるか?
けど、新沢さんの前でそれは……。
俺がわずかながらにためらっていると、神南さんが剣を抜く。
「炎よ!!」
神南さんがそう叫んだ瞬間、剣が激しい光を放った。
――タタタタタッ!!
白い世界の中で、神南さんのものらしき足音が激しく響く。
それにやや遅れて、金属が引き裂かれるような音がした。
「おぉ、流石!!」
視界が回復すると、神南さんが構成員二人を倒していた。
その近くには、銃身を切り裂かれたガトリングガンの残骸が転がっている。
この一瞬で距離を詰め、無力化を図ったらしい。
「やるやん。ナイトゴーンズの元エースだけはあるなぁ」
「あの頃から腕は落ちてないので」
「桜坂君も頑張らなあかんで?」
俺の方を見て、発破をかけてくる新沢さん。
そう言われると、ますます魔法を使いづらくなるな……。
「……しばらく新手はこなさそうね。新沢さん、咲はどこにいると思う?」
「もっと奥やろ。囚われのお姫様は、城の最深部におるにきまっとる」
「先はお姫様って柄じゃないけどね」
そう言いながら、大空間から続く通路へと足を踏み入れていく。
侵入者を防ぐためなのだろうか。
コンクリート製の通路は細く長く、妙な圧迫感があった。
前世で見た要塞とかも、大軍が入ってこないようにこんな構造になってたな。
「……妙ですね、全然誰も出てこない」
こうして施設の中を走り続けること数分。
俺は何とも言えない違和感を抱き、ぽつりとつぶやいた。
さっきはあれだけ激しく抵抗したというのに、今は全く抵抗されない。
それどころか、山猫の構成員らしき者も見当たらなかった。
「逃げたんやないか? 所詮は犯罪組織や勝てないと判断したら逃亡一択やろ」
「でもこれだけの組織ですよ。普通ならもっと出てくると思いますけど」
「何か奥へ誘われているような気もするわね。……でも、今更止まれないわ。先を助けないといけないもの」
もともと、来栖さんは神南さんが紹介してくれた人である。
それだけに、事態に巻き込んでしまっていると思っているのだろう。
唇をかみしめた神南さんの顔からは、強い責任感が垣間見えた。
するとここで、大きな金属製の扉が見えてくる。
「……何かしら、これ」
「ごっつ頑丈そうやな」
扉の存在感に、俺たちはにわかに足を止めた。
中に入るのを躊躇させる、何か嫌な気配が感じられた。
するとここで、何か空気の抜けるような音がして扉がひとりでに動き出す。
「……ご招待ってわけか?」
「そうみたいね」
やがて開かれた扉の向こうには、これまた広々とした部屋があった。
そしてその中央には、白い甲冑のような機動服を着た男が立っている。
その姿はおよそ犯罪組織のアジトには似つかわしくない、騎士のようだった。
さらにその手には――。
「すいません、見ての通り捕まっちゃいました……」
力なく笑う、来栖さんの姿があった。
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