第二十六話 山猫
「一週間ぶりやなぁ。こんなに早く会うなんて、思わへんかったで」
新沢さんに連絡して、およそ二時間後。
まだ関西圏にいたらしい新沢さんは、早々に詩条カンパニーへとやってきた。
彼はドカッとソファに腰を下ろすと、手でパタパタと顔を仰ぐ。
「いやぁ、ここまで走ってきたせいであっついわぁ」
「わざわざ急いできたアピールしなくていい」
一息つく新沢さんに、七夜さんがさっそく手厳しい言葉を浴びせた。
……何となく雰囲気で分かっていたけど、この二人はだいぶ仲が悪いらしい。
七夜さんが炎鳳に在籍していた頃に、何かあったのだろうか?
「相変わらず棘あるなぁ。古い仲やんけ、もうちょい優しくしてや」
「その似非関西弁も気に入らない。あなた、横浜出身なのは知ってる」
「いちいち言わんでええがな。これは口癖みたいなもんや、治らへん」
やれやれと両手を持ち上げる新沢さん。
ここで俺は、七夜さんの方を見て尋ねる。
「あの、新沢さんと何かあったんですか?」
「私が辞める原因を作った」
「え?」
「あら事故やがな。まあええわ、今は古いことで言い争っとる場合ちゃうやろ」
「そうね。その、さっき言ってた心当たりって何ですか?」
さっそく、神南さんが本題を切り出した。
すると新沢さんは襟元を整え、わずかに間を置いて言う。
「……その来栖って子は、ほぼ間違いなく攫われとる。あの子の場合、写真をぎょうさん撮っとることよりイデアが問題やな」
「イデアが?」
「せや。あの子のイデア『完全な眼』は、視力の大幅な強化はもちろん、対峙した敵の能力や弱点を瞬時に見切ってしまうイデアや。恐らく相手さんは、それで見られてはならんもんを見られたと思っとる」
来栖さんのイデアについては、俺は特に話していなかった。
事前に新沢さんの方で調べていたらしい。
つくづく、油断も隙もない人だな……。
「見られてはならんもんって、何ですか?」
「それはわからへん。ただ、相手と実行犯には心当たりがある」
「相手と実行犯? それぞれ別なんですか?」
「そうや。つーのも、その相手ってのは恐らく……」
新沢さんは急に険しい顔をすると、もったいぶるように間を置いた。
嫌な沈黙が漂う。
まさか……。
俺の頭の中で、とある組織の名前が浮かび上がってきた。
しかし、いくらなんでもそ子がこんな乱暴な手段は取らないだろうと引っ込める。
けれど――。
「技研や。十年前にあそこが話題になった時も、俺らは真っ先にあそこを疑った」
「技研……ですか……」
たまらず、脇で話を聞いていた鏡花さんが渋い顔をした。
――正式名称『国防軍総合技術研究所』。
国防軍が影響力を増していく裏で、合法か非合法かを問わずあらゆる研究を行っているとされる組織である。
その権限も予算も非常に巨大で、まさに国家の暗部とでもいうべき連中だ。
間違っても関わり合いにはなりたくないところだな……。
「恐らく連中は、今でも入鹿ダンジョンで何かをしていた。ただし、普通の討伐者には分からんような形でな。単に写真を撮ったことが原因なら、来栖って子の前に動画を撮ってた千鳥の連中がどうにかされとるはずや」
「そうね……。千鳥があれだけ大々的に撮影に行くって発表したのだから、単に撮影が問題ならその時点で圧力をかけたと思うわ」
「せやから、普通なら恐らく問題なかったんや。ただ、技研も来栖って子のイデアについては見落としていて後で危険性に気付いたってとこやろう」
なるほどな、そう考えればいろいろとつじつまが合うのか……。
技研としても、迂闊に人気チャンネルに圧力をかけるのは避けたかっただろうし。
それで静観していたところ、来栖さんに何かを見られてしまったと。
「でも、来栖さんのイデアについて技研もすぐに気づかなかったんですかね?」
「……あの子、戦うのが好きじゃなかったから。自分のイデアについてはあんまり話さないようにしてたのよ。超サポート向きのイデアだから、広まると仲間になれって言われてうるさいみたいで」
「そう言えば、そんなようなこと言ってたような」
それで、技研も来栖さんのイデアについて認識するのが遅れたってことか。
ますます話が繋がってきた、こりゃ可能性は結構高いぞ……!!
「仮に絵を描いたのが技研だとして、実行犯ってのはどこ? まさか、国防が直接動いたわけじゃないでしょ?」
「もちろん。動いたのはまず間違いなく、連中の飼い猫やな」
「飼い猫?」
「山猫っちゅう、討伐者崩れの犯罪組織や。技研が裏で荒っぽいことをやる時は、だいたいこいつらを使う」
山猫という名を聞いた途端、七夜さんと鏡花さんの顔が険しくなった。
どうやら二人とも、聞き覚えのある名前のようだ。
「山猫ですか……。かなりの戦力がいるという噂なのですよ」
「私たちの戦力だとちょっと厳しい」
「安心せえや。乗り掛かった舟だし、ここは手伝ったるわ。山猫の本拠地も知っとるしな」
そう言うと、得意げに胸を張る新沢さん。
おぉ、S級討伐者が参加してくれるのか……!
何か思惑はあるのだろうけど、これは心強いぞ。
こうして俺たちは、来栖さんを救出するべく新沢さんとともに動くこととなるのだった。
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