7 変貌した鉱山周り
鉱山周りに、兵士達が闊歩している。
周りを取り囲むのはもちろん、中もどうやらかなりの人数の兵士が闊歩しているようだ。
驚きながらも、鉱山の採掘拠点に向かおうとしたノーマン達を、しかし兵士らは押しとどめた。
「何しやがる!」
「俺らの職場だ! 邪魔するんじゃねぇ!」
「あなた方には入る権利はありません」
「何だと!?」
ノーマン達は、兵士に食って掛かった。怒号を上げ、押しのけようとする。
しかし、彼らはノーマン達が見たこともないような魔道具を使って、それぞれの前に見えない壁のようなものを張ってくるのだ。ノーマン達は、兵士達の胸倉を掴むことすらできない。
ノーマンは舌打ちした。今までサルヴェニア子爵領にいた兵士達は、そんな訳の分からないものを使っている様子はなかった。この兵士達は間違いなく、あの胸糞悪い侯爵の手の者である。
騒ぐことしかできないノーマン達だったけれども、ドミニク鉱山長が腕を上げ、制止した。
「この場の代表者は誰だ。出てこい」
ドミニク鉱山長がそう言うと、部隊長だと名乗る黒髪の背の高い男が現れた。
「俺ぁ鉱山長のドミニクだ。この先には、俺らの職場がある。俺らの仲間もいる。これは一体、どういうことか聞かせてみろ。あいつらに何かしていたら、ただじゃおかねぇぞ」
ドミニク鉱山長はドスの利いた低い声でそう告げた。
その覇気に、周囲の兵士達は、幾分か怯んでいるようだ。
ノーマンは、ニヤリと笑った。
魔道具の壁があっても、ドミニク鉱山長のことは、皆怖いのだ。彼の力が認められているのだと思うと、自然と頬が緩む。
しかし、そこに平然とした声が降ってきた。
部隊長と名乗った、先ほどの男のものだ。
「我々は、ダグラス=ダナフォール侯爵閣下の命で、この場にいる。まず、我々の誰かに危害を加えるならば、それは侯爵家に盾突くことを意味すると理解されたい」
「何だとぉ!? あのクソ領主!」
「ここは俺達の場所だ! なんで邪魔する!」
「――待て! 皆、騒ぐな」
部隊長の発言にカッとなったノーマン達だったけれども、ドミニク鉱山長はそれをすかさず抑えた。
「鉱山長殿、でしたか。助かります」
「礼を言われるようなことはしてねぇ。それより、続けろ」
「はい。我々はこの鉱山に、ダナフォール侯爵閣下によって入鉱を許可された鉱員しか立ち入りを許さないよう命を受けています。そしてあなた方は、そうした入鉱許可を持つ方々ではない。ですから、ここをお通しすることはできません」
その話を聞いたノーマン達は、いきり立った。
何が入鉱許可だと、叫んだ。そんなことをする権利はない、ただじゃおかないと怒鳴り散らした。
けれども、その部隊長は怯まなかった。
ノーマン達に対して、ただ冷たい視線を送っている。
「通行止め。あんたたちがしているのは、本当にそれだけか」
「そのとおりです」
「じゃあ、中の奴らをここまで呼んでくる分には、問題ないんだな」
ハッとしたノーマン達に構わず、ドミニク鉱山長は続ける。
「中の奴らと話をしたい。俺らを通さないって言うなら、レテロって奴を呼んでこい」
部隊長は目を細めると、「いいでしょう」と言い、部下に指示を出してレテロの呼び出しを手配した。
ノーマン達は、鉱山長に尊敬の目を向けながら、はやる気持ちでレテロを待つ。
そうして二十分も経った頃だろうか、レテロがノーマン達の前に現れた。
「ドミニク鉱山長! 皆も!」
目に涙を浮かべながら駆け寄ってきたレテロを、ノーマン達は笑顔で迎える。
少なくとも、レテロは見た目は五体満足で元気そうだ。まずはそのことに、全員がホッと息をつく。
「それで、レテロ。これはどういうことだ」
「鉱山長。実は、鉱山長達が出て行ったあの日、こいつら兵士達がやってきたんだ」
レテロ達が急に現れた大量の兵士に驚いていると、そこに、兵士達だけでなく、領主を名乗るダークブロンドの男――ダナフォール侯爵が現れたらしい。
そして、彼はこう言ったのだという。
『先程領主官邸にやってきた君達の同僚は全員、脅迫の罪で我々が逮捕した。さて、君達は鉱山の採掘が進まず、困ることだろう。だから、我々がその手伝いをしようじゃないか』
「それから、この鉱山はこんな状態なんだ。兵士達がずっとうろついてる。採掘場も仕切られていて、俺達が入れない場所の採掘は、奴らがやってるんだ」
「何だと!?」
「勝手に鉱山を掘るなんて、奴ら覚悟はあるんだろうな!」
「レテロ。今お前達が採掘可能な採掘場は何割だ」
ドミニクが低い声で問いかけると、レテロは青い顔をして、躊躇うようにしながら、告げた。
「……三割」
ノーマン達は絶句した。
その程度では、ノーマン達全員の食い扶持を稼ぐことはできない。
一ヶ月前に鉱山に残った鉱員達ですら、賄うことができるかどうか。
「鉱山長。俺達は、領主の傘下に入れって言われているんだ。そうしたら、今後食い扶持に困ることはないって」
「レテロ」
「俺達はどうしたらいいんだ。俺じゃぁ分からねえ。頼むよ鉱山長、帰ってきてくれよ……」
途方に暮れた様子のレテロに、ノーマン達は何も言えなかった。
ドミニク鉱山長も、何も言わなかった。
それからノーマン達は、街に降り、ルビーを卸している市場や店へと向かった。
何故かは分からないが、街でも兵士達がこれ見よがしにうろついている。兵士の目がない場所がなく、ノーマン達は監視されているようで、気に食わなかった。
しかし、それよりもまずは状況を把握することが先決だ。
「何故助けに来なかったんだ!」
「俺達がいないとルビーは卸せないはずだろうが! それでもサルヴェニアのルビー工匠か!」
「ひっ……そ、それは、その……っ」
「――何をしている!」
ノーマン達が店でルビー工匠達を問い詰めていると、兵士が飛んできた。
卸売り市場で、市場の職員を問い詰めているときもそうだ。
そうして兵士達に群がられ、いきり立つノーマン達を、ドミニク鉱山長が制止し、話を聞き出し、立ち去る。
それを繰り返し、ようやく状況が分かってきた。
どうやら、ルビーは鉱山から毎日卸されているらしい。
従来の量からは減っているものの、八割程度の量は卸されているので、街のルビー工匠やルビー商人達としては、暴動を起こすほど困っていないのだそうだ。
そして何より、街に兵士が溢れている。
「み、見たこともないような武器を持った兵士達が、ずっとうろついているんだ」
「……」
「皆怖がって、暴動なんか起こせねぇよ。なんだか、前の領主のときとは違うんだ。勘弁してくれ……」
そう言うルビー工匠達やルビー商人達に、ノーマン達は二の句を継げなかった。
(前の領主のときとは、違う……)
そう思って、ノーマンは頭を振って、その考えを止めた。
違う、そうじゃあない。
ノーマン達は、誇り高い鉱員だ。相手が誰であろうと、それが変わるはずがない。新領主相手であっても、それが曲がることはない。
「まずは解散しよう」
「鉱山長」
「皆疲れているだろう。家に帰ってゆっくり休め。二日後、領主官邸の会議場に行って、話を聞こうじゃねえか」
そう言われて、ノーマン達は疲れているどころか、自分達が昼飯も食べていないことに気が付いた。
そして、認識してしまうと体が反応し、ぐう、とおなかの音がした。それはノーマンだけではなく、周りも同じだったようで、おなかの音が一斉に鳴り始めて、皆乾いた笑いを浮かべる。
これだけ腹がすいているのだ、いつもなら、皆で飲みに行くところだ。
だが、なんとなく今日はそんな気になれない。
その日は、ドミニク鉱山長の勧めに従い、皆自宅へと帰ることにした。




