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5 鉱員ノーマンと悪魔




「領主が代わっただと?」



 ノーマンが最初にそれを聞いたのは、鉱員達の噂話だった。



 ノーマンは生まれたときから、このサルヴェニアの地で生きてきた。


 暴力を振るう父と、ヒステリックな母の下に生まれ、育児放棄気味な二人に構わず、残飯を漁っていた。母は父に暴力を振るわれた際に打ち所を悪くして亡くなったし、父は常に酔っぱらっていて、ある日の朝とうとう起きてこなかった。そんな散々な出だしだったけれども、それでもノーマンは何とか生き延びてきた。ついでに、周りの子ども達もノーマンとさして状況は変わらなかった。


 そのうちに、同じように残飯漁りをしていた子ども達を数人、見かけなくなる。年長者組で、なんだかんだ優しかった彼らがいなくなり、なんだか心に穴が開いたような気持ちになっていたところで、久しぶりに会った彼らが声をかけてきた。彼らは鉱山周りで、小遣い稼ぎをするようになったというのだ。要するに、ノーマンもどうか、という勧誘である。

 鉱山周りの荷物運びは、いつだって人手不足だ。どうやら、このサルヴェニアの地では、残飯漁りをするような子ども達は、そこそこに体が成長した段階で、荷運びの手伝いをするようになるらしい。働いている子ども達は、一緒に働けそうな子ども達に声をかける。そうやって、ノーマンにも声がかかったのだ。


 初めての『仕事』は、本当に大変だった。栄養が足りていないノーマンの体はガリガリの細身で、思うように荷を運ぶことができない。全力で頑張っても、誘いをかけてくれた年嵩の子ども達のように上手く結果を出すことができない。

 そうして日暮れ前、くたくたに疲れたところで、銅貨を数枚渡された。

 それは、ノーマンが初めて手にした『給料』だった。

 手に載ったわずかなお金を見て、よく分からないけれども、涙が出た。


(これが、仕事……)


 ノーマンは、ここで働き続けることを決めた。


 そうして、小遣い稼ぎをし、下働きを続けながら、体の成長が止まった頃、ノーマンは鉱員見習いとなることができた。

 ノーマンと数名、鉱員見習いとして認められた若者達は、大声を上げて喜んだ。

 そんなノーマン達を見て、普段仏頂面で気性の荒い鉱員達は、穏やかに目を細めていた。


(ここを、守らないといけねぇ)


 見習いを卒業し、正式な鉱員になった頃には、ノーマンはガタイのいい鉱員に成長を遂げていた。

 肉体仕事を続けてきた体は筋肉で覆われ、ルビー鉱山というこの地の主軸を担う誇りが、彼を強くした。


「領主ども、あいつらはいつだって調子に乗ってる」

「そうだそうだ。何が貴族学園だ、お偉い様にルビーが掘れるっていうのか!」

「あんなヒョロヒョロどもに、ナメられる訳にはいかねぇ」

「俺達の力を認めさせ続ける。それが、先輩達からここを引き継いだ、俺らの務めよ」


 仲間たちと飲む酒は、美味しかった。

 そして、鉱員達の言うことは、納得がいくことばかりだった。


 鉱員達には学がない。

 税を多くされ、搾取されがちな存在である。

 だから、鉱山長ドミニクを筆頭に、ナメられることのないよう、いつだって強く対応してきた。

 キューフ金だのシンセー主義だの、あいつらはいつだって訳の分からないことを押し付けてくる。だから、「訳の分からないことをするな!」と怒鳴りつけるのは、当然のことだ。

 一度、領主たちが、訳の分からないホジョキンとやらを作ったとき、事前説明に来なかったことがある。そのときは、鉱山長ドミニクと共に、気性の荒い面子で怒鳴り込みにいったものだ。その時は鉱山長ごと逮捕されたが、ルビー鉱山に残っていた鉱員達が大騒ぎした。それだけではなく、鉱山からルビーの支給が滞り生計が成り立たなくなった加工職人、商人達、皆こぞって領主官邸に乗り込んだので、街を巻き込んでの大騒ぎになったのだ。


 鉱山長ドミニク。

 彼は、この荒くれ者ばかりの鉱山周りを取り仕切る長である。

 彼は、「俺ぁ学がねぇ。お前達より、ほんの少し頭は回るかもしれねぇが、たったそれだけだ」と言いながら、この鉱山からの恵みを、皆が納得いく形で分配し、街にルビーを流通させるための要となっている。

 彼がいなければ、街にルビーは卸されないのだ。

 誰もが彼を恐れ、そして、尊敬している。

 もちろん、他の鉱員のようにかんしゃくを起こすことも多いが、彼が皆を取りなすから、この鉱山周りの結束が続いているのだ。


 そうしてノーマンが平和に過ごしていたある日、領主が代わったという噂が流れて来たのだ。


「サーシャはどうしたんだ? あのチビは」

「いつもちょろちょろここに挨拶に来ていたくせに、ここ半年見かけねぇとは思っていたが」

「ドミニク鉱山長は、サーシャが病気か何かでいなくなったんじゃないかって言ってたけど、当たってたんじゃねえか?」

「次の領主ねぇ」

「引退した奴らが残飯漁りやってるから、領主が代わったときのことでも聞いてくるか」

「あいつらまだ生きてんのか?」

「死んでたらそのときさ」


 ガハハハ、と笑う彼らの声を聞きながら、ノーマンはドミニク鉱山長の下へと足を運ぶ。


 すると、ちょうど鉱山周りの拠点に、貴族用の馬車が複数控え、大量の護衛が道を作っていた。

 どうやらお貴族様が、鉱山長のところへやってきているらしい。

 ノーマンが遠目にそれを見ていたところ、護衛達が作った道の中心では、一人の男が歩みを進めている。


 ひょろひょろの細身、仕立てのいい服を着た、ダークブロンドの髪をした男だった。


(もしかして、新領主は、あれか?)


 おそらく、鉱山長のところに挨拶に来たに違いない。新領主も、ドミニク鉱山長に一目置いているのだ。

 ノーマンは、その誇らしさから、ニヤリと頬を緩めた。



 後でドミニク鉱山長に確認したところ、やはりあの時見た男が新領主だった。


「あの新領主は、ダグラス=ダルフォード侯爵と名乗った」

「侯爵ぅ? なんだそれ」

「子爵の方が偉いんじゃねえか?」

「なんだっていいだろ」

「いや、皆聞いてくれ」


 硬い表情をするドミニク鉱山長に、男達は目を丸くする。

 今までドミニク鉱山長がこんなに真剣な顔をするのは、採掘に関することだけだった。どこを採掘し、どのように掘り進め、誰を配置するか。それは鉱員の命を預かる重要な仕事で、いつだってドミニク鉱山長は手に汗を握り、皆の意見を聞きながら、その主導をしてきた。

 そのときと、同じような表情をしている。


「侯爵っていうのは、こういう位置付けだ」


 ドミニク鉱山長が、採掘の内容を記す黒板の端に、こう書いた。


『だんしゃく < ししゃく < はくしゃく < こうしゃく < こうしゃく < おうぞく』


「おい、ドミニク! こうしゃくが二つあるぞ!」

「さっそく間違えてんじゃねえか」

「いいんだよ、これで。こうしゃくは二つあるんだ」

「はぁ? お偉いさん達はそんな訳の分かんねぇことしてんのか?」

「分かりにくいって、俺達でも分かるぜ!」

「頭がいい格好して、やることはこれかよ!」


 ドッと笑いが起こる中、ドミニク鉱山長は、右から三番目にある『こうしゃく』に丸をつけた。


「今回の新領主は、これだ」


 笑いが収まり、その丸のついた『こうしゃく』を皆が見つめる。


「つまり?」

「国で、三番目に偉いってことだ」

「サーシャはどこだよ」

「左から二つ目。下から二番目ってことだな」

「んん? 下から二番目のサーシャの代わりに、上から三番目が来たってことか?」

「そうだ。……今回は、しばらく静かにしてた方がいい。心しておいてくれ」


 深刻な顔をしているドミニク鉱山長に、ノーマン達は首をかしげながら、その場を解散した。


「ドミニクの野郎、逃げ腰だったな」

「びびっちまってんのか? 心配するこたぁねえのにな。何せ俺達は、この街を支えるルビーを押さえてんだ」

「そうだそうだ! 俺達を無下に扱うような奴らは、領主じゃいられねぇ。もし、そんなことをするなら、分からせてやらなきゃならねぇ」


 ノーマンも、そのとおりだと思った。

 鉱員としての誇りを傷つけ、この鉱山周りを害するなら、領主であっても容赦するつもりはない。



 そんな風に考えていた矢先に、事件が起こった。



「事前説明に来なかっただと!?」


 新領主は、テイショトクシャ向けの新しいキューフキンを作ったらしい。それが、街の掲示板に張り出されていた。ノーマンには、その掲示板の文字は読めなかったが、掲示板の近くで官僚が読み上げを行っているので、それを聞いたところ、どうやら最近作った制度で、シンセイした者にだけ金を与えるらしい。

 そして、その新しい制度を、ドミニク鉱山長が知らない。鉱員達も、説明を受けていない。

 これは、どういうことなのか。


「あの新領主、ナメやがって」

「最初が肝心だ、殴り込みに行くぞ!」

「俺達を雑に扱うとどうなるか、思い知らせてやる!」

「――待ってくれ」


 大声で制止したのは、他ならぬドミニク鉱山長だった。

 青い顔をして、皆の顔を見ている。


「前にも言ったはずだ。相手は侯爵だ。きっと今までのようにはいかない」


 ノーマンは、カッとなった。

 何故、ここで止めるのだ。

 今まで、ドミニク鉱山長は、こういう時こそ主導してくれていた。ノーマン達を導いてくれていた。

 だというのに、何故!


「ドミニク、寝返る気か!」

「そうじゃない」

「俺達の誇りにかけて、攻め入る時だ。ここで黙っているようじゃ、ナメられる一方だぞ!」

「機を見逃すとは、それでも鉱山長か!」


 怒号が鳴り響く集まりの場で、ドミニク鉱山長は悲しそうな顔をした後、「分かった」と頷いた。


「分かった。俺が主導する」

「鉱山長」

「来たい者は、俺についてこい。補佐のレテロは、この場に残れ。鉱山の採掘を完全に止める訳にはいかねぇ。残ったやつらは、責任をもって仕事を遂げろ」


 歓声が上がり、男達は手に武器となりそうな採掘道具を持ち、ドミニク鉱山長の下に集まる。

 ノーマンはもちろん、怒鳴り込みに参加することにした。


 残ったのは、ちょうど鉱員の半数程度であろうか。


 ドミニク鉱山長に付き従い、街に降り、領主官邸へとたどり着く。

 そうして、ダグラス=ダルフォードを出せと叫び散らし、全員が、広い会議場へと案内された。


 議場に現れたのは、あの時見た、細身の男だった。

 高級そうなキラキラした服に身を包み、偉そうな笑みを浮かべて、こちらを見ている。

 護衛に囲まれているとはいえ、ノーマン達に怯む様子が一切ない。


「ようこそ、ドミニク鉱山長。そして鉱員達。アポイントメントがなかったため、驚いたよ」


 余裕に満ちたその表情が、無性に癇に障る。

 「ナメてんのか!」「謝れ、このクソ野郎!」という怒号が鳴り響く中、しかし、目の前の領主は笑顔を絶やさない。


「要は、給付金の事前説明に行かなかったことを、怒っていると?」

「そうだ! ナメやがって!」

「この給付金は、申請主義のものだ。案内板で告知し、どの領民に対しても、こちらから出向いての事前説明は行っていない。分からないことがあれば、窓口に問い合わせるよう案内している」

「今までやっていただろうが!」

「俺達を馬鹿にしてんのか!!」

「ふむ。要は、君達だけを特別扱いしろと?」


 怒号がさらに酷くなる中、領主の目がギラリと光る。


「特別扱いを求めるために、こうして叫び、威圧する。これは暴力だよ。分かっていてやっているのだろうね?」


 ノーマンは、怯んだ。

 目の前の領主の、こんなヒョロガリの威圧感に、一瞬思考を止めた。


 それはノーマンだけではなかったようで、シン、とその場が一時、静まり返った。


 しかし、それは一瞬のことで、再度怒号が会議場に溢れた。

 ノーマンも、叫んだ。

 こんな細身の、触れれば折れそうな男に怯んだなどという事実を、認めることはできなかった。それは、日々危険と隣り合わせで生き、強さを誇りとして生きてきたノーマンにとって、これ以上ない屈辱だったからだ。


 そんなノーマン達を見て、領主は満面の笑みを浮かべた。


「ならば現行犯だ。全員逮捕しよう」


 え、と思う間もなく、ノーマン達は取り囲まれた。

 銃や、見たこともない魔法武器を持った護衛達が、ノーマン達を抑えつけ、次々に拘束していく。


「おい、こんなことをして、只で済むと思ってるのか!」

「俺達がいなかったら、鉱山は……ルビーは!!」

「おや。後のことを気にする余裕があるのかね? 大丈夫、領地のことは領主である私に任せるといい」


 それだけ言うと、新領主――いや、この悪魔は、ノーマン達に目もくれず、その場を去っていった。



 こうして、ノーマンを含む怒鳴り込みに来た鉱員達は、全員、逮捕されたのである。







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