6 いつもと違うのは
逮捕されたノーマン達は、怒りに震えていた。
「あの領主! 絶対に許さねぇ!」
「俺達を投獄するなんて、良い覚悟じゃねぇか」
叫び散らす鉱員達に、先に収監されていた者達も驚きと怯えの目を向けている。
筋肉隆々の鉱員達が集団で悪態をついている様子は、さながら災害のようであった。
「俺達を逮捕したら、この街は終わりだぞ」
「ルビーが街を回してるっていうのにな」
「前に逮捕されたときのこと、聞いてないんじゃないか、あの領主は」
「あー……なるほどな。あれはやっぱり、見た目だけだったんだ」
「見た目だけ?」
鉱員の一人の言葉に、ノーマンが首を傾げると、その若い鉱員が、照れ隠しのように頭をかきながら言った。
「俺ぁよ、一瞬、あの領主の見た目に呑まれちまった。すごいやつなんじゃないかってな。でも、結果はこれよ。分かってないだけの、只の抜けてる奴だったって落ちさ!」
ドッとその場に笑いが起こる。
ノーマンも笑った。
あの領主に呑まれていたのは、ノーマンも同じだったからだ。だというのに、実際のところは、理解が足りないだけのハリボテ野郎だったというのだから、本当に笑い話である。
しかし、その笑いに、一人だけ参加しない者がいる。
鉱山長のドミニクだ。
「どうした、ドミニク」
「……ノーマンか」
「気落ちしてるじゃねぇか。なんだ、こんな所に入ったって落ち込んでんのか?」
「……そうだな。皆をこんな所に入れることになっちまった。俺が不甲斐ないからだ」
「何言ってんだ! そんな訳ねぇだろ!」
肩を落とすドミニク鉱山長に、ノーマンも周囲も驚く。
ノーマン達は、鉱員としての誇りを守るため、やるべきことをやったのだ。ドミニク鉱山長は、その先頭に立った。おかしいのは領主の方であって、ドミニク鉱山長が謝るようなことはないのだ。
何故か沈んだ顔のままのドミニク鉱山長に、周りの鉱員達は励ましの言葉をかける。
そうして、その日は牢獄の中、鉱員達の笑い声が絶え間なく響いていた。
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しかし、四日も経つと、鉱員達は様子がおかしいことに気がつき始めた。
一向に、外が騒がしくならないのだ。
牢獄にいるのは、血気盛んで、鉱山の採掘を主導している働き盛りの鉱員達だ。彼らがいなければ、ルビーの採掘事業は半分以下しか稼働できない。
そして、このサルヴェニア領の――ダグラス侯爵領の経済の主軸は、ルビーだ。ルビーの販売、加工ができなければ、生きていけない領民が沢山いる。
だから、残った鉱員達や、ルビーの供給が滞ったことによって割を食った領民達が、そろそろ領主邸やこの牢獄に殴り込みに来てもいい頃だ。
だというのに、この牢獄は静謐そのものだった。
始めは騒がしく話をしていた鉱員達も、次第に不安に駆られ、いらだち、喧嘩を始めるようになる。
それをドミニク鉱山長が宥めるけれども、気性の荒い鉱員達は止まらず、殴り合いの喧嘩に発展したこともあった。そうしたときは、当事者達は牢獄の部屋を一時的に個室に分けられた。
二週間後、牢獄に笑い声はなかった。
鉱員達は、意気消沈している。牢獄の少ない食事、体を動かす機会の少なさにより、力仕事で鍛えた筋肉はしぼんでいき、気持ちだけではなく体も小さくなっていく。
『今回は、しばらく静かにしてた方がいい。心しておいてくれ』
ドミニク鉱山長の言っていた言葉が、皆の頭をよぎったけれども、そのことを口にする者はいなかった。
それを言葉にしたら、何かが崩れるような気がしていたからだ。
そして、一カ月後。
ノーマン達は、最初に迎え入れられたあの会議室に連れてこられていた。
その上座には、一カ月前に会ったあの悪魔がいた。
相変わらず顔に笑顔を貼り付けており、ダークグレーの目の奥には、ギラギラとした野心の炎が燃えている。
「やあ、諸君。久しぶりだね。刑期を終えた気分はどうだ?」
その不敵な発言に、ノーマン達はカッとなり、怒号を発する。
とはいえそれも、一ヶ月前と比べると、かなり控えめなものである。この一ヶ月間の牢獄生活が、彼らの体力と気力を削いだからだ。
しかし、目の前の領主は、ノーマン達の様子を見て肩をすくめた。
「ふむ。一ヶ月牢にいて、まだそれだけの元気があるのかね。流石と言うべきだろうか」
呆れたような顔の領主に、ノーマンは苛立つ。
こいつは一体、何がしたいのだ。
「さて、結論から言おう。私は君達を特別扱いしない。それは、そうするべき合理的理由がないからだ」
「ゴーリテキ? また訳の分からないことを言うな!」
「君達の気持ちを満たすためだけの特別扱いはしない、と言うことだよ」
「気持ちだぁ!? ナメた口を利きやがって!」
「調子に乗るんじゃねえぞ!」
「領主じゃいられなくしてやろうか!」
「ふむ。それ以上続けるなら、また一ヶ月、牢屋行きだ。それでもいいのかね?」
鉱員達が怯んだ隙に、目の前の男は続ける。
「まあ、牢屋行きを覚悟の上で怒鳴り続けるというのも悪くはない。それも一つの選択ではあるからね。しかし、君達は誇り高い鉱員だ。このまま再度牢屋に直行するということは、鉱山周りの様子が分からないまま、ということを意味するが……それは鉱員として、問題ないのだろうかね?」
ハッとした顔をした鉱員達は、動揺して黙り込んだ。
癪ではあるが、このダークブロンドのヒョロヒョロの言うことは一理ある。ここにいるのは、鉱員の主力だ。これ以上、鉱山を放置するのはよくない。
しかし、この領主に言いたいことは、まだ終わっていない。牢にぶち込まれた落とし前もつけていない。
この憤懣やるかたない気持ちを、どうしたらいいのか。
そう思って、鉱員達が見たのは、やはりドミニク鉱山長だった。彼ならばきっと、鉱員達を導いてくれるはず。
「領主ダグラス。いいか」
「ああ、いいとも。鉱山長ドミニク、発言するといい」
「俺達は、まだお前に言いたいことがある。落とし前はついてねぇ。けどな、俺達は鉱員だ。鉱山をこれ以上放置することはしねぇ。仕切り直しをする」
ドミニク鉱山長は、真っ直ぐに領主ダグラスを見据えながら、ドスの利いた声でそう告げた。
その迫力に、壁際にいる官僚達や侍従達は手に汗を握ったし、護衛達も身構えたけれども、ダグラスは動じなかった。
顔にはやはり、いつもどおりの笑顔を貼り付けている。
「いいとも。それでは、二日後の昼の一時に、ここにまた集まるとしようか。来るかどうかは君達に任せよう」
「分かった」
「それでは諸君。また二日後に、ここで会おう」
そう言うと、領主ダグラスは去り、ドミニク達は領主官邸を追い出された。
「ドミニク! 流石だな、おい!」
「仕切り直し、いいと思うぜ!」
ノーマン達は、ドミニク鉱山長の肩を叩いて、彼の功績を讃えた。
自分の考えを表現することが上手くない鉱員達にとって、誇りを傷つけない形で思うことを実現するのは難しいことだ。しかし、ドミニク鉱山長はそれをサラリとやってのける。
笑顔の鉱員達に、ドミニク鉱山長は、まだ青い顔をしていた。
「皆、安心してる場合じゃねぇぞ。この一ヶ月、誰も助けに来なかった。今だって、迎えがない。何かが起こってる、すぐに鉱山に戻るぞ」
その言葉に、鉱員達は喜びから冷め、鉱山を担う者として顔を引き締めた。
(鉱山に何かが起こっている? 俺の、鉱山に……!)
ノーマンは、はやる思いで、ドミニク鉱山長達と共に鉱山へと向かった。
ノーマンには、他に何もないのだ。
先輩達から引き継いだあの場が、仕事が、ノーマンの全てだった。
そこに、何かの異変が生じている。
背中がゾワゾワとして、無性に落ち着かない。
(いや、でも、大丈夫だ。皆がいるんだ。ドミニク鉱山長だって……)
そうして、ノーマン達は鉱山に辿りついた。
けれども、中に入ることはできなかった。
鉱山周りには、大量の兵士達がいて、中へ立ち入ることを防がれてしまったのである。




