25 疲労困憊
明るい日の日中。
そこは、見知った我が家だ。
お父様がいて、お母様がいて、お兄様もいる。
それだけじゃない。
伯父様と、義理の伯母様。
それから。
――ほら。お姉ちゃんと遊んでおいで。
お母様に背を押されて、一歩踏み出す。
そこには、金髪に若草色の瞳をした、二つ年上の従姉がいる。
――お姉ちゃん。
声をかけるけれど、彼女は振り返ってくれない。
いつも、いつだって、彼女はこちらを見たりしない。
だんだんと、彼女だけでなく、みんなが遠くなっていく。
寂しくて、肩を落としているところに声をかけてくれたのは、伯父様と伯母様だった。
「みんな、とても忙しいんだ」
「自分のことで、手一杯なのよ」
……忙しいんだ。
「私達もそうだった。疲労困憊で、周りが見えていなくて……あの子達には申し訳ないことをした」
申し訳ないこと?
「忙しくても、伝えないといけないことがあったんだ」
「使命がね、あったのよ。それが一番大切なことだと信じてきたの」
「でも、違うんだ。もっと大切なことがあった。弟も、娘も、悲鳴をあげていた。なのに、私達は使命ばかりを見ていて、彼らから目を背けていて、彼らの力になることをしなかった……」
そうなの?
そう尋ねると、伯父達は悲しそうに頷いている。
なら、ちゃんと謝らないとね。
家族なんだから。
遠くに居るお父様やお母さま、お兄様や、従姉のお姉ちゃんを指さしてそう伝える。
すると、伯父様達は目を丸くした後、自嘲するように、けれども嬉しさをのせた声で笑った。
「私達には、もうそれができないんだ」
「そうなの?」
「だから、あなたがそれを、みんなに伝えてくれる?」
「いいよ、任せて!」
「……任されてくれるのか」
「もちろん!」
頭を撫でてくる伯父達に笑顔で頷くと、彼らは目に涙をにじませながら抱きしめてくれた。
「ありがとう、ソフィア」
うん。
別にいいのよ、そんなこと。
だって、ちょっと伝えたら、すぐ終わるんだから。
私達は家族で、いつだってすぐ近くに居るんだから。
****
体が重い。
なんだか全身に重りを載せられたみたいで、目を開くことも面倒くさい。
けれども、ずっと寝ているのもよくない気がする。
目を開けたら、この重さから解放されるんじゃないかしら。
そう思いながら、重たい瞼をゆっくりと上げると、そこは真っ白な世界だった。
白い天井。知らない部屋。
首を動かすこともままならない。
(私は……)
なんだか左手が温かいような気がして、ゆっくりとそちらに視線を動かす。
顔や体を動かすのは難しそうなので、目だけで、そちらを見た。
そこにはなんだか見覚えのある男が居て、彼は左手を握りしめたまま、ベッドの空いている場所につっぷして寝ているようだった。
「……ル?」
思った以上に声が出ない。
体もやはり動かないし、長く寝ていたせいか、いまいち記憶も定かでない。
なんだろう、何が起こったんだったかしら。
「……ウィル」
何度か繰り返し声を出して、そう口に出せたとき、ようやく名前を呼んだ相手に伝わったらしい。
淡い水色の瞳がゆっくりと見開かれて、ぱちりと目がかち合った後、彼はゆっくりと、口を開いた。
「……あ……私――」
「――先生! 先生、目を覚ましました!!! すぐ来てください、先生!!!!」
彼は、感動の再会を味わうでもなく、そのまま走って部屋を出て行ってしまった。
あまりにも、薄情だった。
残されたのは、ベッドに寝ている彼女だけである。
「……」
唖然とした彼女は、口を開けたまましばらく固まっていた。
誰も部屋に来ないので、仕方がないとばかりに視線で周りの様子を窺うと、どうやら、ここは病室のようだ。
(……私……)
起こったことを振り返って、ああそうかと何かが繋がったような気がする。
間に合わなかった。
お父様に、お母様。
それに加えて、家族をまた一人、失ってしまった。
きっとそういうことなのだろう。
ふと、バタバタという足音と共に、「走らないでください!」「目を覚ましたんです!!!」「わかりましたから!!」という声が聞こえてきた。
自然と閉まっていた扉が再度勢いよく開いて、そこにはやっぱり、見知った顔が立っている。
もちろん、金髪に碧眼の、彼女が人生で一番尊敬している先輩だ。
何故かちょっと無精ひげが生えていて、目の下にクマもあって憔悴している。
そんなボロボロの姿だけれども、彼女が一番会いたかった人だ。
家族を失ってしまったソフィアが今、一番大切に思っている、本当の家族みたいな人。
「ただいま」
ソフィアの言葉に、ウィリアムはその場で崩れ落ちた。
恥も外聞もなく、蹲って泣いている。
「ただいま、ウィル」
薄情なソフィアの家族は、返事をくれなかった。
でも、それでいいのだ。
ただ、会えただけで十分だ。
それにソフィアも、なんだか視界が曇ってしまって、それどころではなかったから、おあいこなのだと思う。




