27 ソフィア=サルヴェニアの顛末(終)
それから一ヶ月間、ソフィアは入院していた。
本当は希望すれば数週間で退院できると言われて、希望しようとしたのだけれども、周囲が鬼のような顔でソフィアの退院を止めたのだ。
「しばらく安静にしていなさい!」
「ライアン師匠……」
「どれだけ心配したと思っているんだ!」
変わるがわる泣きながらソフィアを抱きしめてくれたライアンと同僚達に、ソフィアは素直に甘えることにした。
嬉しそうにしているソフィアに、師匠のライアンは告げる。
「とりあえず、引っ越しをしなさい」
「え?」
「社員寮扱いにするから。もっと治安のいい場所の家に住みなさい」
「で、でも……」
「福利厚生だから!」
確かに、ソフィアの住む家は本当に壁と屋根がある程度の安い借り家だ。
ソフィアの手持ち金を考えると妥当な家なのだけれど、こんなふうに刺されてしまった後では、確かに安心できないような気がする。
「そういえば、兄さんはどうなったの?」
「……」
ウィリアムは渋りながらも、兄セリムの行く末を教えてくれた。
なんと、兄はソフィアが死んだと思い込んでいて、刑役を済ませた後も、北の修道院に軟禁されることが決まったらしい。
「刑はともかく、一生軟禁は厳しすぎない?」
「まあ、彼は色んな意味で危険分子だから、その……」
「それにしてもよ」
「……ソフィアが愛されすぎてるのさ」
「私が?」
きょとんと目を丸くするソフィアに、ウィリアムは苦笑する。
「ソフィアの頑張りは、みんなが見て、聞いていた。それこそ、一部の権力者の皆様もね」
「恥ずかしいわね……」
「みんなが君の頑張りを認めていたのさ。それなのに、セリムは君にひどいことをした。当然ながら怒った。権力者の怒りって怖いよなぁ」
「そうね。でも、変だわ。それって、私がサーシャ姉さんにも愛されてるみたいに聞こえちゃう」
そんなわけないのにね、と笑うソフィアに、ウィリアムは変な顔をしている。
何かをこらえているような。
「ソフィアは、サーシャに会いたい?」
「うーん」
「まだわだかまりがある?」
「それはないんだけどね」
なんて言ったらいいのかしら。
目を彷徨わせながら、ソフィアは考える。
「直接会って伝えるだけが謝罪じゃないから」
サーシャに会って謝罪するというのは、ソフィアにとって気持ちのいいことだ。
けれど、サーシャにとってはどうだろう。
昔あった嫌なことへの謝罪。
今の生活への不穏分子の登場。
幸せに生きている彼女の、邪魔にしかならないような気がする。
「私は私なりに、自分のやってきたことと向き合いたいと思うの。サーシャ姉さんの幸せを邪魔したくないわ」
爽やかに微笑むソフィアに、ウィリアムは、アーとかウーとか声を漏らしながら、突然キッとソフィアを鋭い視線で見た。
「向こうがいいなら、別にいいんだね?」
「え?」
「サーシャがソフィアに会いたいなら、別に問題はない?」
「ええ? まあその、それはそうね。でも、なんの用があったら向こうが会いたがるのよ」
「お見舞いとか?」
「ふふ、何それ。ウィルは優しいのね」
ケラケラと笑っているソフィアの病室に、そっと入室してきた人物が居た。
気まずそうなウィリアムの隣に並んだ人物に、ソフィアが唖然としたのは、言うまでもないことだろう。
こんな所に居るはずのない、とんでもない人物だ。
ソフィアはこの日のことを、きっと一生忘れないと思う。
****
それから三年後、ソフィアはセリムの借金を全て返済した。
返済後は、母ジェニファーの生活費を、叔父ジェームズに送金し始めた。
けれども、叔父はそのお金をジェニファーに使わず、貯金しているのだという。
「ジェームズ叔父様、ちゃんと使ってください」
「これは君のために使うべきものだ」
「そんなことないです。娘として、母の生活費を出すのは当然です」
「ソフィア。恩というのは、直接本人に返すだけが正しいわけではない。母からもらった恩は、子に返すものだ。これはお前に子どもが生まれたら、子ども達のためにつかってやりなさい」
その言葉に、ソフィアは渋々引き下がった。
意見を曲げたソフィアに、ウィリアムは珍しいものを見たとばかりにからかってくる。
「君らしくないね。どうしたの」
「だって」
「うん?」
「ウィルが、そうしていたじゃない」
サルヴェニア子爵領で受けた恩を、ソフィアに返してくれた。
恩の輪を広げて、ソフィアをその中に入れてくれた。
「君はそういうところ、本当に可愛いよね」
「……」
「何、照れてるの?」
「もっと言っていいのよ」
「ちょっと待って。心臓がうるさいから、少し後にしよう」
「なんて意地悪なの……」
「別に焦らしたつもりはないんだけどね!?」
恥ずかしさで震えるソフィアは散々ウィリアムに文句を言ったけれども、ウィリアムは幸せそうに微笑んでいた。
その笑顔に、ソフィアは弱いのだ。
結局、いつもどおり、ソフィアはウィリアムに丸め込まれてしまった。
五年後、ソフィアは商人としての才覚を極め、ウィリアムは振り回されつつも、なんだかんだ奔放な彼女のそばにいることを楽しんでいた。
そんな二人の転機となったのは、ソフィアが売り出した一冊の書籍だ。
その書籍は王国中にベストセラー小説として広まり、ソフィアとウィリアムの名前を世間に大きく知らしめることとなった。
その内容は、ウィリアムの日記である。
「なんで僕の日記を全国に晒しあげたんだ!」
「だって、めちゃくちゃ面白かったのよ! 絶対売れると思ったのよ!」
「勝手に人の秘密を読んだ人の台詞とは思えないね!?」
ウィリアムの日記は、サルヴェニア子爵領で新人官僚として働き始めたあたりから始まっていた。
仕事ができなくて精神的にボロボロになっていた頃の愚痴に始まるそれは、ソフィアの目には、主観だけで構成されたものすごい成長譚に映った。
自分が凡人だと嘆きながらも前を向いていく彼の内面に、勝手に日記を読んだソフィアは感情移入し、涙を禁じ得なかった。
そして、売れると確信した。
「売っていいって頷いたんだから、諦めてよ」
「関係各位の許諾と出版社の取り付けまでした上で、迫って来られて、断れる?」
「とにかく、頷いたわ」
「全国展開だなんて聞いてない……」
「私もここまで売れるとは思わなかったのよ……」
ウィリアムの日記に、ソフィアが手を入れて、夫の過去に妻がコメントを入れながら語るその小説は、王都を根城にする出版社にその出版を託されていた。
そして、売れた。
売れて売れて売れて、そのせいで出版社が大きく成長して、気がついたら王国中にその本が行き渡っていた。
「まあ、これで世間の私達への評価がガラッと変わったじゃない。商売がしやすくなって助かるわ」
「この本、多少名前を変えてるけど、誰が見てもサルヴェニアのことを書いてるってわかるもんね」
「それがヒットの大きな理由の一つよ……」
「こんなものをガイアス閣下やダグラス閣下が許諾したなんて信じたくない」
「お二人が一番乗り気だったわ?」
「それは聞きたくなかったね!?」
真っ赤な顔でうずくまる夫に、ソフィアは笑う。
そんな妻を、ウィリアムは恨めしげに見上げた。
「それにしても、君は本当にすごいよ。商才の塊だ」
「ウィルのほうがすごいじゃない」
「何を言ってるんだよ、もう」
「だってこれ、ウィルの日記よ?」
「編集して売ろうとしたのはソフィアだ」
「じゃあ、いつものとおりね。土台はウィルが作って、私が思いつくの」
「本当に、君はいいパートナーだよ」
ベストセラー作家が肩をすくめて笑ったので、ソフィアも声を上げて笑った。
これが、ソフィア=サルヴェニアの顛末だ。
ソフィア=サルヴェニアは居なくなり、ソフィア=ライアットも居なくなって、平民のウェルニクス夫人になった、ちょっとした物語。
それは、ソフィアの培ってきた大切な時間を表したもので、心の底から笑える彼女の、ちょっとした自慢なのだ。
〜番外編 ソフィア=サルヴェニア 終わり〜
長らくお待たせしましたが、ようやく完結です。
ご愛読ありがとうございました!
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あとよかったら、作者の別作品
『訳あり伯爵様と契約結婚したら、義娘(六歳)の契約母になってしまいました。』
のコミックス1巻とノベル2巻が先週から発売されています。
そちらもお手にとってみていただけると嬉しいです!
(コミックス1巻は重版が決定しましたので、初版本が気になる方はお急ぎくださいませー!)




