9 何もない手に残ったもの(終)
ノーマンは、家に帰った。
そして、何日か家に引きこもっていた。
何故あのとき、ノーマンは皆のように、侯爵の手を取ることができなかったのか。
気持ちがぐちゃぐちゃで、ノーマンは自分でも自分の気持ちが理解できなかった。
けれども、今に至るまで、ノーマンは侯爵の傘下に下ることができないでいる。
この胸の内のモヤモヤとした気持ちを消すことができず、ノーマンは机に八つ当たりをし、木の机はめっきりと中央から二つに折れてしまった。
(腹が、空いた……)
ノーマンはのそのそと寝台から起き上がると、残飯を漁るために下町へと向かう。
ノーマンには、もう仕事がないのだ。手元に残った金は少なく、それも家を維持するために残しておかねばならない。
鉱員上がりのノーマンを雇うような職場は、この街にはない。
結局、ノーマンは、残飯漁りに戻ってしまったのだ。
鉱員達は、老いて体力を失うと、仕事を失い、残飯漁りに堕ちる。
力仕事は当然できないし、大量の石からルビーを見つける細かい仕事であっても、老いて目の悪くなった元鉱員達より、残飯漁りをしている子ども達の方が目端が利いて見落としがない。
そして、そうした他の者より効率の劣る者を雇う余裕は、鉱山周りにはないのだ。
だから、ノーマンは残飯漁りの覚悟は決めていた。
予定よりも早く、残飯漁りに戻った。ただ、それだけのことだ。
気力のない歩みで、残飯漁りに向かい、意外と多い収穫を手にし、家に戻る。
街の掲示板の近くでは、貧困層向けの給付金や、一時保護所の案内がされているけれども、当然ながら、領主の手を借りる気にはならなかった。
残飯漁りをしていると、ノーマンの他にも何人か、元同僚を見かけることがあった。
「よぉ、ノーマン」
「ケヴィン、お前もか?」
「そうさ。……分かんねぇんだけどさ。俺は、今の鉱山に戻るのは、なんか駄目だったんだ」
そう言って、ケヴィンは残飯漁りのため去っていった。
ノーマンは、同僚達と会っても、長く話をしなかった。
胸にくすぶる気持ちを言語化することができないと思ったし、なんだか、誰かと長く話をしたい気分ではなかったのだ。
更に数日、残飯漁りを繰り返し、ふと、ノーマンは気が付いた。
他の残飯漁りが少ない。
子ども達は、もしかしたらあの領主が回収したのかもしれない。
あの領主なら、孤児院でも何でも、大量に作る資金を持っていそうだ。
ノーマンのように、孤児ではなく、育児放棄気味な両親がいる場合、手を出しづらそうにしていたが、その辺りもきっと、頭の悪いノーマンには分からないような方法で解決したのだろう。
しかし、鉱員上がりの老人達はどこに行ったのだろうか。
人が少ないお陰で、ノーマンは多くの残飯を手にすることができたけれども、しかし腑に落ちない。
そんなある日、ノーマンの前に、昔の先輩が現れた。
「ホレスさん!」
「ノーマン、生きていたか」
ホレスは元鉱員で、ノーマンを手づから育ててくれた先輩の一人だった。
懐かしい顔に、ノーマンは久しぶりに頬が緩むのを感じる。
「ホレスさん、今どうしてるんですか?」
「……」
「ホレスさん?」
「実は、俺達ぁ今、雇われて、仕事をしてるんだ。もう一ヶ月以上も前から」
「し、仕事ですか? どんな……誰が雇ってくれたんです」
荒くれ者の元鉱員を雇ってくれる職場。力が落ちたホレス達でもできる業務。
その職場であれば、ノーマンのことも雇ってくれるかもしれない。
そう思って、半ば笑顔で尋ねたノーマンを、ホレスの言葉はどん底に突き落とした。
「侯爵閣下だ」
侯爵。
また、あの侯爵だ。
こんなところまで手を伸ばしている。
絶望で一杯になったノーマンは、ひねり出すように言葉を発する。
「侯爵……あいつの下で、何をしてるんです……」
「……鉱員として、働いてる」
「鉱員!? ど、どうやって」
「道案内と、掘削だよ」
ガン、と頭を殴られたような衝撃が走った。
『この情報はな、俺達の宝なんだ』
あの時の、先人達の言葉が思い浮かぶ。
鉱山の七割を奪い、急なことにも関わらず、すぐにある程度の採掘を始めることができた、その理由。
「――裏切り者!!」
「そうだ。俺達が全部、話した」
「何をしたのか分かってんのか! お前達が、俺達の鉱山を売り渡したんだ! お前が――」
「別に、なくても構わないと言われたんだ!」
顔を真っ赤にして食って掛かるノーマンに、ホレスは叫ぶ。
あまりにも感情的なその叫びに、ノーマンは息を呑んだ。
「あいつは――あの領主は、残飯漁りをしていた俺ら元鉱員達を集めた。それで言ったんだ」
『私には、鉱山を乗っ取る用意がある。採掘の知識を持った鉱員達。侯爵家としての資産を投じた、最新鋭の掘削機や、魔道具。君達の助力がなくとも、まあ最終的には困らない』
あの時の言葉を思い出し、ホレスはぶるぶると拳を震わせる。
そのあまりに大きな怒りに、ノーマンは多少、冷静さを取り戻した。
「鉱員としての誇りを持った俺達を集めておいて、あいつ、言うに事欠いて、要らないと言いやがった。俺達の知識は、決定的な何かをもたらすものじゃねえと」
「……なら、なんで」
「だけど、それでも俺達に、仕事をやるって言うんだ。それも、鉱員の」
ホレスの顔が、くしゃりと歪む。
『だが、最終的に困らないとはいえ、あると便利なことは確かだ。そして何より、得られるものがあるのであれば得ておきたいと、私はそう考えている』
ダークブロンドの男は、口を弓なりに曲げ、目を細めた。
さながら、悪魔のように。
『君達に、仕事を与えよう。鉱山の知識を利用し、私の用意した新たな鉱員達に道案内をする仕事だ。他にも、掘削機や魔道具の使い方を教えよう。――そうすれば、あと十年は鉱員を続けられるだろうね』
「あいつは、俺達をまた鉱員にしてくれるって言ったんだ。仕事を、誇りを与えるって、そう……残飯漁りしかできない俺達はそれを、断れなかった」
「……」
「それでも、俺達はお前達を見捨てるのは嫌だった。だから、今の鉱員達をどうするつもりなのか、聞いたさ。そしたらあの領主――」
『全員私のものだよ?』
あの領主は、目を丸くした後、当たり前のことのようにそう告げたらしい。
『彼らは私の領地に住む領民だ。だから、全員私の傘下に入れてみせるさ。まあ、そのためには君達の協力があった方がいいのは確かだね』
『そ、そんなことが、できるって言うのか……』
『もちろんだとも。そのための力と人脈、資金は持っている』
『なんでそんな、面倒なことをする』
ホレスは不思議だった。
この冷たい笑みを顔に貼り付けた男は、領主にとってやっかいな相手であろう鉱員達を取り込もうとしている。冷徹そうな顔をしているくせに、そのやり方は余りにも手温い。
もっと別の、労力の要らない手段があるはずなのだ。鉱員としての人材に伝手があるなら、兵力を持っているなら、今いる奴らを全員、鉱山から追い出して、鉱員を入れ替えてしまえばいい。そうした非情で効率の良い対応をすることができるはずなのに、何故この新領主は、金をかけ、ホレス達の説得と言う労力をかけながら、全員を取り込もうとするのか。
ホレスの疑問に、目前の侯爵は目を瞬いた後、ニヤリと笑った。
『私は、成果の多い手段を好むのだよ』
その笑顔で、ホレス達は決断したのだ。
この領主の下につくと決めた。
「俺達を取り入れることを、あいつは成果だと言った。俺は、その言葉を信じた」
ホレスは、ノーマンの両肩に手を置いた。
「なあ、ノーマン。お前も来いよ。ほとんどの奴が、また鉱山で働いているんだ。意地を張るのもそろそろやめにしよう」
ノーマンは、しばらく俯いていた。
気持ちがぐちゃぐちゃで、泣きたいような、逃げ出したいような気持ちが迫り上がってきて、何が正しいのか、ノーマンには全然分からない。
「……考えさせてくれ」
「ノーマン!」
「あんたは、鉱山に戻ると良い。もう俺のところには来るな」
そう言って、ノーマンは逃げるように家に戻った。
家に戻ると、家の戸の前には、ドミニク鉱山長がいた。
ドミニク鉱山長は、ノーマンが会議場を後にしたあの日から毎日、ノーマンを説得するために現れていた。
けれども、ノーマンが話をするのを拒否した。扉の前まで来た彼を、毎日追い返していた。
話をするための、心の整理がついていなかったのだ。
「ノーマン。ほら、今日も飯を持ってきたぞ」
「……」
「ここに置いていく。気が向いたら食え」
「……ドミニク。話があるなら、入れ」
ドミニク鉱山長は、目を見開く。
ノーマンも、自分の口から出た言葉に驚いていた。
そして、後悔した。
ドミニク鉱山長が、泣きそうな顔をしていたからだ。
……もっと早く話をしていれば良かったと、ノーマンは乾いた笑いを浮かべた。
机もなくなり、殺風景な一間の中、ドミニクはたった一つだけある椅子に、ノーマンは寝台に腰掛ける。
椅子に座るなり、ドミニク鉱山長は話を切り出した。
「ノーマン。お前も鉱山に来い」
「……」
「これ以上意地を張ってどうする。お前が必要だ。お前の居場所は、鉱山だろう」
ノーマンが俯いていると、ドミニク鉱山長が静かに切り出した。
「実はな。俺はこうなることを、前から知ってた」
ギョッと目を剥くノーマンに、ドミニク鉱山長は静かな目を向ける。
「侯爵閣下は、事を起こす前に、俺のところに来たんだ」
「……前」
ノーマンは、思い出していた。
確かに、あの侯爵は、ドミニク鉱山長のところに挨拶にきていた。ノーマンはそれを、遠目に見た。
どうやらあれは、挨拶だけではなく、根回しのためのものだったらしい。
「あんたも、裏切っていたのか」
「犯罪者として全員追い出してもいいと言われた」
目を見開くノーマンの視線を、ドミニク鉱山長は真っすぐに受け止める。
『君達のことを、逮捕して、追い出すこともできる。少しつつけば、みなどうせ暴れるのだろう?』
冷たい笑顔を向けてくるダグラスに、ドミニク鉱山長は悟った。
これは勝てない。
この男に逆らえば、本当に全員が、この鉱山にいられなくなる。
そう思ったから、彼はすぐさま尋ねた。
『何をすればいい』
『ふむ。話の早い男は嫌いじゃない。何が条件だね』
『全員だ』
「俺は、全員に手を差し伸べることを条件に出した。俺以外の全員を切り捨てず、拾い上げるなら、指示に従うと」
「……ドミニク」
「そうしたら、あの侯爵閣下はそれを一蹴したんだ」
目を見開くノーマンに、ドミニク鉱山長は自嘲する。
『何を言ってるのかね。君を除いてどうする』
あの時、目の前にいた侯爵は、何だか愉快なものを見たかのような顔をしていた。
『掬い上げるなら全員だ。君を含めてね。というか、君が残らないなら、全員を拾うことはできないだろう。その程度には、君達のことを把握しているよ』
『そうか』
『いや、しかし、君の反応は思った以上の収穫だった。いいだろう。君の望むとおり、私は全員に機会を与えよう。だから、私の手を取りたまえ』
そう言って朗らかに笑う侯爵に、ドミニクは折れた。
ドミニクの出した条件を、簡単なことのように言うその男の手をとったのだ。
「俺は今、鉱山で小間使いをしてるんだ。鉱山長のままでいていいと言われたが、断った。だから、実はもう鉱山長じゃねぇ」
「な、なんで」
「全員が、戻ってないからだ」
狼狽えるノーマンを、ドミニクは真っ直ぐに見据える。
「侯爵閣下が約束したのは、全員にチャンスを与えるところまでだ。そこから先は、俺の仕事だ」
「仕事?」
「お前達の鉱山長としてのな」
ドミニクは居住まいを正し、そして、告げた。
「俺を鉱山長にしてくれたのは、鉱山の仲間全員だ。その仕事はお前達全員の生きる場所を守ること、それが俺の人生を賭けてやるべきことで、まだ実現できてねぇ」
そう言うと、ドミニクは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「頼む、ノーマン。帰ってきてくれ。俺のために、俺達のために帰ってきてくれ。――お前が必要なんだ」
それを聞いて、ノーマンは一筋、涙をこぼした。
ノーマン達が尊敬するドミニクが、頭を下げている。
頭を下げることしか、できないのだ。
それを見て、ずっと分からなかったものが、ようやく分かった。
「俺達は、負けたんだな」
「……ノーマン」
「俺ぁ、それが悔しかったんだ。俺達の場所は、取られちまった。どんなにお膳立てされても、もうあそこは、俺達の鉱山じゃねぇ。自分達で好きに動かしていた、俺達の……」
「ノーマン」
涙を落とすノーマンの肩に、ドミニクが手を当てる。
「そうだ、俺達は負けた。今までのように、自分達のやり方を押し通すことはもうできねぇ。全ては俺の力不足によるものだ。本当にすまねぇ」
「違う。ドミニクのせいじゃねえ。俺のせいだ。俺達が、あの場所を守りきれなかった。……誇りを、繋ぐことができなかったんだ」
何も持たなかったノーマンが唯一、手に入れたもの。
先人達から引き継いだそれは、彼にとって何よりも大切なものだったのだ。
そしてそれは、もう取り戻すことができない。
「まだ繋がってる」
のろのろと顔を上げるノーマンに、ドミニクは力強く続けた。
「ノーマン。俺達が誇りを繋いできたのは、何のためだ。何故、あれほどまでにあの場所を守りたいと願った」
「何故……」
「仲間がいるからだろうが!」
肩を掴む強い力を感じながら、ノーマンはドミニクを見る。
「俺達は仲間だ。仲間達の築き上げてきたものを守ってきたのは、何よりもその絆を大切にしたいからだ。忘れたくないからだ。それは例え、あの領主の飼い犬になったとしても、奪われたりしない!」
ノーマンは、笑った。
視界が歪んで、仕方がない。
「そんなのは、詭弁だ」
「そうだ。俺なんかが考えつくのは、そんなもんだ」
「ドミニクがそうなら、他の奴らはもっと酷いだろ」
「だからあの悪魔にしてやられたんだろうな」
「お前も悪魔だと思っていたのかよ」
「そうだよ、当たり前だろ! アレさえ来なけりゃ、俺達は今までどおりだったんだぞ! 何なんだよあのヒョロガリは!!」
本気でムシャクシャしている様子のドミニクに、ノーマンは笑った。
久しぶりに、大声を上げて、涙が出るほど笑った。
その日、ノーマンはドミニクと二人、久しぶりに酒を煽った。
こんなに美味い酒は、いつぶりのことだろう。
二人で散々、あの侯爵の悪口を言い募り、不満を語り、そしてべろべろに酔い潰れ、眠り込んだ。
酒でフワフワとした意識の中、ノーマンは領主の言葉を思い出していた。
『私の手を取るならば、私は全力で君達のことを領民として守ろう』
きっと明日、ノーマンは鉱山へ行く。
そして、領主直轄鉱山の鉱員として、働くのだろう。
領主達に頭を下げ、仲間達と仕事をし、先輩に教えを乞い、後輩に技術を伝える。こうしてたまに酒を飲んで、領主の愚痴を言いながら、次の日は仕事に戻る。
飼い犬になるのは今でも不満だけれども、それも悪くないのかもしれない。
何しろ、ノーマン達を陥れたあの悪魔が、今度は味方として、ノーマン達を守ってくれるというのだ。
学がなく、搾取されがちな存在であるノーマン達は、もう、自分で自分を守る必要は、きっとないのだから。
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「……恐ろしい」
統治部長のレイフは、心底震えていた。
新領主ダグラス=ダナフォール侯爵は、あっという間に鉱山周りを手中に収めてしまった。
それだけではない。
孤児院を増設し、鉱山で働く子ども達を学校に入れ、老人達に仕事を与え、最新鋭の機器を導入し、採掘量を三ヶ月足らずで二割増やしてしまったのだ。
ついでに、鉱員を増員したことによる余剰の時間を、鉱員達の教育時間とし、鉱員達の素行が格段に良くなった。領主直轄地として福利厚生を充実させ、鉱員達の心を掴んだ。
気がついたら、あの鉱員達が、新領主に対して、尊敬の念を向けるようになっていたのである。
(…………まだ、新領主が就任してから三ヶ月しか、経っていないのに……)
しかも、こうした鉱山周りへの侯爵の対応を見て、他の苦情も減り始めたのだ、
どうやら、苦情の主達は、下手に侯爵に楯突くと、自分達も教育されるのではないかと警戒しているらしい。
侯爵はあの呟きどおり、見事に、鉱山周りを見せしめにしたのだ。
そして、今日も今日とて、「問題が解決していくからつまらん」と呟いている。
(もう一体、何なのだ、あの方は)
もはや笑うしかない状況下、レイフは今、そんなダグラス=ダナフォール侯爵の元へ、稟議書を抱えながら歩みを進めていた。
きっとレイフが頭を悩ませながらハンコを押したこの稟議書の内容も、ダナフォール侯爵であれば、あっという間に理解してしまうのだろう。何なら、稟議書内で提案した解決案より、いい方法を指示されてしまうかもしれない……。
レイフは背筋に力を入れ、部下を引き連れながら、ダナフォール侯爵の執務室へと入室する。
そして、稟議書についての話をしようとしたところ、「そういえば」ダナフォール侯爵が切り出した。
「そういえば、レイフ統治部長」
「はい」
「鉱山周りの件、感想を聞きたい。どうだったかね?」
ニコニコと微笑むダナフォール侯爵に、レイフは目を丸くし、そして笑う。
実はダナフォール侯爵は、鉱山周りに手をつけるにあたり、事前にサーシャ夫人と、レイフ達各部の部長を集めた。
そして、どの方法を取りたいか、問いかけたのだ。
「私には力がある。彼らを殲滅することも、追い出すことも、飼い犬にすることもできる。さて、ここで問題となるのは、他の領民達の気持ちだ」
「領民達?」
「そうとも。彼らに搾取されてきた者。威圧され、逆らえなかった者。怒鳴れば意見が通る、その理屈に振り回されてきた領民達の気持ち。これに対する、落とし前をつけさせねばならない」
そう言いながら、ダナフォール侯爵は、顔に笑顔を貼り付けたまま、レイフ達を見た。
レイフは悟った。
この侯爵は、復讐をする機会だと、レイフ達を唆しているのだ。
レイフの脳裏に、走馬灯のように、今までの出来事が蘇った。理不尽に怒鳴られ、罵倒されたこと、新事業を立ち上げる度に事前説明に力を費やし、文句を言われ、苦しんだ日々……。
「私は……」
口を開いたのは、サーシャ夫人だった。
手が震えているけれども、目は真っ直ぐに、ダナフォール侯爵を見ている。
「私は、思い知ってほしい。彼らに、ちゃんと理解して、反省してほしいのです」
「ほう?」
「厳しい罰を与えるのではなく、理解を。追い出すのではなく、落とし前をつけた後は、教育を」
「それは、彼らを許すということか?」
「違います。彼らは、私たちと同じ、人間です。この地の領民です。悪いことをしたら、罰せられる。怒鳴り散らしたら、叱られる。特別に『許される』ことはないのだと、彼らに思い知って欲しい。それができれば、私はきっと、私の気持ちにけりがつけられると思うのです」
そこまで言い切ると、サーシャ夫人は、チラリと上目遣いでダナフォール侯爵を見た。
「……もちろん、それができれば、で、構わないのですけれど」
あ、と周りの誰もが思った。
これはやばい。
ダナフォール侯爵の目が笑ってない。
顔は笑顔なのに、底冷えするほど恐ろしい。
サーシャ夫人も、しまったとばかりに冷や汗をかいている。
これは本当にやばい。
「ガードナー次期辺境伯夫人は、人をやる気にさせるのが上手でいらっしゃる」
こうして、ダナフォール侯爵は、鉱員達の心をメタメタに折りながら飼い殺しにする作戦を実行したのである。
その結果、彼らはその誇りをボキボキに折られ、ダナフォール侯爵に屈服させられたのだ。
そして、自分達のやってきたことの意味を知るため、教育を施されている。
レイフは、正直……。
「……正直、胸がすきました」
ニヤリと笑うレイフに、ダナフォール侯爵は朗らかに笑う。
その笑顔を見て、レイフも、自然と笑みが溢れた。
この侯爵が笑っている限り、きっと大丈夫。
そう思わせてくれる稀有な領主に、レイフは心の底から、感謝したのである。
〜終わり〜
番外編完結です。
ご愛読ありがとうございました!
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