13 ガードナー辺境伯領主官邸
ようやくソフィアは、ガードナー辺境伯家の前までやってきた。
そして、唖然とした。
買ったばかりの貴族令嬢用の日傘を取り落としそうになり、慌てて持ち手を握りしめる。
ガードナー辺境伯邸は、サルヴェニア子爵邸の何倍も大きく、豪奢な造りをしていた。
たったそれだけで、今のサーシャが、ソフィアがかつて子爵領で味わった贅沢な暮らしよりも、一段も二段も格上の環境で暮らしていることが見てとれる。
唖然としていたソフィアは、次第に、胸にたぎるような嫉妬の炎に顔を歪める。
しかし、なんとかそれを理性の力で押し込めた。
わざわざこんなところまで従姉に会いにきたのは、妬みをぶつけるためではない。
敵対したいのではない。ソフィアは、助けてほしいのだから。
(どうやったら、サーシャ姉さんに会えるのかしら……)
ソフィアは身一つでここまでやって来た。
上手くやらなければ、サーシャの耳にソフィアの来訪の事実すら届かないまま、門前払いを食らってしまうだろう。
まずは、見て、知ることが必要だ。
ソフィアは邸宅の様子を日傘で顔を隠すようにしながら、舐めるように見渡す。
ガードナー辺境伯邸は、王宮とは違った、南国特有の華やかさに溢れた、ソフィアの目には珍しい造りの建物だった。
けれども、護衛の仕方や正門の使途は王宮やサルヴェニア子爵邸と変わらないはずだ。実際に、門の周りには複数人の護衛の兵士達が佇んでおり、広く整備された道は、馬車に乗った貴族や有力商人くらいしか通行できないであろうことを窺わせる。
ソフィアは邸宅を通過するふりをしながら、数分ほど正門の様子を眺めていたけれども、出入りをする者は居なかった。
それはそうだ、ここは辺境伯領主一族の家なのだから、彼らが領主官邸で働いている以上、邸宅を訪ねる客人もあったものではないだろう。
人の出入りがあるとしたら、裏口か。
そう思ったソフィアは、建物の裏手に回ってみる。
裏門は、正門よりは比較的小さかったけれども、サルヴェニア邸と比較すると比べ物にならないくらい大きい。
ただし、格子門の一部に、使用人達が出入りするための小さな出入口が設けられており、そこを使ってメイドや商人達が邸宅の中に入っていく様子が見受けられた。
しかし、ソフィアがそこから屋敷に入り、サーシャに会うことができる未来が想像しがたい。
そこで、ソフィアは諦めて、領主邸から馬車で十分ほど離れたところにある領主官邸に向かうことにする。
そしてその選択肢は正解だったのだと、ソフィアはほくそえんだ。
ガードナー辺境伯領の領主官邸は、その領主邸と同じくらいか、それよりも大きな規模の建物であった。
そして、領主邸と違い、多くの人々が行きかっているのだ。
領主官邸はそもそも、事務手続を行ったり、有力商人や各領地からの使者がやってくる場所だ。
見かけない顔の者であっても、用事さえあれば立ち入りを許されているのである。
ソフィアは自分の身だしなみをその場で再確認し、今までの記憶をたどって、可能な限り貴族らしく優雅な足取りで正門を通過する。
そして総合受付の窓口にやってきて、そこにいる受付の女性に話しかけた。
「……あの、すみません」
「こんにちは、ようこそガードナー辺境伯領主官邸へ。どういたしましたか?」
笑顔で対応してくれるその人に、逡巡するも、ソフィアはカバンの持ち手を握りしめながら顔を上げる。
「サーシャ=サル……ガードナー、次期辺境伯夫人は、いらっしゃいますでしょうか」
「えっ? 次期辺境伯夫人……で、ございますか?」
いぶかる受付の女性に、ソフィアはめげずに頷く。
「私、ガードナー次期辺境伯夫人の、従妹なんです」
受付の女性だけでなく、奥に居る他の職員たちもこちらを見てざわつく。
こんなところまで、いや、サーシャがいるここだからこそ、サルヴェニア一族に関する噂が広まっているのだろう。
それでも、ソフィアは後には引けないのだ。
毅然と顔を上げて、背筋を伸ばす。
「ソフィア=サルヴェニアと申します。サーシャ姉さんに会いに来ました。面会を申請させてください」




