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23 手柄と波紋


本日2話目の投稿です。

残酷描写ありますので要注意です。



 その後、ソフィアとウィリアムの話を聞いたライアンは、すぐさま動くように指示をした。

 現段階では、綿花はそこそこに豊作で、買い取り値も安く済んでいる。


 しかし、来年以降、おそらく綿花の値が上がっていくことは間違いない。

 マーベリック王国はすべての流れを読んで、自国に在庫を大量に抱えているだろうけれども、それを他国に安く売りだすとはとても思えない。


 今ソフィア達がやるべきことは、周りに気が付かれないように、ゆっくりと綿花の在庫を増やし、来年以降に備えることだ。


 ソフィアが発見したこの事実に、ラングレー商会の誰もがソフィアをほめたたえた。

 念のため、ラングレー商会でオリーブの主担当に頼んで既に仕入れ済みだったジャムカの搾りかすを使って観葉植物を育ててみたところ、ジャムカの搾りかすを肥料として使った鉢の植物は、あからさまに成長速度が早かった。

 来年のラングレー商会は、商会として大きな利益を上げるだけでなく、自国の綿花の普及を滞らせなかったことで、人々を笑顔にすることができる。


 自分の残した功績に浮かれながら、ソフィアが残業をしていたある日、会議室に明かりがついているのを見た。

 そこに残っているのは、ウィリアムだった。

 彼は資料を広げながら、飲み切ったコーヒーカップを片手に、ため息をついている。


「ウィル」

「……ああ、ソフィアか」

「もう遅いわ。明日でもいいんじゃない?」

「そうだね」


 口とは裏腹に、ウィリアムはその場から立とうとしない。

 ソフィアが隣の席に座ると、ウィリアムは乾いた笑いを浮かべた。


「わかっていたはずなんだけどね」

「うん?」

「僕は悔しい」


 ソフィアは目を見開いた。

 ウィリアムはただひたすら、資料を見ていて、ソフィアを見ようとしない。


「半年とはいえ、僕の方が君より長く勤めてる」

「そうね。ウィルは私の先輩だわ」

「だけど、僕は君の言った内容に、気がつかなかった」


 ソフィアの言ったことは、ジャムカに着目して調査をしなければ気が付かなったことだ。

 綿花が担当のウィリアムが気が付かなくても仕方のないことではある。


 しかし、商人として、商売相手のことを知るべきだった。

 他国で遠いから、そんなことは理由にならない。

 視察に行き、現地を知り、現地を知る人に話を聞いて、その情勢の全体を知りながら、来年の商売をも見据えて動いていく。

 それこそが優れた商人で、目の前にある商品に値段を付けるだけではいけないのだ。


「君が優秀なのはわかっている。わかった上で、僕はこの職場に君を誘った」

「ウィル」

「でも、悔しいよ。この資料を見ても、僕は何も思いつかない」


 頭を抱えるウィリアムに、ソフィアは胸が熱くなるのを感じた。

 この気持ちは、きっと今、この場で伝えるべきものだ。


 あのとき、サーシャには伝えられなかった。

 『大丈夫?』以外の言葉をかけず、ソフィアが悩んでいることも伝えなかったし、サーシャに逃げればいいと勧めることもしなかった。


 けれども、もう、機会を逃すことだけはしない。


「ウィルはすごいと思う」


 ソフィアの言葉に、ウィリアムは軽く目を見開いて、ようやくソフィアを見た。

 けれども、その淡い水色の瞳には、自嘲の色が浮かんでいる。


「今回の綿花の件を問題なく進められたのは、ウィルのおかげよ」

「何を言うのさ。君が……」

「私は考えただけよ。発想があった、ただそれだけ。ウィルが今まで培ってきた人脈がなければ、成し遂げられなかった」


 ソフィアは、ジャムカと綿花に関して、思いついたことを皆に伝えた。

 ライアンはソフィアの案を認めて、ラングレー商会として動くことを決めた。

 そして、それを実現できるのは、ウィリアムの力があってこそなのだ。

 彼が信頼と信用を重ねてきた取引相手とだからこそ、秘密裏に綿花の仕入れを多くすることができる。


「それにね、それだけじゃないわ」

「……うん?」

「私への嫉妬を、なんとかしようとしてくれてる」


 眉尻をさげるウィリアムに、ソフィアは思わず微笑む。


「私、ようやくわかったのよ。賢いって、頭が回るだけじゃダメなんだわ。根をつめて、たくさんのことを知って、だけど、それだけじゃ賢い人にはなれない」

「どういうこと?」

「私の前には、いつだってウィルが走っているってこと」


 潤んでいる若草色の瞳に、ウィリアムはようやくまっすぐにソフィアに向かいあった。


「私が今、他の人の信用を得るために頑張れているのは、この仕事に邁進できているのは、ウィルがそうしていたから。それに、今回の件、私が逆の立場だったら、しばらくウィルと口も利かないわ」

「……それは、ひどいな」

「ええ、そう思う。だけど、それくらい私は、弱くてだめな人間なのよ」

「僕だってそうさ」

「それでも、ウィルはいつだって、私より先にその弱さと戦ってるじゃない」


 ソフィアは、サルヴェニア一族として、その能力に誇りを持っていた。

 けれども、ソフィアが転落したとき、皆がソフィアの能力に目を向けなかった。


 力があるだけではだめなのだ。

 人を動かす力は、もっと他にある。


 恨みを糧に、周りを追い詰める方法でそれを実現することもできた。

 腹いせに、そのようにすることもできたと思う。


 けれども、ソフィアには道しるべがあった。


「ありがとう、ウィル」


 それは、心からの感謝だった。


 こんなソフィアを、導いてくれたこと。

 叫んで、ひどい暴言を吐いたのに、それでもめげずに、ソフィアを立ち直らせてくれた。


「私に正しさを教えてくれて、ありがとう」


 人の温かさを教えてくれた。

 醜い気持ちと向き合う辛さ、それを乗り越えることの大切さを教えてくれた。

 それは言葉によるものだけではなく、今まさに、彼はそのことを背中で示してくれている。


「私に功績があったとしたら、すべてはウィルのおかげだと思う。あなたは今までもこれからもきっと、私の人生で出会った中で、最も尊敬する先輩です。やっぱり私は、あなたみたいになりたい」


 ソフィアの言葉に、ウィリアムは息を呑んだあと、黙っていた。

 淡い水色の瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちて、彼は目を抑えながら、顔を背ける。


「……びっくりしたな。君からそんなことを言われるなんて」

「ウィル」

「こんなときに、ずるいよ」


 目を抑えたウィリアムの声は潤んでいて、ソフィアの若草色の瞳からもぽろぽろと涙が零れ落ちた。


「私はいつもウィルのほうがずるいと思ってるから、おあいこね」

「そうなの?」

「人のことを散々泣かせておいて、自覚がないの?」

「その言い方だと、僕がとんだ女たらしみたいだね」

「女たらしであることは間違いないと思うわ」

「君の目の前ではそういうことはしてないと思うんだけどなあ」

「見てないところではまだしているの」

「オーケー、この話はやめよう。泥沼の予感がする」

「今日だけは勘弁してあげるわ」

「期間限定なのか……」


 涙が止まらない中、それでも二人は笑顔だった。


 会議室でさんざん泣いた二人の目はパンパンに腫れていたので、とりあえずタオルで冷やしてその場をしのぐ。


「ウィル。私は先に帰るけど、一緒に帰る?」

「いや、もう少し残っていくよ。ああ、でも遅いから送ろうか?」

「いつも一人で帰ってるから大丈夫よ。大通りを歩くようにするわね」

「うん、わかった。お疲れ様、ソフィア」

「ウィルもお疲れ様」


 そう言って、ソフィアはラングレー商会を出た。


 その足取りは軽い。

 夜空には満月が輝いていて、ソフィアが立ち直ったあの日のようだった。

 きっと、ソフィアの未来も、この満月と同じぐらい輝いている。



 そう、ソフィアは油断していたのだ。

 月明かりに照らされて、とても気持ちも満たされていて。


 だから、後ろから近づく影に気が付かなかった。




 ドン、と後ろから何かにぶつかられて、ソフィアは驚いたまま、声を上げることもできない。


「……?」


 驚いたけれども、なんだか体に力が入らなくて、バッグを取り落としてしまう。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはフード付きのコートをかぶった浮浪者のような男が居て、手にはなんだかギラギラと光るものを持っていた。


 あれは、ナイフだろうか。

 赤い何かで、濡れている。


「あ……」

「お前! お前ばかりが、お前、なんでそんな、お前だけが楽しそうに!!」


 背中が熱い。

 言葉を発しようとしたけれども、上手く声にならなかった。


 熱い。熱い。熱い熱い熱い――痛い。


「お前が失敗したせいで、こうなったんだ! なのになんで、お前だけが幸せそうにしていられる!」

「そ、れ……は……」

「僕はこんなふうになってしまったのに! 全部お前のせいだ、ソフィア、全部お前が!!!」

「……兄、さん」


 目の前に居るのは、兄セリムだった。

 何日もお風呂に入っていないような見た目と匂い、そして薄汚れた服。

 フードの奥でギラギラと光るのは、ソフィアと同じ、若草色の瞳。


「お前だけ幸せになるなんて、許さない」

「……兄さ……」

「お前も道連れだ!」

「めん、なさ……」


 ソフィアは必死に、声を絞り出す。


 兄に、伝えなければ。


 ずっと、ソフィアは兄に依存してきた。

 父が北の修道院に行ってしまった後、兄に、ソフィアと母を全て背負わせてきた。


 そのことが、兄をこんなにも苦しめることになってしまった。


「……ご、めん、……さ……」

「た、助かりたいからって、そんなことを今更」

「兄、さ……ごめ……」


 かふ、と血を吐いたソフィアに、兄は言葉にならない声で叫ぶ。


 そうして、振りかざされたナイフに、ソフィアは時がゆっくり過ぎるような感覚を覚えた。


 自分は、ここで死ぬのか。


 そうか。


 そうか……。


(今日、ちゃんと、伝えられてよかった)


 ソフィアは、間に合ったのだ。

 ウィリアムに、気持ちを伝えることができた。


(迷惑、かけちゃうな)


 ソフィアが急に居なくなったら、ラングレー商会はてんてこ舞いだろう。

 人一人が急に居なくなると言うのは、そういうことだ。


 そう思う反面、きっとサーシャが失踪したときは、ソフィアが居なくなるときのことなんて比じゃないくらい大変だったんだろうなと、ソフィアは思わず自嘲する。


(悲しまないといいな。……悲しんでくれると、いいな)


 彼の顔を曇らせるのは、本意ではない。


 けれども、何も思ってもらえないのは、少し寂しい。



 そう思いながら、ソフィアはナイフを待つことなく、地面に崩れ落ちた。



 背中が熱くて、目の前が暗くなっていく。


(ああ、そうだわ)


 最後に、ちゃんとサーシャに謝っておけばよかった。


 暗闇に落ちていく中、ソフィアはそう思った。



 金色の満月の光は、もう見えない。



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