表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/56

20 就職と母との別れ


 ソフィアはそれから、ウィリアムの勤めている商家である、ラングレー商会で働くことになった。


 自分で就職先を探そうとしてたところを、ウィリアムに誘われたのだ。


「売り子や作業員より、君に向いてると思うよ」

「あら。売り子だって向いているわ。私は若くて可愛いもの」

「君は自分の売りをよく知っているんだね……。まあ、可愛いのはわかるけど、君の一番の武器はそれじゃないと思うよ」


 くつくつ笑っているウィリアムに、ソフィアはなんだかくすぐったいような気持ちになる。

 こんなふうにソフィアのことを認めている人と話をするのは、本当に久しぶりだった。


「でも、本当にいいの? 雇い主さんは私のこと、嫌がらないかしら」

「ああ、うん。それは大丈夫だと思うよ。理解のある人だし、あの人は僕のことも全部知っているから」


 なにやら、今の雇い主はウィリアムの境遇を全て知った上で、彼を商人として育て上げるべく雇ってくれたらしい。


「そんなことってあるの? 慈善事業じゃないのに」

「実は、友人が紹介してくれたんだ」

「いい友人が居るのね」

「君もそうだろう?」


 少しすねた顔をしたソフィアに、ウィリアムはにやりと笑う。

 ソフィアも、ウィリアムという友人の紹介で、その商家に就職するのだ。


「それもそうね」


 思わず頬が緩んで、それを見たウィリアムは嬉しそうにほほ笑んでいる。


「その笑顔が出せるなら大丈夫」


 ウィリアムの言ったとおり、商家の主人であるライアン=ラングレーは気のいい人だった。

 柔らかい茶色の髪に、大きくて愛嬌のある目鼻立ちが特徴的な、人好きのする人物だ。年の頃は四十歳頃だろうか。ガタイは大きいけれども、威圧的なところが少しもない。

 なにより、ソフィアの事情を知った上で、まずは話を聞きたいと言ってくれている。


「それで、ソフィアさん。君はここで働きたいと、自分で思っているのかな」

「はい。……私も、ウィリアム様みたいになりたいと思っています」

「ちょ、ソフィア」


 ソフィアの言を聞いて、目を丸くしたライアンは、その場で声を上げて笑った。

 周りの社員達も、にやにやとソフィアとウィリアムを見ている。

 その様子に、ウィリアムは顔を赤くした後、がっくりと肩を落としていた。


「そりゃあいい! いやはやウィリアム、お前もたった半年で大物になったもんだなあ」

「勘弁してください……」

「ソフィアさん。こいつは見習いを卒業したばかりの新人だが、真面目で気のいいやつだ。お前さんの指導担当につけるにはちょっと経験が足りないが、よく見習うといい」

「! じゃあ……」

「採用だ。これからよろしくな、ソフィア。弟子になるからには、呼び捨てでいかせてもらうぞ」


 手を差し出されて、ソフィアは目頭が熱くなるのを感じる。

 その数瞬後、口を引き結んだソフィアは、慌ててその手を取り、しっかりと握りしめた。


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げるソフィアに、ライアンも他の社員達もほほ笑んでいる。


 こうしてソフィアは、ラングレー商会に就職することとなった。



****


 数日後、母ジェニファーはジェファソン子爵に回収されることとなった。

 回収されるその日、ジェニファーはソフィアに縋りつくようにして訴えていた。


「ソフィア! 働くならあなたが私を養ってちょうだい!」

「お母様」

「パンとチーズだけなんていやよ! そんなの、死んでしまうわ!」

「お母様も働けばいいじゃない。そうしたら、ジェームズ叔父様は沢山食べ物をくださるわ」


 絶句する母を、ソフィアは澄んだ若草色の瞳で見つめる。

 その横で、眉根を寄せながらも、ジェームズは口を挟まずに様子を見てくれていた。


「私はこれから働くけれど、誰かを養うことができるほど稼げるかどうかわからないの」

「それでも、私の分くらいは!」

「未成年の子に養ってもらう前に、自分で稼ごうと思わないの?」


 ソフィアの言に、さすがに自分でもどうかと思ったのか、ジェニファーは目を泳がせている。


「お父様がお母さまを甘やかすのは、まあいいわ。けれど、それがなくなったからといって、私を代わりにしないで」

「ソ、ソフィア」

「就職おめでとうくらい言ってほしかったわ」


 それだけ言うと、ソフィアは、力を失っている母の手を振り払い、叔父であるジェームス=ジェファソン子爵に向かって深々と頭を下げた。


「叔父様、申し訳ありません。母のことをよろしくお願いいたします」

「もちろんだ。子どもとして母の進退に責任は感じるだろうが、親族に貴族である私がいるのだから、すべて任せてくれていい。お前はあれのことは気にせずに生きていきなさい」

「……叔父様」

「ソフィア。正直、お前が変われるとは思わなかった」


 ソフィアを見るジェームズの碧色の瞳は柔らかい。


「先日までお前も、あれやお前の兄と同じ目をしていたからな」

「……はい」

「だが、お前は変わった。そのことが、私は叔父として誇らしい」


 思わぬ言葉に、じわりと目頭が熱くなって、視界がぼやける。

 はらはらと涙をこぼすソフィアに、ジェームズは手を差し出した。


「就職おめでとう、ソフィア。親族として、社会人として、お前の今後が良いものになることを願っている」

「ありがとうございます。このご恩は、どこかで必ず」

「期待せずに待っておこう」


 手を握り返したソフィアに、ジェームズは肩をすくめて笑いをかみころしている。

 ソフィアがすねた顔をすると、ジェームズは声をあげて笑った。


 子爵である叔父に、今から平民として見習い商人になるソフィアができることなどないかもしれない。

 それでも、いつかもらったものを返したいのだ。

 そう思いながら、ソフィアはふと、ウィリアムに言われた言葉を思い出す。


『君はなぜ、自分のために誰かが力を貸すことを当然だと思っているんだ?』


 ああ、そうだ。

 ソフィアは、やってもらうことを当然だと思っていた。


 けれども、今こうして自分の力で立つことを決めたソフィアには、不思議とそうは思えなかった。

 誰かが力を貸してくれることが、優しい気持ちを向けてくれることが、こんなにもありがたくて、ソフィアを強くしてくれる。


 こうして、馬車に乗り込む叔父と母を見送る際、母はソフィアに向かってギラギラとした目を向けながら、怨嗟の言葉を吐いた。


「あなただって、セリムを利用したじゃない」

「ジェニファー!」

「お父様に甘えて、兄に甘えて、あなたも同じ穴のムジナよ!」

「やめないか! ソフィア、気にしなくていい」

「大丈夫です、叔父様」


 ほほ笑むソフィアに、気遣う色を見せていたジェームズは、肩の荷が下りたような顔で笑う。


「そうだな。お前はもう、大丈夫だ」


 そう言って、叔父と母は、ジェファソン子爵家へと旅立っていった。


 これで、ソフィアは一人で頑張らなければいけない。


 けれども、きっと一人じゃない。

 これからソフィアは、自分で仲間を作っていくのだから。




面白いと思ってくださった人は…「訳あり伯爵様」のコミックを買ってくださ(略


このままハッピーエンドじゃつまらないですよね( ´◡` )

あと一波乱ありますのでお楽しみに


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ