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18 失ったもの



「君の思い違いはそこにあるんだろうね」

「な、何を……」

「誰も君のことを責めていない。君は未成年だ。だから、罰を受けなかったじゃあないか」

「みんな、私から離れていったじゃない!」

「それはそうだよ。君は薄情で、友達甲斐のない人だからね」


 肉を口に運び、咀嚼するウィリアムに、ソフィアは目の前が真っ赤に染まったような感覚を覚えた。

 手が震えて、声を出すこともままならない。

 今までの苦労。辛かったこと。それはすべて、みんながソフィアを責め立てたせいで起こったことだというのに、この男はそんなこともわからないのか。


「ソフィア。この一年に満たない間、君に起こった出来ごとというのはね。君が持っているべきでないものを失ったという、ただそれだけのことのはずだよ」

「そんなわけない! だって、学園でいじめられたわ。みんな私と話をしてくれなくなった。学園にだって、お金がなくて通えなくなった。お金を貸してくれる人もいなかった!」

「君はそもそも下級貴族の親族で、貴族学園に通ってそこに居る学生達と知り合うことなんてできなかったんはずなんだよ。それに加えて、君自身の人間性は知人として会話をするに値しないと、彼らは判断したんだ。だから、君は学園内の友人を失った。でも、それは元々君が持っているはずのないものだったから、問題はないはずだ」

「問題はあるわよ! 私の能力があれば、王宮の侍女にだってなれた! 一代伯爵の地位だって狙えたのよ。なのに、すべての機会を失ったわ!」

「だから、その機会も、君は持っているはずの立場になかった。子爵家の傍系なんて、そんなものだよ。家の手伝いをするか、外に出て商人として働くか、運が良ければ他の下級貴族に嫁ぐか。学園に通ったり、出世するなんて、よほどのことがないとありえない、そんな程度のものだ」


 焼きたてだったパンが少し冷めて固くなっていたのか、ウィリアムは「これはもう少し早めに食べておくべきだったな」と呟きながら、パンにバターを塗りなおす。

 それを見ながら、ソフィアはぶるぶると怒りで震えることしかできない。

 よほどのことは、あったはずだ。

 当人がこれほど優秀なのだから。

 そう、ソフィアは、それほどに優れた人材であるはずなのに!


「……サルヴェニアの一族は、子爵に収まるような器じゃない」

「うん?」

「元々、サーシャ姉さんが子爵だったこと自体がおかしいのよ。だから、私達だって、子爵の傍系として軽んじられるなんておかしいわ!」

「ああ。それは、君のお父さんが言っていたことだね」


 目を見開くソフィアに、ウィリアムはまたしてもワインを一口飲む。


「君の父サイラスは、その父ザックスと兄スティーブンが、あの統治の難所サルヴェニア領を押し付けられながらも、子爵位に甘んじていたことに憤りを感じていたみたいだね。まあ、子爵家の傍系の恩恵なんて、大したことはないからなあ。それでサイラスは、逃げたんだ。すべてをわかっていて、腹いせの意も込めた上で、何もかもをサーシャに押し付けて――そして失敗した」

「……それは……」


 それはおそらく真実だ。

 ソフィアが見てきたものと合致する。

 何もできないと見せかけ、貴族学園で下級クラスに甘んじながらも、物事を見据える機敏な頭を有していた父サイラス。


「ソフィア。君はサーシャが失踪したことで、その現実と向き合うことになってしまったんだ。サイラスほど狡猾に逃げることのできなかった君は、得るはずじゃなかったものを失うこととなった」

「……」

「でも、ただそれだけのことだ。君は罰されたわけじゃない。失ったものも、君にとって過分なものだけで、根本的なものはすべて残っている」

「……ちがう」

「ソフィア」

「違う、ちがうちがうちがう!」


 そんなのは間違っている。

 正しいはずがない。

 その理屈では、ソフィアが全てを失うのは当然のようではないか。


 ソフィアは手の中にあったものを取り返したいと思っているだけなのに、この男の言は、当然に無くなったものだからもう戻らないと言っているに等しい。


 そんなことは認められない。

 だって、認めたら。


 ソフィアはこれから何を支えに生きていけばいいのだ。


「私は、貴族学園を卒業するはずだった」

「そう」

「王宮勤めの侍女になれるはずだった。私の能力を生かして、官僚をしてもいい」

「そうかい」

「そういう、順風満帆な未来を、邪魔されたのよ。貴族の一員として当然に受けるはずだった恩恵を!」

「……」

「今だって、貴族の一員なのに。みんなが、私の権利を奪おうとしている。全部、サーシャ姉さんのせいで!!」

「ソフィア」


 ようやく食事の手を止め、ソフィアに向き合ったウィリアムは、諭すように静かな声で告げる。


「サーシャが君を罰することを望んだなら、君は今、北の修道院に居たはずだ」


 言葉もないソフィアから、ウィリアムは目をそらさない。


「君の父が送られた場所。修道院と言えば聞こえはいいけれども、あそこはほとんど貴族用の牢のような役割を果たしていると聞いている。労役が与えられて、食べ物もギリギリ、外に出ることは許されず、いつも看守が見ている」

「……そんなの、知らない」

「それに、君は今、貴族の一員じゃないから、恩恵を受けられなくなったのは当然のことだ」

「貴族の一員よ! 私は貴族の血を引いてる!」

「サルヴェニア子爵は爵位を返上した。母方のジェファソン子爵家からも、君は勘当されている」

「勘当は、向こうが勝手に! それに、それだけじゃないわ。ガードナー次期辺境伯夫人の身内よ! 血が繋がってるのよ!」

「ガードナー次期辺境伯夫人からも、君は縁を切られているね」

「そんなの、向こうの我がままじゃないの!!」

「我がままではなく権利だ。君は周りに不義理をして、貴族の一員である地位を保つことができなかった」

「あなたにそれを言われたくない! そうやって私のことを責めるけれど、サーシャ姉さんに不義理をしたのはあなたも同じじゃない! なのにあなたは結局、貴族学園だって卒業したわ! それに、ウェルニクス男爵家に守られてる!」

「僕は今、商人として働いているよ」


 え、と動きを止めたソフィアに、ウィリアムは凪いだ顔で続ける。


「僕は今、王都の商家で働いているんだ。男爵家の後ろ盾のない仕事だ」

「な、なによ、それ。なんで、貴族学園を卒業したのに、そんな」

「そりゃ、貴族学園は運よく卒業できたけれども、この経緯だ。雇ってくれる貴族がらみの就職先は、正直ないよ。自分の身は、自分で立てないといけない。騎士団や王宮官僚の上級試験の要件は満たすけど、就職したところで針のむしろなのはわかっているしね」

「そんな……あ、で、でも。ウェルニクス男爵領の、手伝い、とか」

「うん。それも()()()()()()ことになった」


 ウィリアムが頬を緩めたので、ソフィアはまたしても、胸の中がチリチリと焼け付くのを感じる。


「父が、独立を許してくれたんだ。伯爵家から男爵家に落ちたウェルニクス家を支えると申し出たけど、断られた。父には、何もしてやれないけれどお前の自由だけは奪いたくないって、そう言われたよ」

「……」

「僕は今、自分の力だけを頼りに生きている。もちろん、それだけじゃあまりに実家に申し訳ないし、男爵領はかなり小さい村で経営が厳しいらしいから、仕送りもしているよ」

「仕送り……」

「だからね。君が最初、がっかりしたような顔で見たこのメニューも、僕にとっては二か月に一回、食べられるかどうかというくらいのごちそうだ」


 ぎくりと身を強張らせたソフィアに、ウィリアムは失笑する。


 ウィリアムの行きつけだと言うこの店は、確かにいい店だ。


 けれども、ソフィアの舌を心から満足させるものではないのだ。


 ソフィアはサルヴェニア子爵邸で、この何倍も――ウェルニクス()()()よりも贅沢な料理を毎日食べてきたのだ。

 ここ半年以上、そういった食事ができていないとはいえ、舌は肥えている。


「ソフィア。君には自由がある。それは、サーシャが君に配慮したからこそ手に入ったものだ」

「……そんな、こと」

「ほしいものは自分で手に入れるんだ。貴族学園を卒業したいなら、学費を稼いでもいい。いい就職先を見つけたいなら、経験を積んだ上で、転職すればいい」

「なんで私が、そんな苦労をしないといけないの。私の道は全部用意されていたのに、なんで今更、私が自分でなんて」

「ソフィア。君はなぜ、自分のために誰かが力を貸すことを当然だと思っているんだ?」

「え?」



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